前科8:東京という地では地元には居ない本物の変態と出会いがち。





「キィエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッッッ!!!!!!!!!!」



 魔力の籠った手刀の一閃。

 卓上に置かれたビール瓶の頭部分がキレイに吹き飛んだと同時、泡と喝采が同時に広がった。

 ブーメランパンツを履いた男達の中、西園寺美鈴は冷ややかな目で屋外に設置されたキャンプ用の椅子に座っていた。

 美鈴の目の前には数多くの料理が並んで居る様は、まるでお供え物のようである。どうにか寮祭に出てほしいと土下座で泣きつかれた結果、成り行きでこの場に居るのであった。

 

「美鈴ちゃん。好きなだけ食べてな!」


 魔術科の山崎が今度は手刀で野菜を刻みながら美鈴に笑顔で声をかける。

 肉体強化の魔術を専攻しているという話は本当のようで、コンロや石窯の近くにテーブルを設置して下ごしらえをしていた。

 寮生は現在十数人程居る。八代と友人3人に加え、上級生たちも帰ってきたようでそれなりの賑わいだ。よくよく見てみると居る人間がなんというか、濃い。美鈴から見てどう見ても同年代に見えなかったり、日本人には見えない者までいる。


「海外の方もいらっしゃるんですね?」


「ああ、山田先輩の事か。あれ、純日本人らしいよ。実家が米農家らしい」


「どう見ても黒人の方にしか見えないんですが……」


「あまり気にしない方が良いよ。噂だと、本物の山田先輩は戸籍も何もかも売ったって話もあるしね。学校も何も言わないし、米くれる良い人だからセーフだ!」


 穏やかに笑いながら米を研ぐ山田先輩が少しだけ怖く見える。

 もはやツッコミが追いつかぬとばかりに、料理を口に運びながらローション相撲に興じている八代を見た。

 食事をしながら見るものではないが、どこを見たってロクでもない景色が広がっている。テキーラ早飲み対決やら、野球拳やら。女子が存在しないのも納得できてしまう酷い光景だ。何でこんな所にいるのだろうかと美鈴は自問自答したくなるが、家よりは居心地が良いのだ。食事も味付けがおおざっぱではあるが、懐かしい味がする。昔住んでいた辺りでよく食べていたような味でどこか懐かしさすら感じる美鈴であった。


「よぉ、美鈴。ちゃんと食べてっか。腹いっぱいにしろよ」


「その格好でそれ言いますか」


 相撲に飽きたのか、声をかけてきた八代の姿に美鈴がげんなりする。

 ローションでテカテカの銀のブーメランパンツ姿は流石に見苦しかった。


「おっと失礼。服着るわ」


「何でそこでセーラー服着ようとするんですかね! しかもここ、男しか居ないじゃないですか……」


「そういう場所だ。流石の千ヶ崎も初回は引いてたしな」


「菊姫先輩はどんな感じだったんですか?」


「その名前は禁句だ」


 美鈴と八代の会話が聞こえていたのか何人かが悲鳴を上げてプールへと飛び込み、奇声を上げて走り去っていく者も数人居た。

 その様子で察しろという事なのか、八代はそれ以上何も言わない。


「あの外見とノリの良さだからな。勘違いして下着の色聞いた奴はスクショを学内掲示板に張られ、怪文書ラブレターを送った奴は校内放送で音読された……」


「どっちも酷い……」


 口直しに山崎の作った料理を再び口に運ぶ。

 すると、男達がひと際盛り上がっているのか再び喝采が上がる。プール前の木にスクリーンがかけられ、その向かいにはプロジェクター。動画を流すつもりのようだ。


「あれ? 今日は寮長帰ってくるんだっけか」


「じゃなきゃプロジェクターの準備しないだろう。……おっ。噂をすれば」


 山崎と八代の視線の先。亜麻色の髪を夜の風になびかせた男の姿が見える。黒の細身のパンツに、白いシャツ。とても美しい男だった。マントのようにストールを巻いている姿は神々しく見える。この半裸の男しかいない異常な空間には相応しくない男は、にこやかにその場に居た人間に優しく手を振る。


「やぁ、皆。楽しんでるかな」


 少し高い優しい声に対し、野太い男達の声が「お疲れ様です。寮長」と返す。このイケメンが寮長だと美鈴もようやく認識した。どう見てもこの寮に似つかわしくなかった。そんな感じで眺めていると目が合った。寮長はにこやかに笑うと美鈴に向かって歩き始めた。


「やぁ、八代と山崎。……そちらの子は八代の妹さんかな?」


「違いますよ。僕の妹はもっと可愛げがないです」


「私、伊庭先輩に結構辛辣な態度とってると思うんですけど、普段どんな扱い受けてるんですかね」


「服を着ないと人間扱いしてくれないんだ」


「向こうが正しい……っ! っと、申し遅れました。私、血継魔術科一年の西園寺美鈴と申します。本日はお世話になっております」


 美鈴が頭を下げると寮長がしゅん、となった。何か粗相をしてしまったのかと少し焦ったが思いつく節がない。横に居る半裸の男達が粗相の塊過ぎるので判断基準が違うのかな?なんて思っていると、八代がこそっと耳打ちしてきた。


「この人ロリコンなんだ。多分お前、中坊だと思われてたな」


「まともな人だと思ったのに……」


「いや、失礼。私はただ純粋無垢な美少女が好きなだけなんだ。性的対象とは見ていない。性処理は18歳以上の外見が幼い女性で解消しているから安心してほしい」


「全く安心できませんがそうしておきます」


「ありがとう、西園寺君。自己紹介が遅れました。私は、不死川灯ふしかわともりって言います。この寮の寮長です。皆、寮長と呼ぶのでそう呼んでほしい」


「……不死川ってあの不死川家の方ですか!? の一族ですよね!?」


「いきなりテンション上がったな」


 不死川家は魔術貴族の中でも屈指の名家だ。美鈴の一族にすら匹敵する程の魔術界の大物である。様々な型の"炎"をこの世に呼び込んできた。そこの子供ともなれば血継魔術科に居そうものではあるが、美鈴にとっては初めて見た顔だ。デリケートな話題なので、そこには触れないようにしたかったが、目の前にはデリカシーのカケラも無い人間が居るのだ。


「ははァん。何で寮長が血継魔術科じゃないの?って顔してるな」


「予想通りの反応ありがとうございます。死んでください」


「気にしないで良いよ。──私は、美少女の応援が無いと血継魔術が使えなくてね。条件が血以外にもあるとあっては、血継魔術だと認定されなかったんだ」


 何事にも動じないつもりだった。この大学に来て一月経ち奇人変人に連れまわされどうでも良くなっていた筈だった。それでも流石にこの理由はあんまりが過ぎるだろうと美鈴の心が砕けそうになる。自分が頭がおかしいだけで、世の人間にはこれが正常なのかとすら思えてくる。

 

「ふざけてない、ですよね?」


「本気だとも。両親が資産の大半を投じて私の魔術解析にあたったが、最終的には血と15歳以下の美少女の応援が必要だという結論に至った」


「はぁ……」


「私はね。この大学で魔術には魔力以外の要素も絡んでいると睨んで研究を重ねているんだ。言葉で定義するなら『炉気ろき』って言うんだけど、興味あるかな?穢れをしらない可憐な美少女から発せられる未知の力だ。まだ実証できてはいないが、何年かかってでもこの炉気が存在する事を証明したいと思っている」


 今度は言葉の"圧"に圧倒されてしまった。

 何時か自身の祖父が言っていた。魔術なんてデタラメで適当なのもだが、限界が無いと。ありえない魔術なんて存在しないとも。

 その言葉が美鈴の胸に刺さるが、現実は受け入れ難い。祖父や母もこの大学でこんな奇人変人達を見てきたのかと思うと同情すら覚えてしまう程に。 しかも、少年のような純粋な顔でそんな気持ち悪い事を言われても困惑しかでてこない。顔が美しいだけに尚タチが悪く、正論にすら思えてくる程だ。


「寮長ダメだ。美鈴の奴、放心状態だ」


「良いさ。先駆者は理解されないもの。四年ぐらい前に彼女と会いたかったものだが……」


 ふっと笑うと寮長はストールを翻し八代達の元から去っていく。思考の深みにハマっていた美鈴は暫く放心状態で居たが、ようやく正気を取り戻した。


「はっ!? 私今精神攻撃くらってました!?」


「初対面で寮長と話した人間は大体ああなる。お前が悪いわけじゃねぇ」


「あの顔と話のギャップが凄いです……」


 用意されたプロジェクター前の特等席に座り、ワインを空けている寮長を見てげんなりする。

 美しく様になっている光景だが、プロジェクターから流れているのは面積の小さい水着を着た少女だ。「乾杯」とグラスを揺らす仕草すら美しい。だが、変態だ。揺れる小ぶりな乳の映像に周りの男達のテンションも上がってきたようだ。酒の量が増え水着を着用する事もやめ、下品が限界まで加速していく。すると──


「うっさい!!!!!!!」


 甲高い怒鳴り声と共に、火球が飛んできた。しかも、一発や二発ではなく。三十は超えているだろう。しかし腐っても東魔大の生徒だった。

 認識した時には無数の防御魔術が貼られ、一発たりとも直撃はない。才能の無駄遣いだななんて他人事ながら思う美鈴であった。

 声の先は隣の女子寮だ。何人かの女生徒達が怒りに顔を震わせているのが見える。


(そりゃ、こんな下品な宴会耐えられないですよね……)


 もし家の隣人がこの連中だったら全員ブチのめしているのでどこか心に寄り添ってしまっているが、いきなり火球魔術というのも行儀が悪い。どっちもどっちなので好きにやってくれと関わる事を辞めると美鈴は決めた。流星寮の面子はそんな美鈴を差し置いて酒の勢いと共に盛り上がっていく。


「弾を持テェ!」


 山田(黒人)の声と共に複数の寮内で麻雀に興じていた連中が段ボール箱を抱えて外に出てきた。段ボールの中にはぎっしりとディルドが詰まっている。どこまでも愚かで救えない彼らは持ち前の魔術を活かして女子寮目掛けてディルドの嵐を撃ち放つ。悲鳴と共にガラスの割れる音が聞こえて、男達の下劣な奇声が上がった。苛烈していく男女の争いを八代と並んで料理に舌鼓を打ちながら美鈴は状況を見守る。


「死ね! 死ね! 毎度毎度騒ぎやがって! キモいんだよ!」


「うるせー! 男に相手にされないからっていちいちこっちにつっかかってくんじゃねぇー!」」


 男女の悪口の応酬。そして、ディルドに火球氷柱雷撃とお互いの魔術の威力が上がってきており、防御魔術でも防ぎきれなくなってきた。

 壁に当たり、テーブルが吹き飛び苛烈さだけが増していく。そして、不意打ちで放たれたひと際大きな火球が防御魔術をすり抜け、プロジェクターへと命中した。

 

「美世子ーーーーーーーっ!!!!!!!」


 燃え盛るプロジェクターの中で美世子(モデル)は笑っているが寮長が涙を流しながら悲鳴を上げている。「やりやがったな」「突撃じゃあ」と男達が全裸と次々と女子寮目掛けて走り出した。女子達は悲鳴を上げて更に強力な魔術を展開し始めた。とても酷い絵面だ。三十分後には更地になっていそうだな、なんて他人事のように思いながら美鈴がジュースを飲むと、八代の視線に気づいた。


「どうだ美鈴。流星寮楽しいだろ? 女子は専用部屋空いてるしトイレも部屋の中にある。住んでみるのも悪くないと思うぞ」


「まぁ、退屈はしなさそうですね」


「あいつらも喜ぶから住んでみないか? 流星寮はお前を歓迎する!」


 八代が笑いながら手を差し出す。美鈴にそれを笑顔を浮かべ、


「死んでも嫌なのでやっぱり実家に帰ります」





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