前科11:俺TUEEEができないチート系主人公も居る。
「こいつ、本当に標的だったのか?」
余分な事を話すだけ無駄であるしリスクしかないのはわかっていた。しかし、どうしても彼にとってこの疑問は口に出したかった。周りの仲間を見ても咎めるような態度の人間はいない。その場に居た全員が、標的である伊庭八代の弱さに驚きを隠せなかった。
「くっ! 殺せ……っ!」
選りすぐりの始末屋が10人。
半分以上は殺される、もしくは全滅の可能性がある事を理解していたが、実際は三人が気絶したぐらいだ。正面きって向かって来たので前衛三人。中距離から三人。支援に四人の態勢で臨んだが、前衛が剣で殴り飛ばされ、その隙に捕縛魔術を使って戦闘が終わった。魔剣使いと戦った経験はあったが、どれもこれも人外ばかりで数多くの知り合いが殺されている。
その魔剣の中でも歴代最悪と名高い支配の魔剣と戦うので彼らは遺書まで書いてきた。前金だけで子供が成人まで暮らせる額だったのだ。金が必要な理由があった彼らは受けるしかなかったが、この結果は予想外で戸惑いが隠せない。
「隊長。とっととバラしましょう。腐ってもあの魔術師と同じ魔術使えるんだから」
「そうだな。全員Bパターンに移行。行動開始」
「くっそ!!! "銀爺"の奴どこまで飲みに行きやがったああああああああ! 魔剣が来ないじゃん!!」
どうやら近くに魔剣がない事だけはわかった。男達は安堵しバタバタと暴れる八代を黙らすために顔を殴る準備をする。直後、甲高い音と共に捕縛魔術を展開していた男がぐらりと倒れた。一瞬だけ男達の動揺が走るがすぐさま防御魔術を展開。二撃目。三撃目。防御魔術に何かが当たっている音が聞こえる。そして──
「なーいす!」
伊庭八代が信じられない速度でその場から走り去っていく。追うかどうか考える事一秒。
「三人追え。残りは周囲の索敵。魔術の発生源を探せ」
はじけるように男三人が猛然と走り出し八代を追う。四撃目はない。一端攻撃がやんだのだろうかと始末屋達は判断した。展開した防御魔術に身を隠し、索敵魔術を展開。魔術印が空へと浮かび帰ってきた答えは、
「周囲三百メートル。魔術痕跡無し。狙撃でしょうか」
「埒が明かん。俺達も追うぞ」
一人を後始末に残し、残りの男二人が履いた靴へと魔力を送り込んだ。
魔動力製の靴だ。一般モデルではなく、アスリート用の表に出回る事のない高価な一品。軽く走っただけで、すぐに人間の限界以上の速度まで上がった。住宅街を抜け、古めいたオフィス街に辿り着く。前大戦の傷跡がまだ残る新宿区内だ。先行した三人の姿も確認。その先を八代が魔術を使って彼らに負けない速度で走っている。
「時代遅れな……」
魔動力の方が遥かに効率よく走れる時代になった。肉体強化魔術をかけ続けるにも限度がある。いずれは追いつくだろう。だから、きっと向こうから仕掛けてくると始末屋達もわかっている。八代の姿が五階建てのビルの前で一瞬止まった。
「っと!」
魔術を使って大きく跳躍。しかしどんなに頑張っても三階建てぐらいまでしか跳べていない。が、壁に足がつく直前だった。ピンポイントで足裏に魔術印が出現し、壁に足がくっついた。その後、再び跳躍。一気に五階建ての屋上まで登り切った。
「流石は東魔大だ。レベルが違う──」
「血継魔術だけじゃないのか──」
あんな芸当普通の魔術師ではできない。三階まで跳ぶ身体強化魔術。足元にピンポイントで吸着魔術印を展開する集中力。
国立大学法人東京魔術大学──日本で本当に選ばれた人間しか入学できない最高学府の育成結果をまざまざと見せつけられた。だが、それも魔術が衰退し始めた現代の話。その原因でもある魔導力は更にその上を行く。
「行け!」
先行した三人の内の二人が大きく跳んだ。八代の技術を超える高さだ。一気に五階屋上まで跳躍し、着地の場所で八代が支配の魔剣を大きく振りかぶっているのを見た。
「ほーむらんっ!」
着地の隙を狙われ、魔剣のフルスイングが顔面に炸裂しそのままビルから落下していく。
この隙を狙うしかない。残りの三人も大きく跳躍し、攻撃態勢が終わったばかりの八代を視認した。意識を集中し、魔術印を展開。稲妻と炎の塊が八代に襲い掛かるが、踊るようにして簡単に避けられてしまう。
相当逃げ慣れているようだった。屋上からさっと飛び降りると、ビルの上を重力を感じない動きで大きく跳びながら逃げていく。
「決着つけるぞ」
これが八代の本来の戦闘スタイルだとようやくわかってきた。逃げながら戦う。魔力と体力に自信がなければできない芸当だ。始末屋達も人数も少なくなってきた。これ以上騒ぎを起こせば治安の悪い所とはいえ警察も黙ってはいないと焦りもある。一人が落下する最中、壁に足をつけ魔力を込めると共に全力で蹴る。弾丸のような速度で八代に肉薄するが、
「おっと!」
加速したのに気づくや否や、近くにあったアンテナにくるりと掴まりそのまま体を回して鉄棒をするように回転すると蹴りを放った。強化された蹴りに加速した状態でぶつかってはひとたまりもない。首が変な方向に曲がり、そのまま手摺にぶち当たるまで転げていく。相手の沈黙を確認すると、そこでようやく八代の動きも止まった。
「それでも、まだこちらが一人多いぞ」
「もう一人お忘れではない?」
始末屋の隊長格が八代にそう告げると同時、背後で何かが倒れる音がした。振り返ると部下が倒れる音だった。その傍らには不愛想な顔をしたスーツ姿の女が立っている。──失念していたと後悔が湧く。もう一人襲撃者が居たのだったと。黒髪ポニーテールがスーツが不釣り合いだが、妙に似合っているように見える。すると、女が口を開いた。
「お久しぶりです。八代様。──私のファインプレー見て頂けましたか?」
「もうちょっとさ。僕がぶちのめされる前に助けに入れなかったの?」
「まさかあれだけイキっておきながらボコられるとはこちらも予想外でした。笑い過ぎて助けに入るのが遅れたのをお許しください」
「許してほしそうな言動と態度じゃないよね」
「これからラーメン食いに行かなきゃならんので、手短に──」
「僕が悪かった! 再現はやめて!」
不思議な二人だった。一人残った始末屋のリーダー格は屋上にどっかりと座り込む。どうせ、命はない。殺し殺されの世界だ。やろうとしたらやり返される。そう諦めムードで居るとポニーテールが再び口を開いた。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。──私、伊庭家専属護衛部隊の【弁慶】と申します」
「あれ? そんな名前だったっけ? 確か──」
「コードネームに決まっているでしょう八代様。どうして進学したのにバカさ加減が加速しているのですか?」
「う、うるせぇ!」
「大体、八代様の監視料金今年から時給750円になったんですけど。伊庭家正気ですか? 誰もやりたがらないから末席の私が幼馴染だからって無理矢理任されてるんですけど。都の最低賃金下回ってるんですよ。護衛対象が最低なら賃金も最低って何かのギャグなんですかね」
ポニーテール──弁慶は淡々と文句を垂れていく。表情が全く変わらず不愛想なままなのが凄いと始末屋は感じた。
「何でもいいが……さっさと俺を拷問して殺せよ。もう疲れたわ」
「マゾなんですか?」
「違ぇよ! こういう時はとっとと情報吐かせて殺すもんだろうが!」
「拷問は専門外なので情報だけ吐いてください」
「君ちょっと変わってるって言われない? 吐くわけねぇだろ! この業界で信頼って大事な要素だろうが!」
「じゃあ命と引き換えでいいです。どうせ、どこの家からの依頼かは大体見当ついてますので」
底の知れない女だった。淡々と感情の起伏がなく話してくるのでやりにくいと始末屋は感じる。伊庭家の専属ともなればそれなりの情報網は持っているのだろう。どうせ最期の依頼なのだと不思議と諦めも彼はついてきたので、
「千ヶ崎真央の争奪戦の一環だ。伊庭八代の存在が邪魔な勢力があるって事だよ。これから、家同士の裏での潰し合いが始まるぜ」
「存在が邪魔なのは私も同感です。道明寺。絹旗。西園寺何かも既に動き出してますからね」
「何か僕の悪口混ざってない?」
「気のせいです。──ちなみに今回の件で、伊庭八代以外のターゲットは居ますか?」
「…………西園寺美鈴も対象に入っている」
「……ふぅん。ま、それが聞けたので良しとしましょう。この件にこれ以上関わるなら次は殺します。いいですね?」
「わかったよ」
それだけ言うと始末屋のリーダー格はゆっくりと立ち上がり、階段を使って屋上から降りようとする。
「息子さん。手術が上手くいくと良いですね」
「……そこまで知っているなら、俺に質問する意味なんかなかっただろうに……」
「西園寺美鈴の件は収穫がありましたので……。それに、私子供好きなので。助かった先に父親が居ないのは悲しいじゃないですか」
「優しいんだか何だかわからねぇな。……でも、ありがとよ」
今度こそ始末屋は手を振って屋上から姿を消した。後に残されたのは弁慶と八代の二人だ。弁慶は手摺に背中を預け、スーツのポケットから煙草を取り出して火をつける。紫煙をゆっくりと肺に吸い込み、ため息と共に吐き出す。
「煙草吸うようになったんだな。高校卒業して、僕が東魔大に入ってから全然会わなくなったから、一年ぶりぐらいか」
「そうなりますね。今年初めから伊庭家の護衛部隊に正式配属されましてね。"弁慶"って名前になりました。これからはそうお呼びください」
「本名、結構可愛い名前なのに勿体ないな」
「別にいいです。つけてくれた両親も、もう居ませんから」
八代と弁慶は育った家こそ違うが、高校まで一緒の学校に通っていた。八代は勘当されて新宿の身元引受人の元へ。弁慶は伊庭家に命じられて八代の監視と身の回りの世話をしていたが、高校卒業を機にそれぞれの道を歩き、今日久しぶりに再会したのだ。
「なぁ──千ヶ崎。相当まずいのか?」
「道明寺がパワーバランス崩してかっさらいそうですからね。伊庭も気が気でないようで。西園寺も不穏な動きをしていますしね」
「くだらねぇな。僕たちは大人の道具じゃないっての」
「血継魔術師は戦術兵器みたいなもんですからね。八代様だって魔剣さえ近くにあれば無敵ですし。魔剣さえあればね……」
「二回言うのやめてよぉ! 僕が一番身に染みてわかってるんだから!」
魔術師としてもそれなりに一流な八代であるが、どうしても魔剣が近くにないと殺しを生業とする魔術師には遅れをとる。血継魔術科最低最弱とよく菊姫にもバカにされているので、八代はそこを少しだけ気にしていた。
「それで、八代様はどうなさるんです? 千ヶ崎真央の争奪戦には参加されるんですか?」
「争奪も何も、僕とあいつは友達だ。この後ラーメン行くし。お前も来る?」
「絶対嫌ですー。……八代様が千ヶ崎真央をモノにできれば一番話が早いんですけど、無理そうですね」
「僕のポテンシャルをナメるなよ。本気になれば千ヶ崎の一人や二人ぐらいすぐにオトしてやるさ」
「はいはい凄い凄い。土下座して野球拳やって貰った挙句、全裸にされて捕まったくせによくそんな事言えますね」
「それは言わない約束でしょ!!!」
半泣きで叫ぶ八代を見て弁慶はくつくつと笑った。無表情で感情の起伏の少ない彼女には珍しい事だった。八代ですら子供の頃から笑った所を殆ど見た事がない。最後に見たのは推しの野球チームが優勝した時に口元が緩んでいた時以来だ。
「伊庭家の意向と反した場合、私は敵になるわけなんですけどその時はどうします?」
そのまま意地悪い笑みを浮かべそう問う。その難しい問いに八代は「なんだ」とつまらなそうに鼻を鳴らすと、
「──大丈夫だ。その時は親父も兄貴達も全員ぶちのめしてやるから、安心して僕の仲間になるといい」
そう言ってのけた。その言葉には確かな力強さがあり、八代はきっとそれを現実にしてしまうのだという事も弁慶にはわかっていた。どうしようもないバカだが、偶にかっこいいのだ。その眩しさから目を背けるようにして、煙草を携帯灰皿に押し込む。
「そろそろ帰ります。──八代様がどういう答えを出すのか楽しみにしていますね」
それだけ言うとさっと弁慶の姿が消えた。夜の闇の中に彼女の煙草の匂いだけがほのかに残っていた。
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