前科6:ゼミ選択は真剣に考えた方が良い。




「申し訳ない。西園寺さん。入学早々このような醜態ばかりを晒してしまって……!」


 円卓に座るやいなや、七三分けの男が美鈴に向かって手をつき頭を下げた。

 男は東京魔術大学血継魔術科科長──嘉納桃李かのうとうり。美鈴達、血継魔術科を指導する大学教授にあたる。かつての大戦でも美鈴の祖父達と共に戦い、"魔闘術まとうじゅつ"という独自の魔術を開発した偉大な人間だ。その横には半泣きで正座させられている女生徒が居る。先程まで大暴れしていた血継魔術科の先輩だった。


「いえ……。もう全裸そこのひとでこういう事には慣れましたので……」


「えっ。ならいいじゃん! 美鈴ちゃんだっけ? アタシ、菊姫梢子きくひめしょうこ。よろしくねーん」


「はぁ……。よろしくお願いします」


 半泣きが一瞬で消え、快活に梢子が笑った。

 派手な人だと美鈴は思う。日焼けした肌に明るく染めたボブカットの髪。白のスキニーパンツに細身の黒いセーター。それでいて出ている所は出ている。千ヶ崎が白ギャルなら、こちらは黒ギャル先輩だな、なんて勝手なあだ名をつけた。

 

「んで、姫先輩今日は何したんスか?」


「聞いてよ真央! 嘉納せんせーが密造酒禁止って言うのよ。ムカつくじゃん? 襲うしかないじゃん? したっけ、返り討ちに遭っちゃった」


「聞いての通りだ美鈴。この女マジでテンションで生きてるから気をつけた方がいい」

 

「常識的に考えれば退学案件だと思うのですが……」


「平気平気。毎週誰かにやってる事だしね。──それに、退


 なはは、と梢子が笑いながらポケットから煙草を取り出し口に咥える。


「どうして君は、この状況で煙草吸えると思っているんだッ!?」


 ヒュボッと変な音がした。梢子の口に咥えられていた煙草が口先から跡形もなく消し飛んでいる。拳の発生源は嘉納によるものだった。目に見えない程の速さと魔力が纏った拳の威力に一同唖然としてしまう。そして、ようやく一度仕切り治す事ができたと笑みを浮かべるが、色々遅いのではないかと美鈴が半眼で眺める。


「さて、西園寺さん。入学おめでとう。恭一郎さんのお孫さんを受け持つ事になるなんて、人生何があるかわからないもんだね」


「こちらこそよろしくお願いします。祖父が嘉納先生によろしくと仰っていました」


「相変わらず固いなぁ。もう十年ぐらいお会いしていないけど、毎日ニュースで見てるからそんな気がしないんだよね」


 西園寺恭一郎は非常に固い人間だ。笑った所なんか見た事がないし、家族ですら常に緊張して話しかけている。お父様やらおじい様やら先生やら総理やら色々と呼ばれているが、下の名前で呼ぶ人間を美鈴は初めて見た。


「よし。それじゃあ本題に入ろうか。一応、この時間は大学でよくあるゼミのようなものだと思って欲しい。血継魔術科は四年間の通算成績で四十単位の取得となる。まぁ、早い話が四年間毎週必ずこの授業は続くという事だね。出席は評価にあまり関係ないかな。ここに居る三人は出席率がいいんだが、後の三人は最悪なんだ。でも、西園寺さんにはできれば毎週来て欲しいな」


「はい……。可能な限り出席します」


「ありがたい。まぁ、このゼミでの主なテーマは私による魔闘術の指導と各種機関からの依頼をこなす事、そして四年間の間に血継魔術を"覚醒"状態にまで持っていく事かな」


「覚醒……ですか?」


「血継魔術は全てにおいてじゃないけど、"覚醒"っていう一段階能力が引きあがる現象があるんだ。このゼミの中で言うと、梢子と八代と清麻呂は覚醒状態にある。真央と清春と統志郎は血継魔術が強力な分、まだ覚醒には至っていない。西園寺さんもこの前の戦いを見させて貰ったけど、まだ覚醒には至っていなさそうだったね」


 何故か裸Yシャツやしろが得意そうだった。梢子は興味なさそうにスマホを弄り始めていて、真央はどこか緊張した面持ちでいる。

 

「美鈴。覚醒に至るまでには大変な苦労があるんだ。何かわからない事があれば、僕に聞きにこい」


「あんた、入学時点で覚醒してたでしょうが」


「ふふん。僕ぐらいになると、初めて使った時には支配の魔剣だったんだよ。爺様達がビビり過ぎて心臓発作起こして大変だったわ」


 冗談にしたって笑えないし実際現実なんだろうなぁ、と美鈴は心の中で諦める。

 自分だって心臓発作起こしてしまうかもしれないぐらいだった。


「支配の魔剣がまた現れたって聞いた時は流石に私もびっくりしたよ……。しかも"小夜子さん"の子だって言うんだから……」


 美鈴も子供の頃ニュース速報が流れたのを見た気がした。千ヶ崎の方が先にニュースになったかは覚えていないが、同じぐらいだったとも思う。八代と真央の能力の恐ろしさは正に桁が違う。そうすると、今度は財布から小銭を取り出して数を数え始めた不真面目な黒ギャルが気になってくるわけで、


「菊姫先輩も、著名な血継魔術をお持ちでここにいらっしゃるんですか?」


「んー? 姫先輩でいーよ。アタシは普通に酒屋の娘だったんだけど、高校の時ぐらいかな? 酒に魔力流して魔術酒にするのって免許いるじゃんね? なんだけど、実家から酒くすねて勝手に魔力流し込んで学校で売ってたんだけどさ。アタシが作った酒、すげぇ効力強いらしくて魔術の暴発事件起きたのよね。それでそこに居る嘉納センセに目ぇつけられて、血継魔術の素養があるとか言われて、覚醒なんかしちゃってここに居るってわけよ」


「あー……そうなんですね……」


 また犯罪者もどきか。いい加減にしてほしい。なんて事はおくびにもださずに美鈴は笑顔で乗り切った。入学して数日。大分愛想笑いが上手くなったと自分で自分に関心してしまう程だった。

 

「姫先輩の血継魔術は【暴発魔術】っていうんだよ。まぁ、その内見れると思うから楽しみにしててね」


「名前だけで嫌な予感しかしないんですけど……」


「元々酒に魔術流すだけの血継魔術がまさかここまで強くなるもんなんだねー……」


 どこか他人事のように梢子がぼやく。血継魔術は特別な魔術といえど望んで得る事は難しい。八代のように生まれつきだったり、真央のようにある日突然現れたり、梢子のように微弱な血継魔術が覚醒し一級品になる事もある。美鈴自身も母が使えたのを知っていたぐらいで、幼いころある日突然使えるようになったのだった。


「私も、覚醒状態になってみたいです」


「多分できるんじゃないかな。恭一郎さんの血継魔術は君の比ではないし。あの人、そもそも血継魔術使わない方が強いみたいな所あるしね」


「御爺様はあまり血継魔術の話をしてくれませんので……お忙しい方ですし……」


「なら私がしてあげよう。四年間、君がどこまで成長するのか非常に楽しみです。悪い先輩ばかりだが、どうにか君一人でも真っすぐに育って欲しい」


 嘉納の絞り出すような言葉に八代と梢子がぎゃあぎゃあと抗議を始めた。だが、


「それで思い出したが梢子。……君、明応大学の子に何かしたね?」


「あー……。何かCUEって飲みサーの新歓には行きましたです。はい。無料で酒飲めるし、食えますし」


「ヤリサーじゃん。僕のバイト先でも評判悪いとこだ」


 刺すような嘉納の視線にしどろもどろになりながら、妙な敬語で梢子が答え始める。

 

「酷い連中だが、貴族の坊ちゃんばかりだから悪さしても表に出にくいんだよな。……二度と東魔大と関わりたくないと言ってきた貴族が1つあってね。梢子と飲んだと言っていたんだよね」

「あー……。ってかしゃーないじゃん。あいつらアタシとか他の女の子酔わしてマワそうとしてきたからさ。全員酒で潰した後、リーダー格の奴ぼっこぼっこにしたんだよね。それでさ。親父と喧嘩してたからさー。家帰りたくなくてしばらくそいつの家に転がり込んでたわけよ。んで、数日したら仲間呼んで逆らったから全員病院送りにしてやったんだけど、一発いいの貰っちゃってね。すげぇムカついたから貯金全額降ろさせて、カードローンも限界まで借りさせて競馬場連れてってさ。一番人気の単勝に全財産つっこませたらまたそれが良いレースだったのよ。最後の最後まで判定になってこりゃどっちかなってなったからどう思う?って振り返ったら、ショックで気絶してウンコ漏らしてたからそのまま競馬場に捨てて帰っちゃったって事はあったよ!」


「人でなしが過ぎるよ……」


「ヤリサーは最悪だと思うけど、姫先輩も相当よね……」


 珍しく八代と真央がドン引きしていた。美鈴も言葉が出てこない。

 嘉納の方を恐る恐る見ると表情が笑顔のまま固まっている。異様な雰囲気だ。それに、魔力の流れを感じる。大きくうねるような魔力。その魔力が嘉納の体に集中し、圧縮されていくのを美鈴は感じた。嘉納が生み出した魔術の一つ、魔闘術だ。身に流れる魔力を圧縮し体の一部分に集中させ攻撃や防御に使う特殊魔術だ。


「成程。話はわかった。……そういえば、今年の血継魔術科の方針をまだ説明していなかったね」


 席を立ち、ゆっくりと歩きだす。

 嘉納の視線の先は部屋に置かれたアダマンタイトへ向かっている。おお、と美鈴は密かに感嘆していた。やっと専門的な授業が始まるのだと。世界最硬の魔術鉱石を使って何をするのだろうかと。八代達上級生は内容に大体の予想がついたのか、対照的に顔が青ざめていった。


「──こうなりたくなかったら、大人しく勉強していろっっっ!!!!!!!!!!!」


 怒気と言葉と共に拳を放つ。

 瞬間、世界最硬とも呼ばれる三メートルはある巨大なアダマンタイトが砕け散った。人間の技ではない。個人では壊せないレベルの代物だ。それが、こんな理由で粉々に砕けて吹き飛んでいくのを見て、美鈴の東魔大に期待していた最後の希望までが砕けて消えていった。

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