前科7:大学生の六割強が勢いで同性にキスを経験しがち。



「すいません。こんな時期ですが、学生寮ってまだ入れますか?」


 四月も終わり。大学生がようやく生活のリズムを作り始める事が出来た頃、西園寺美鈴は大学の事務室でそう告げた。

 入学して約一月。大学にも先輩にも教授にも失望し、尚且つ東京魔術大学の合格通知を貰ってから住んでいた総理公邸には馴染めていない。毎日親戚から顔を合わせれば嫌味を言われ、大学にくれば阿呆な先輩達に振り回されている日々は、美鈴にとってかなりのストレスだった。何か一つでも変えたい、と思いまずは家を出ようとこうして学生課を訪ねてきたのだ。


「うーん……。女子寮は全て面接も終わって、空きもないですねぇ。後は、東魔大は学生クラブ活動が盛んで各クラブが持っている寮がありますが、そういったお友達は居ますか?」


「いえ……」


 何だったら友達なんか一人もいなかった。自分の社交能力の低さに美鈴は呆れる。子供の頃はあまり治安の良い場所に住んでいなかったので、決まった人間以外とは関わらないようにして生きてきた。

 血継魔術科自体人数が少ない。他の授業で他人と話す事もないため、何も発言せず帰宅する日も少なくはない。サークルにでも入るべきか、なんて悩んでいると担当していた事務員が話を続けた。


「あまりおススメはできないのだけれど、東魔大には流星寮りゅうせいりょうという寮があるんですよ。寮費一万円で、築三十年ぐらい経っているから綺麗な寮ではないんですけど」


「その辺は気にしないです。寮費一万円ならこちらもありがたいですね」


「後だしになって申し訳ないんですけど、そこ男女共同寮で、今は男性しか住んでないんです。後は、住んでる学生さん達がとても個性が強くて、偶に警察なんかも……」


 歯切れが悪い意味が大体わかってきた。普通の女子なら住まないだろう。

 美鈴は考える。あの色々とドロドロとした感情が渦巻く、綺麗で生活で広い屋敷から出るか、最悪の寮に住むか。まずは一回見学をしてみるのもいいかもしれない、と前に進むと決めた。


「あっ。西園寺さん。血継魔術科でしたよね?」


「はい。そうですが……」


「わかりました! ねぇ! ちょっと、伊庭君! こっちに来てーーーーっ!」


 いきなり事務員が声を張り上げるからびっくりしたが、すぐに頭の中が冷静になった。最悪の人間が召喚されたからだ。

 美鈴が嫌々振り向くと、今日は珍しく服を着ている伊庭八代がニコニコ笑いながら走ってくるのが見えた。ただし水着なので上半身は裸ではあるが下を履いているだけマシに見える。だがそれと引き換えばかりに事務員が美人だからだろう。いつもの三倍ぐらい表情に締まりがない。


「一応聞きますけど、どうして水着着てるんですか?」


「この後、寮祭があるんだよ。どうせ酒でズブ濡れになるから服を着るだけ無駄だろ?」


「凄く偉いよ。久しぶりにきちんとした格好で居るの見たから」


 まるで赤ちゃんのような扱いだった。美鈴が察するにこの事務員は八代の奇行に慣れきっている。学生課も大変なんだなと少しだけ同情した。八代は「照れるなぁ~!」と完全に有頂天になってしまっている。死んでくれとさえ願ってしまう美鈴だった。


「伊庭君。西園寺さんが寮に興味あるんだって。今空いてる寮って流星寮しかないんだけど、一度西園寺さんを案内してくれないかな?」


「何だよ美鈴! そういう事は僕に相談しろよ。伊庭先輩は何時だってお前の味方なんだから」


 女の前だからか何時もより幾分テンション高いし頼れる先輩演出しているのが腹が立って仕方がなかったが、背に腹は代えられない。

 

「じゃあ伊庭先輩。よろしくお願いします」


「よっしゃ。じゃ、鹿貫ちゃんまったねー」


 事務員に手を振って八代と美鈴は学生課を後にした。










「伊庭先輩。寮生だったんですね」


 水着男と学内を歩くのは少し恥ずかしかったが、バニーと歩いた経験があるのでそれよりマシだなと思いながら美鈴は八代と歩いていた。首にひらひらと水中ゴーグルまでかかっているのもアホらしい。どんな酒の飲み方をすればこうなるのだろうかと疑問は尽きない。

 

「僕、勘当された身だからなぁ。身元引受人は新宿在住なんだけど、代わる代わる女が来るもんだから嫉妬で出てしまった……」


「よく身元引受人になれましたね……」


「僕は親戚一同から嫌われまくってるから、そういう人しか受けてくれないんだよ」


 ただのアホかと思いきや苦労人というのが美鈴にもわかった。支配の魔剣を使っていた魔術師はそれ程までに畏怖され破壊の限りを尽くした。東京は日本の首都だが、復興が進まず今や関西に大きく開発が負けてしまっている。大阪・京都のどちらかに首都機能を移転するなんて話も出ていた程だ。

 

「私も五年ぐらい前まで新宿区に住んでました。大久保の方でしたけどね」


「美鈴も大変だったんだなぁ。あそこは大戦で戦地になって、今はスラムみたいになってるよな。僕も偶に行くから、どこかで会ってたかもな」


「全裸の男があの辺多いですもんね。先輩が居ても気づかなかったかもしれません」


「流石にあの辺りのヤク中と同列扱いはキツくない?」


 似たようなもんでしょと言葉には出さずに笑顔で伝える。

 魔術で空間を拡張しているので東魔大の敷地は見た目よりかなり広い。校舎棟を抜け、四つある体育館を超えた先に学生寮やらクラブハウスがある。この辺りから車の乗り入れも可能になり、道路に車が停まっている事も珍しくはない。無駄話をしながらも、八代はこの辺りについて色々と解説し始めた。


「この辺りが第四女子寮だ。女子寮は一から四まで数字が振られていて、比較的新しくて綺麗な感じだ。数字で結構寮の雰囲気が違うから気を付けた方が良い。陽キャの第四。陰キャの第三。体育会系の第二で最後にインテリが第一だ。第一女子寮と我らが流星寮は場所が比較的近いのもあって、設立当初から非常に仲が悪い。だから、空きが出次第入るなら第一以外を勧める。抗争に巻き込まれるぞ」


「この時代にまだそんな事やってるんですか……」


「こんなの序の口だ。校外だけど、学生クラブが建てた寮だってあるんだぞ。金持ちの子限定とか、成績優秀者限定とか、魔導力科のみとかな。OBOGが有名人ばかりだと、金で何とでもしやがるんだ」


「そういうとこ、日本の大学っぽくなくて面白いですね」


「良いか悪いかは別として確かに面白くはあるな。僕の流星寮は大戦前からあるボロ屋だ。しかし家賃が安い。その代わり変な奴しか集まらないから大体どの寮からも嫌われている」


「ああ、それわかります」


「わかってほしくなかったよ……。でもまぁ、住んでみると結構楽しい。ほれ、あそこだ」


 八代が指さした先に石造りの洋館のような建物が見えた。敷地はこの辺りの寮で一番広そうだ。その代わりに全体的に退廃的な雰囲気が漂っており、何の整理もなく自転車やバイクが適当に停めてある。車は一台だけあった。庭にはBBQをした形跡がある耐火煉瓦で作られたコンロや、石窯まであるし、小さな人力で作られたであろうプールまである。屋上には大量の洗濯物が見えた。大体男物だが、スカートが干してあるのも見えて美鈴の背筋がゾクっとした。

 

「最悪の雰囲気ですね。女子寮の隣にこんなんあったらそりゃ怒りますよ」


 向かいに聳える女子寮はとても美しい建物だった。ステンドグラスを所々使ったデザイン性溢れる建物だ。庭もこまめに手入れしているのか落ち葉1つ見えない。池もあり、静謐な空間をイメージして作られたであろうこの建物から見える景色がこの流星寮だ。最悪の景色だろう。

 

「仕方ねぇじゃん。設立当初からこんなんだったみたいだしな」


 入り口に置かれたダビデ像は股間の部分が大きく盛られており、そこに傘が沢山かけられている。センスまでもが壊滅的だった。寮の入り口には『新入生歓迎(女子個室有〼)』やら『菊姫梢子永久立入禁止』『悪霊退散』といった札が貼られている。


(何したんだあの人……)


 大体予想がつくがしょうもないオチしかなさそうなので美鈴は聞かずに心の中で消化した。

 八代について行くがままに寮の中へと靴を脱いで入る。意外と中は広く、片付いてはいない。人体模型やら雑誌やらそこら中に用途不明なものが置いてある。美鈴が一番よくわからないのが、入り口近くに全自動雀卓が置いてある事だ。しかも三台もある。 


「こっちが談話室と食堂だ」


 ひと際広い部屋だ。机がいくつも並び、机の上には半裸の男が三人。一人はパンツを脱いで尻を突き出し、もう一人はその尻に熱い接吻をしている。それをニヤニヤ笑いながら見ている男も一人居る。

 

「おーい。後輩連れて来るって言ったろ。流石にこのノリは引くぞ」


「全裸じゃないだけマシなんで大丈夫です」


「えっ? 僕の普段やってる事ってこれより酷いの?」

 

 流石に衝撃的な光景だったが、服着てるだけマシだななんて思ってしまった。1月前の自分だったら悲鳴を上げていただろうなと成長を感じたが、どこか美鈴は泣きたくなってきた。男達は最初美鈴の存在に気が付いていなかったが、ようやく女子が存在していると認識すると、普通の人間らしくびっくりしたような声をあげた。

 

「おおおおおおおおおい! 八代ふざけんなよっ! 千ヶ崎さんは来ないんじゃなかったのか!?」


「そうだぞ! だから今日はやる気でねーなってなったから気合入れる為に、尻キスじゃんけんやってたのに!」


「後輩って女子なのかよ!? 血継魔術科は羨ましいなぁ! おい!」


「つーかどんな子か噂になってるだろ。血継魔術科に新入生入るって言うんだからさ」


「そもそも新年度始まってまだ大学に一度も行っとらんわ!」


「俺なんか学科でハブられてっから噂回してくれる友達居ねぇんだよ!」


「暇なお前と一緒にするな! こっちはパチンコで生活費稼ぐのに忙しいんだよ!」


 最高学府の学生たちの発言とは思えなかったが八代の友達なので美鈴は察してあげる事に決めた。男達の風貌も随分と変わっている。一人はマッチョ。一人はリーゼント。一人はどう見ても同年代には見えない髭面の男だ。記憶を整理すると、マッチョの尻にリーゼントがキスをしていて髭面がそれを酒を飲みながら眺めていた事になる。


「バカだなお前ら……。まぁいいや。紹介するしとくわ。そこのマッチョが山崎。リーゼントが齊藤。髭が田所だ。三人とも、僕と同級生になる」


「お初にお目にかかります。魔術科の山崎軍司やまざきぐんじと申します。主な専攻は肉体強化魔術の研究をしています。どうぞよろしく」


「さっきまでケツにキスされてたのに真面目な自己紹介しても無駄だと思うぞ」


「うるせぇ!」


「んじゃ、次は俺な。医療魔術科の齊藤秀吉さいとうひでよしだ。言っておくが、男のケツにキスする趣味はねぇ。だが、賭け事のルールにきちんと筋通しただけだ。夜露死苦!」


「最後に田所三郎たどころさぶろうだ。在籍は魔術史科になる。金に困ったらいつでも言ってくれ。ギャンブルなら何でも教えてやる」


 揃いも揃ってロクでもなさそうな先輩達であったが、全裸よりはマシなので美鈴は何とか笑顔で耐えた。そして、


「何でもいいですけど、まずきちんと服を着て貰ってもいいですか?」


 笑顔のまま絶対零度のような冷たい声色で半裸の男達に言い放った。

 

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