前科10:大学よりもバイト先で評価の高い大学生は意外と多い。




 西園寺美鈴にとってパーティは慣れたものだ。

 煌びやかな服を着て、当たり障りのない会話をしつつも相手の腹の内を探り合う。表向きは皆楽しげ、その仮面の下にはどろどろとした人間の感情が渦巻いている。そんなくだらない祝宴も知り合いがいるとなるとそれなりに楽しみになるというもの。一通りの挨拶を終え、役目を果たしたら家族とは離れて真央を探しに会場を歩く。

 パンツドレスを希望したが、許しが出なかった。ワンピースタイプにヒールのついたパンプスが歩きにくく不愉快だ。

 それに少しだけ顔を顰めながらも周囲を見渡していると──


(道明寺家……?)


 真央の姿を見つけたまでは良い。囲むようにしている男達の姿が気になった。

 千ヶ崎という名は聞いた事がないし、真央の家の事もよく知らない。八代曰く、「小金持ちの家」という評価ぐらいだろうか。

 伊庭家も大変な名家なのであまりアテにはならないしバカだしで信用し辛いが、道明寺家はこの場ではそこまで"格"のない家だった。美鈴が真央がこのパーティーに来ると知ったのは家族からの情報だ。"千ヶ崎真央"が来るので美鈴も、と同伴許可が下りた。どうやら西園寺家も千ヶ崎真央とは良好な関係で居たいらしい。どうせ嫁にでもと考えているのだろうと思うと仲介すらしたくない気分になる。真央は美鈴の姿に気づくと、小走りで駆け寄ってきた。


「こんばんは。千ヶ崎先輩」


「やほ。美鈴ちゃん。お互い珍しい格好で少し照れるね」


「そうですね。いつものボーイッシュな格好じゃないので少しびっくりしてます」


「あたしもスカート履いてる美鈴ちゃん見たの初めてだからびっくり。可愛いね」


 いつだって千ヶ崎真央は優しい。本心からそう言ってくれてるのだろうという真摯さもある。

 悪ノリもするし、暴れもするが本質的に優しい人なのだろうと理解した。血継魔術師は強大な力を持つが故に人格に問題がある人間も多い。

 美鈴自身だって清廉潔白な人間だとは思わないし、八代はバカだし他の先輩もお察しなところがある。ただし、真央は別だった。血継魔術師の中で更に特別であっても、普通のどこにでもいるような女の子のような印象が拭えない。

 

「……道明寺家の方と一緒とは意外でした」


「あー……うん。遠い親戚でね。私の家の事とか面倒見てくれてるんだよ」


 血継魔術師は喉から手が出る程重宝される存在だ。

 美鈴も孤児になろうとしていたが、血継魔術のお陰で母の実家に帰る事ができた。真央もそれと似たようなものなのだろう。詳しい事情までは聞く気はないが、それでも血の繋がった家族じゃない分何をされるのかわかったものではない。少し心配にもなってくる。そんな事を考えていると、


「ああ、真央よかった。ようやく会えた」


 今度は、声と共に夫婦と思われる二人が駆け寄ってきた。年齢はそこそこ若く見える。40代ぐらいだろうか。

 二人とも品の良いスーツにドレス。ぱっと見た感じ仲の良い夫婦に見える。真央も二人を見ると「お父さん! お母さん!」と声を弾ませる。声を上げてしまった事を恥ずかしく思ったのか、一度真央は落ち着いて咳払いすると、


「仕事間に合って良かった。……紹介するね。この子は大学の後輩の西園寺美鈴ちゃん」


「はじめまして。西園寺です。いつも先輩にはお世話になっております」


「真央の父の千ヶ崎貞治です。どうぞよろしく」


「母の真木子です。大学の子と会うのは久しぶりね……。ああ、あの子。伊庭君達以来かしら」


「アレとお会いしちゃいましたか。心中お察し致します」


 美鈴の本気の心配を千ヶ崎母は冗談と受け取ったようで「面白い子ね」と評した。

 こちらとしてはアレの存在が冗談であってほしいぐらいであるが、優しい人なんだろうなぁと無理矢理自分を納得させる。


「でも彼良い子なのよ。うちの新宿店でスタッフやってくれてるんだけど、とても真面目な子なのよ」


「えっ!? 嘘でしょお母さん! 八代の事雇ってるの!?」


「そうよ。三か月ぐらい前からかな。店の前で裸で寝てたからご飯食べさせてあげたの。それから皿洗いとか手伝ってくれるようになって、真面目に働くから本採用したの」


「普通店の前で裸で寝てた男採用する!?」


「私も最初はどうかと思ったが、彼は意外と色んなとこに顔がきいて助かるって店長も言ってたしね」


「お父さんまで!」


 そんなこんなで四人で談笑していると、道明寺家の人間が美鈴達に近寄ってきた。中年の男と、その息子であろう若い男の二人だ。


「どうも。千ヶ崎さん。お仕事いつもご苦労様です。経営も順調と聞いて、我々も支援した甲斐があるというものです」


「ありがとうございます。道明寺様方については、仕事から真央の事までいつもお世話になりっぱなしで」


「遠縁だが親戚ですからな。優秀な魔術師を支援するのは、こちらとしても当然の事ですよ」


「ありがとうございます……。今度出す新会社の話もまたおいおい」


「うむ……。息子の明正も最近コンサルタントとして力になるつもりです。なぁ、明正」


 道明寺が隣にいた優男風の息子にそう告げる。髪をさらっと書き上げ息子は自信たっぷりに笑った。


「お任せください。千ヶ崎さんとは公私ともにこれからも末永くお付き合いしていきたいと思ってますので」


「いやぁ、光栄です」


「仕事人間でしてな。この年にもなって、まだ独り身で。真央君。誰か紹介してやってくれないか?」


「あー……。あたし友達少ないんで。それに、明正さんみたいな素敵な男性に釣り合う子なんかいないですよ」


「いやいや、そんな事ないよ。なんだったら、真央君でもこちらとしてはとても嬉しいんだが」


「マジすか。光栄っす。でもあたし、彼氏よりも今大学の方がめっちゃ楽しいんすよねー」


 面倒くさくなってきたのか真央の言葉が雑になってきた。会話の空気が少し不穏になってきたのを感じたのか、道明寺は意味深な笑みを浮かべた。


「それは何よりだ。──そうだ。千ヶ崎さん。あちらで少し今後の話をしよう。明正。お前は真央君とご友人をおもてなししなさい」


 会話が打ち切られた事に少しの安堵感を覚える。千ヶ崎両親と道明寺は連れ立って別室へと向かっていく。後に残されたのは息子の明正と真央と完全に部外者となってしまっていた美鈴の三人だ。どうしたもんか、なんて考えていると周りがざわつく声が聞こえた。誰か大物が来たようだ。耳を澄ませてみると、


「伊庭家だ……」


「諫早先生もやるなぁ……。伊庭家の次男だろあれ……」


「金髪なんて意外ね……」


 不穏な声が聞こえる。真央と一瞬目を合わせ嫌な予感と共に、入り口に目を向ける。

 奥の方からパーティーの主催者である諫早が走って駆け寄っていくのが見えた。受付には、金髪を後ろに撫でつけスーツを着た男の姿がある。


「いやぁ、どうも伊庭さん。ようこそいらっしゃいました」


「遅れて申し訳ありません。……今日はうちの次男が急用でこれなくなったので、四男の僕が兄の名代として出席させて頂きます」


「あ……っ……はぁ…………っと! よ、四男の方でございますか!? 三男ではなくて!」


 きちんとした服を着ているから一瞬気が付かなかったが、最悪の人間がパーティーに現れたと美鈴の背中に冷や汗が伝う。真央は唖然としている。周囲の空気もそれと同時に一気にヒリついた。伊庭八代は──支配の魔剣を持っているのだ。しかし本人は全くそんな空気を意に介さず、目ざとく真央と美鈴の姿を見つけた。


「よぉ……! どうにかこうにかパーティーに来てやったぜ」


「あんたどうやって来たのよ。実家勘当状態じゃなかったの?」


「兄貴にも招待状来てると思ったからさ。代わりに出たいってお願いしたら鼻で笑われたから、襲撃してやった」


「あの伊庭家に……」


「ほら僕、魔剣使いが多ければ多い程強くなるからさ」


 伊庭家は魔術師としてはこの国で最強に近い。誰も彼もが高位の魔剣使い。

 西園寺家ですら正面からはやりあいたくないレベルだ。伊庭家に襲撃をかけるなんて正気の沙汰ではないが、目の前の男はやるのだ。相変わらずイカれてるななんて思っていると、背後で青い顔をしている道明寺明正に気づいた。


「おっ。このお兄さん誰? 美鈴と千ヶ崎の兄貴?」


「あっ……私は道明寺明正です。真央君の親戚というかなんというか……」


「マジすか。よろしくっすー。僕、伊庭八代っていいます。とりあえず乾杯しましょ。お兄さんは酒いけますか?」


「それなりですが……」


「よっしゃああああああああ!!! じゃあテキーラ貰ってくるわ! 千ヶ崎も勝負な! 今日こそ潰してやるぜ!」









 



「ヴぇぇぇ…………ぎもぢヴぁるい…………」


 夜の高級住宅街に呻く金髪の男が1人。

 よれよれになったYシャツの首元を緩め、ネクタイを外してポケットの中へと押し込むと、夜空を恨めし気に睨む。案の定、八代はパーティーを追い出されていた。テキーラ勝負で道明寺を潰した後、真央と野球拳をしようとした所で美鈴に取り押さえられて窓から投げ捨てられた。そのまま庭に落下し、諫早家の使用人にやんわりと門から外に出され、気を取り直してラーメンでも食べに行こうかとしている所だった。


「豚骨にしよう」


 携帯電話を開き、近隣の店をチェック。近くの豚骨ラーメン屋にナビするよう設定をすると真央からメッセージが来ていた。「後でラーメン行こう」と短く簡素なメッセージだった。こういう所が気が合うので真央と八代の関係はそれなりに良好なのだ。美鈴に落とし前をつけねばならないので「あいつも連れてこい」という旨のメッセージを返すとどうしたもんかと立ち止まる。


「っていうか、気づいてますよ?」


 八代が笑いながらそう言うと、空間がブれて複数の人影が八代を囲むようにして現れた。魔術で巧妙に気配や姿を隠していたようだが、それでも微弱な魔力だけは隠せない。上位の魔術師ではないと八代は判断した。命を狙われやすい身であるため、こういう事には慣れているが最近誰かから恨みを買ったような覚えは先程襲撃した兄ぐらいだが、そもそも彼らは八代には勝てない事を知っている。実家ではなさそうだ。とすれば──


「もしや僕のファン? でも、見るからに全員ごつい男なの正直キツいです。ごめんなさい」


 八代を囲んでいる人間達は返事をしない。どう見ても友好的な雰囲気ではなかった。始末屋か誘拐屋か。暗殺者ではなさそうだった。気配を消すのが下手だし、囲んでる人間達の体は大きく鍛えられている。痛めつけられるか拉致されるか。近くに動いている車がないので誘拐ではなさそうだったが、どちらも八代は御免だった。


「無視ですか。まぁ、いいです。さっさとかかってきてください」

 

 囲んでいる男達の殺意が膨れ上がり一斉に飛びかかろうとするが、八代の動きの方が早かった。右手で親指を噛み、そのまま勢いよく振った先には禍々しい黒い剣。八代の血継魔術──支配の魔剣だ。その、見るものに不快感を与えるようなどす黒い魔力を帯びた剣の迫力に圧されてしまい動きが止まってしまう。


「これからラーメン食いに行かなきゃならんので、手短にお願いしますね!」


 八代が獰猛に笑い、この国を災厄の渦に巻き込んだ魔剣を勢いよく振るった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る