前科12:流石にバイトテロは青春の思い出として消費できない。



 西園寺美鈴にとって唯一癒される時間がある。

 月曜の朝、八時から録画した特撮ヒーロー番組を見る至福の時間だ。美少女変身モノより特撮を見続けて十数年。前の家ではリアルタイムで見る事ができていたが、総理公邸に来てからというもの日曜の朝は八時から家族全員で朝食を摂るのでリアルタイム視聴ができなくなっていたのだ。

 そして、そんな至福の時間は長くは続かなかった。


「美鈴さま。至急リビングまでお願い致します」


 侍女に罪はないという事はわかりつつも不機嫌さは隠せない。

 部屋に鍵をかけて出ると長い廊下を歩き、一階へと階段を下りていく。珍しく騒がしい。家族だけじゃなく部下達も居るようだ。西園寺家のリビングはとても広い。もはや会議室といっても良いぐらいの広さだが今日は狭く感じる。


「おはようございます」


 ぽつんと空いた自分の席に座って挨拶を済ます。祖父の姿はない。

 滅多にこの公邸には姿を見せないとはいえ、この騒ぎの中に居ないのは少し驚きもある。

 その代わりにこの場の指揮をとっているのは祖父の長男。美鈴の叔父だ。


「おはよう、美鈴ちゃん。今日は朝から騒がしくてごめんね。──大方予想がついていると思うが、千ヶ崎さんの事だ」


「はぁ……」


「この前のパーティーの後、一緒に食事に行ったみたいだけどその時の事を聞かせて貰えないかな?」


「はい。……先輩方とラーメンを食べに行こうと約束してましたが、伊庭先輩が財布落としてこれなくなり、千ヶ崎先輩も家の方で何かがあったらしく急用ができたと言っていたので解散しました」


「急用が何かは聞いていない?」


「ええ。まだそこまで仲良くはないので」


 叔父と美鈴の会話は一旦そこで打ち切られた。ひそひそと周りと何か話しているのを半眼で見つめる。真央に何かあったという事。この前の会話。西園寺家が敏感になる理由。

 大体の事が予測がつく。──真央が道明寺家に奪われそうなのだろう。それ程までに真央の天候魔術は貴重なものなのだ。


「くだらん話だが、千ヶ崎さんのご両親が経営するお店がネットで大炎上していてね。もう三日になるかな。未だに鎮火しない。原因はバイトテロって奴だ。バイトが厨房で全裸で仕事をしている姿がネットで拡散されて現在全店営業停止にまで追い込まれている」


 あのバカなのか。と一瞬吐き出しそうになるのを堪えた。あの男ならやりかねないとも殺意すら湧いてくる。

 

「千ヶ崎夫婦は対応に追われ、道明寺がそこにつけこんでいる。早い話が力を貸してやるから、娘の身柄を寄越せって感じだ」


「……それに対し我が家はどのような対応を?」


「道明寺の粗探しをしているが、不死川家が介入してきている。そちらの対応に人と金が飛んでいる。だが、あの成金に天候魔術を渡すわけにはいかないのは君もわかるだろう?」


「そうですね……」


 わかるわけねぇだろと吐き捨てたくなる。

 つまるところ、血継魔術を使えない金持ちの一族が血継魔術師を手にれるのが気に入らないだけなのだ。お前達の似たようなものであろうなんて言ってみたいが、家での立場が悪くなるのは知っている。美鈴だってそこまで子供ではない。

 

「美鈴ちゃんには情報集めを手伝ってほしい。君は血継魔術科だし、伊庭とも不死川とも面識があるしな」


「先輩方を裏切れ、と?」


「そういう意味じゃないよ。ただ、君はもう西園寺の人間だ。家族同士仲良くやろうって話だよ。味方は欲しいだろう?」

 

 西園寺家の長男が味方につくのは悪くはないが、実質家族内の勢力図では次男の方が優勢だった。次男は美鈴の母とも折り合いが悪く、美鈴の事も心底嫌っているのも知っている。次男の嫁も美鈴には冷ややかな態度だ。このバカを味方につけるか、学校のバカな先輩との関係を続けるのか。美鈴にとっても大きな決断の一つになる。


「……考えておきます。それではそろそろ学校へ行ってまいります」


 とりあえず学校へ行こう。そう決めると返事は聞かずに席を立って自分の部屋へと戻った。













 授業を受ける前に八代と会ってみようと考えた美鈴はキャンパスではなく流星寮へと向かった。

 あまり良い思い出はないが仕方がないと諦め、嫌々足を進める。登校時間なので多くの生徒とは逆方向に歩いて行く。そんな中、いつも以上に視線が多いと感じる。千ヶ崎の件があるからなのか。流星寮に向かっているからなのか。同列扱いだけは許してほしいと願う。


「うげっ……」


 流星寮まで来るとやっぱり来なきゃ良かったと後悔した。寮の前には木製の磔台が設置されていた。

 そこに全裸の男が磔にされている。やはりというか、伊庭八代だった。無駄に体が引き締まってるので絵画のようにも見える。磔台の前にはいつもの流星寮のアホ軍団が藁を敷いたり、槍の手入れをしている。現代社会の光景には見えないし立ち眩みまでしてきた。


「……おはようございます。何をされてるんですか?」


「おお、おはよう美鈴ちゃん。見ての通り、処刑だ」


 マッチョの山崎がいつも通りの口調でそう告げた。まるで自分たちの行動に違和感を持っていないのでこれは日常茶飯事なんだろうと理解した。近づいたので八代の様子もわかった。──寝ているようだ。何もかもが常識外でもはやついていけない。


「千ヶ崎さんのニュース見たかな? 可哀想に家族の会社が炎上しちゃって……。犯人は全裸のアホだってわかったから命で償わさせるんだ」


「そうだそうだ! 千ヶ崎さんがもう寮祭に来てくれなくなったらこんな寮、居る意味ねぇもん!」


「俺達と一緒に飲んでくれる女の子に迷惑かけるなんてなんて非道な奴なんだ!」


 どうやら真央の話はかなり広まっているらしい。犯人が八代だと疑われるのも無理ないだろう。美鈴だってそれが理由で来た。

 

「皆さん。千ヶ崎先輩の事結構心配してるんですね」


「当たり前だ。ここに居る全員、千ヶ崎さんに恋して失恋済みだ」


「それでも一緒に飲んでくれるんだもんなぁ。聖人だよ」


「大学でも目が合うと手振ってくれるんだぜ? 1秒だけでも彼女感凄いんだよあれ」


「わかるわかる」


 勝手にうんうんと盛り上がるアホ軍団。真央はこの面々には慕われているのがわかった。後は八代から話を聞きたいが、この状況でも寝ていられる神経が羨ましい。すやすやと夢の中に居るようだった。


「この人、起こしていただけませんか? 触りたくないので」


「あー。催眠魔術かけたからなぁ。ほら、八代って逃げ足早いじゃんな。眠らせないと捕まえられねぇんだよ」


「また高度な魔術を……」


 魔術は事象を起こすのは簡単だが、他人の肉体に干渉する魔術は非常に難しい。医療魔術科の範疇だ。自分にかけるのは簡単だが、他人となると話が違う。魔術への耐性や個々の肉体の状況を把握していないとかかりにくい。精神操作系の魔術や肉体治癒系の魔術を他人にかけるには国家資格が必要で、魔術医師免許が必要になる。そういえばリーゼントの斎藤は医療魔術科だったななんて思い出した。才能の無駄遣いとしか感じない。


「催淫魔術の開発してたら、催眠魔術が完成したからビビったぜ」


「言葉にすると一文字しか変わらんのにな。魔術はやっぱ奥が深い」


「違ぇねぇ」


 バカなのに優秀なのが本当にタチが悪かった。斎藤が「解いてみるか」と八代の前で念じる事一分。魔術印が八代の体からはじけ飛ぶと同時、目を覚ました。眠気が酷いのかとろんとした目をしているが、ぽつりと呟いた。


「何か乳首がむずむずする……あふぅ……」


「これ催淫魔術成功してません?」


「やめてくれぇ! 気色悪い!」


 男に催淫魔術をかけたなんて末代までの恥だろう。斎藤が頭を抱えて転げまわるのを尻目に美鈴は八代の前に立った。


「おはようございます。伊庭先輩」


「んー……? 何だ美鈴か。おはよう。お前に人を磔にする趣味があるなんてびっくりだ」


「一緒にしないでください! ……まぁいいんです。先輩には千ヶ崎先輩のご両親のお店に迷惑をかけた容疑が出ています。真実を話してください。うちの弁護士だって紹介しますよ。罪を償いましょう」


「有罪前提で話すのやめてくれる!? 違うっての! あれ僕じゃねぇよ! 五反田店に最近入った有坂って奴だっつの!」


「……皆さん。信じますかこれ?」


 美鈴の問いにアホ軍団が「死刑」と書かれた札を上げた。ため息をつき、田所を見る。田所が八代の下に敷いてあった藁にマッチで火をつけ始めた。火は勢いよく燃え盛り磔刑から火刑へと変わった。


「おいいいいいい!!! 大体金のない僕が、わざわざバイトクビになって損害賠償請求されるような事するわけないだろう!?」


「でもお前、バカじゃんかよ」


「火の玉ストレートはやめろ! 大体、最近帰らなかったのだって、有坂の事探してたからなんだっつの! あいつ消されるぞ!」


 確かに八代の言い分ももっともだった。少し考える必要があるかもしれないなんて美鈴が思っていると、


「話は聞かせて貰ったわ!」


 背後から声が聞こえた。美鈴が振り向くと菊姫梢子が立っていた。今日も金髪に黒い肌が映えている。流星寮の面々は恐怖に慄き悲鳴を上げて美鈴の後ろに隠れる。どうしようもない男達であった。


「真央の様子がおかしいからアタシも探ってたんだけど、どうやら情報共有した方が良さそうな展開ね」


「姫先輩も調べてたんですね」


「そうそう。そんで、とりあえず八代殺しに来たらさ。何か面白そうな展開になってるじゃん。これ、何か裏がありそう」


「みたいですね……」


 千ヶ崎真央争奪戦。かなり大きな揉め事になりそうだと美鈴も判断した。これで、血継魔術師が四人も関わっている。一人だけでも大きな騒ぎになるというのに、四人も集まったらどうなってしまうのか少し不安になってくる。そんな美鈴の感情を察したのか、梢子は獰猛に笑い、


「安心しなよ、美鈴。アタシの可愛い後輩に手ェ出したやつは全員タダじゃ済まさないからさ」


 菊姫梢子。──血継魔術科において三年生最凶と呼ばれた女が動き出した。






「ねぇねぇ!!!!! 何でもいいけど早く火消してよ!!!!! 流石の僕だって死んじゃうよ!?!?!??」










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