前科5:大学生活における最初の壁は履修登録。



 西園寺家は、日本に名だたる名家である。

 西園寺恭一郎は、現総理大臣。息子は、国会議員。娘は著名な魔術師に魔術貴族の妻と華々しい経歴ばかりだ。そんな西園寺家の十八番目にあたる孫、西園寺美鈴は今日も表情を緩めず、週に一度一族が集まるブランチに参加していた。総理の甥が経営するホテルを会場とし、厳かな雰囲気の中今日も華麗な話題が飛び交う。


「今度、清野財閥のお嬢さんと──」


「伊庭さんとのお取引が──」


「松丸先生と今度ゴルフでも──」


 ほぼ美鈴には関係のない事なので、黙々と料理を皆に合わせた速度で咀嚼する。環境は最悪だが、味は良い。西園寺家に戻る前までは裕福とは言い辛い生活を送っていた身なので、最初は慣れなかったが随分と舌も肥えた。

 

「そういえば美鈴さん。──大学生活はどうかしら? この前、病院に運ばれたとお聞きしましたが」


 言葉には出さないが、嫌味しか感じない。

 織田清麻呂に敗北した後、目を覚ましたら病院のベッドで寝ていた事を思い出す。今だって悔しいが、あれは化け物だった。しかし、他人にわざわざ言われるのも気分が悪い。


「血継魔術科にも色々あるのです。ご心配をおかけいたしました」


 しん、と空気が冷える。

 血継魔術──栄華を誇る西園寺家の禁句の一つでもある。人望、学歴、金、容姿、名誉。常人が憧れるそれを多く持つ西園寺家の面々においても、特別な魔術だ。どれ程努力しても、多くの子を産もうとも、西園寺家において血継魔術を使用できるのは、現在祖父と美鈴の二人だけだ。全てを投げうってまでも欲しかった至高の魔術が、出奔した末っ子の隠し子だけが使える非情な現実だ。

 努力をした者程、美鈴への嫉妬は大きい。殺意すらも感じる。

 表面上は皆、笑っているのに。


「……そう。何かお困りになったら是非連絡してくださいね」


「ええ。血継魔術に関して皆さまお詳しいと伺ってますので、是非相談させてください」


 詳しいだけよね。とは言わない。自分でも性格が悪いなとも思う。 

 母を受け入れなかった連中に慈悲などない。

 美鈴の中で、祖父以外の親戚はほぼ全て敵に等しかった。

 

「それでは、学校があるのでこれにて失礼します」


 こんな場所に自分の居場所なんかない。

 今日は、血継魔術科のゼミの初顔合わせの日でもある。先輩が色々酷いが、教授は一流だ。日本でも有数の血継魔術師でもあり、TVなんかにもよく出ている。これから四年間師事できると考えるだけで胸が高鳴る。ホテルを出ると後ろは一度も振り返る事無く、美鈴は大学へと向かった。










 先ほどまでの気分はどこやら、るんるんで校門へとたどり着くと指輪をかざして転移魔術を発動。今日からが本当の自分の人生の始まりだ。青い光に包まれ、転移先は血継魔術科の教室。学内で一番広く、最高の環境が整っていると噂だ。模擬訓練の環境。貴重な表に出せない魔術書。講義の時間より三十分は早いが、本でも読んでようかななんて心も高鳴る。


「おはようございます」


 転移と共に、声を出す。

 返事はないので誰も来ていない。と思いきや部屋の中央で全裸の男が敷かれた布団の上で爆睡していた。どうやら八代しかまだ来ていないようだった。もはや驚く事すらなく、視界に入れた時点で敗北なので気にしない。ガン無視を決め込んで、手近にあった大きな円卓の上に荷物を置く。


(広い……)


 魔術で空間を拡張してあるのだろう。天井がとても高い。

 教室の広さは高校の体育館程だろうか。コートを作るなら二面程。壁には夥しい数の本が詰め込まれている。円卓の前には大きな移動式の黒板。そして部屋の中央に安物の布団と全裸。その近くに縦横三メートルはある大きな鉱石がある。


「これ、アダマンタイト?」


 世にも珍しい魔術鉱石だ。地球上で一番硬いとされている。

 ダイヤモンドよりも遥かに価値があり、古の魔術師しか作る事のできない遺物だ。現代においても精製方法については研究が成され、遺物を加工する事によって兵器や装飾品として売られてもいる。それの原石であろう。こんな希少なものまで手に入れられる所も、流石は東京魔術大学といった感じだ。アダマンタイトを使ってどんな講義が行われるのか楽しみで仕方がなかった。


「おいっすー」


 キラキラした目で美鈴が鉱石を見ていると、千ヶ崎が転移魔術で現れた。ジョガーパンツにハイブランドのパーカーとキャップ。今日も白い靴が眩しいな、なんて美鈴は思った。

 

「おはようございます」


「うん。おっはよー! まだ美鈴ちゃんと八代だけか。今日は先輩達来るのかなぁ」


 もはや全裸には一瞥もくれない。

 これが血継魔術科のスタンダードなのだと理解した。千ヶ崎がぼやきながら机の上に鞄から出したノートや筆記用具を置いていく。チャラそうな風貌だが意外と真面目なのだ。服はハイブランドだが、ペンケースやノートは普通のものだ。相当年季が入っているのが見てわかる。物持ちもよさそうな人だと認識を改めた。


「織田先輩以外のお三方には、まだお会いしてませんね」


「あたし達より自由な人達だからねぇ。"清春"は女とトラブって身を隠してるし、"姫先輩"はお酒ばっか飲んでるしなぁ。"統志郎さん"は自由過ぎてあたしも滅多に見ないよ」


全裸せんぱいも相当ですが、強烈な人しかいませんね」


「だからあたし達は仲良くやろう? 数少ない常識人枠としてさ」


 千ヶ崎がニヤっと笑った。人気が出るのもわかる。裏表のあまりない屈託な人だ。スタイルも顔も良いが、人を拒絶しない雰囲気がある。しかし一方で魔術師としてはとても強い力を持っている。

 十年前にこの国から"梅雨が消えた"事件の原因でもあり、美鈴もテレビで見た事があるぐらいには有名人だ。失われた魔術の一つ、天候魔術が現代に復活したと当時は国中で大騒ぎだったのを覚えている。 


「……そうですね」


 仲良くしておくに越したことはない。実際血継魔術科で一番話やすいのも事実だ。そのまま「連絡先教えて」とパインのIDやら電話番号を教えていると、むくりと全裸が立ち上がったのが見える。


「……おす」


「おす、じゃないよ。美鈴ちゃんまだ入学したばっかなんだから、きちんと服着なさいよ」


「わかった。上は着るよ」


「普通、下を履きませんかね?」


 くだらないやり取りを終え、ごそごそと布団の中からYシャツを取り出してのそのそ着替え始めた。どうでもいいが、教室でよく寝れるな、なんて考えていると、


「よし。これで遅刻は免れた。出席で減点されるの地味に痛いんだよな」


「あー……。理解しようとしましたが、理解できませんでした」


「バカだなぁ。教室で寝れば遅刻しないって事だよ」


「その発想に至る経緯が理解できないって事ですよ。バカなんですか?」


 裸Yシャツ伊庭八代に嫌味を込めながら美鈴が言うが本人は全く気にしていない。それどころか美鈴が置いた鞄の隙間からはみ出たものを目ざとく見つけた。


「おっ。それ履修登録表じゃん。もう書けたのか?」


「いえ……それがまだ」


「えー。じゃあ、美鈴ちゃん。あたし達が色々と教えてあげるよ。血継魔術科って結構距離置かれるから、気軽に聞けないでしょ?」


 千ヶ崎の言う通りだった。入学してそれなりに時間が経つが、血継魔術科はやはり異質な目で見られる。教室でも学食に居ても何時も誰かに見られていた。一番厄介なのが、見られるだけで絡まれる事がないのが面倒くさい。右も左もわからない状況で聞きたい事を聞くに聞けない状況の方が多い。クラス分けもされてないので猶更だ。同級生たちは既に学科内でグループを組んでいるのが見える。しかし、美鈴には同じ学科に同級生は居ない。知り合いは八代と千ヶ崎と清麻呂ぐらいだ。


(酷いモンでしたけどね……)


 八代は大学の至る所で煙草吸ったり酒飲んでたり昼寝していたり、野良猫のノミ獲りをしていたりと勉強している姿を一度も見た事がない。

 千ヶ崎は見かける時は友達が複数居て話しかけ辛く、清麻呂も偶に見かけてもスーツを着て壁にブツブツ話しかけていたりして怖くて話せなかった。


「……はい。教えて頂けるとありがたいです」


「よっし。任せろ。僕も昨日丁度書き終えたとこなんだ」


 インターネットが普及した時代であるが、東京魔術大学の履修登録は未だに手書きだ。

 面倒くさいと思うが、美鈴自体が紙媒体が好きなので特に異論はない。またも布団に戻った八代がごそごそと中を探ると、皺だらけの履修登録用紙が出てきた。どうなっているのだ、あの布団は。なんてつっこみたいがつっこんだら負けなのは知っている。


「見ろ。これが僕の履修登録表だ」


「えー……。月曜、一コマ目がパルクール。二コマ目が剣道…………もう結構です。ありがとうございました」


「早くね!? まだ月曜日じゃねーか!」


「全く参考にならないんですよ! 何で一週間のほぼ全ての授業が体育系なんですか!? ここ、東魔大なんですよ!? Fラン大学みたいな授業の組み方しないでくださいよ!」


「……まーまー美鈴ちゃん落ち着いて。あたしのも見てみなよ」


「はァ……。あれ? 千ヶ崎先輩も体育多いですね……。後は魔術史学とか……。基礎的な授業が多いですね」


「そう! これ、東魔大で生きていくにあたって結構大事でさ。そもそもあたし達が、上級魔術理論何か履修する必要ないんだよね。だって、──


「あっ……」


 少しだけ千ヶ崎の言う意味が美鈴にもわかった。

 血継魔術はあまりに強すぎる。魔力消費は少ないし、威力は上級魔術よりも大抵強い。美鈴が努力して習得したとしても、実際には血継魔術を使った方が遥かに効率が良いのだ。 


「マロ先輩みたいに膨大な魔力持ってたり縛りプレイが好きなら話は違うんだけど、あたし達が言いたいのは、自分に必要な授業が必ずしも難しい必要はないって事だよ」


「ゼミ以外、ほぼオール体育でも?」


「僕は魔剣が近くになきゃ、ひたすら逃げまくるしかないからな。だから体力が必要だし、体術で乗り切らなきゃいけない場合も多いんだ。後は、ちょっと変わった魔術が欲しいから、魔術創作の授業もとったりしている」


「あたしも三半規管とか鍛えとかなきゃならないからね。後は、天候魔術って結構謎が多いから、魔術史の勉強もしたいなって思ってそういう授業とってるんだよ」


 日本最高峰の大学に入学したからには、難関な授業を受ける事が当然と思っていた。実際美鈴が受けようとしていた授業は、著名な教授が担当していたり、基礎の授業なんか殆ど履修登録していない。

 大学生は自由なのだという事を改めて認識する。自分に必要だと思う事を四年間学べば良いのだと思うと、少しだけほっとした。肩の力がどうやら入り過ぎていたらしい。そんな美鈴の反応が面白かったのか、八代と千ヶ崎も釣られて楽しそうに笑った。


「美鈴ちゃん。基礎魔力向上Ⅰを一緒に取ろうよ。この先生の授業受けると、魔力量結構上がるんだよ。マロ先輩が優評価とるまで毎年無駄にとってたら、あそこまでの魔力量になったしおススメだよ」


「……! いいですね。それ。是非ご一緒させてください」


「美鈴。この教授は気をつけろ……。僕が半裸で教室に入ったらそれだけで不可にされた」


「警察呼ばれないだけマシでしたね」


「いや、呼ばれたんだよそれが……だから今年も受けなきゃならん……」


「今年からシラバスにも追加されてるんだよね……。受講するにあたっては衣服の着用も評価基準に入りますって……」


「学校のレベル下げるのやめて貰ってもいいですか?」


「僕は、初日から寝坊したから一生懸命走っただけなのに……っ! まぁでも教室内で寝てる手法編み出したから、今年の評価は貰ったな」


 初日から教室で爆睡してて不可を貰う光景が容易に想像できたが黙っておく。八代が早々に不可を貰えば静かに授業を受けれそうだ。このまま当日まで余計な事は言うまいと心に決めた。

 そして、八代と千ヶ崎に色々と相談した結果、今年度の授業の履修登録が決まった。千ヶ崎と一緒はまぁいいが、八代と一緒なのも幾つか出てきてしまったのが不安だが、感謝はしている。歪な日程だったが、それでも楽しそうと思える授業が多い。それだけで今日は来て良かったと思う。


「そろそろゼミの時間ですが……。他の先輩方は来なさそうですね」


「清春と統志郎君は来ねぇだろうけど、姫先輩が来ないって二日酔い以外じゃ珍しいな。痛風になったから禁酒するって言ってたから来るとは思うけど」


「教授に捕まってるんじゃない? あの人、禁酒してる時とか平気で一線すぐ超えるからね……」


「あー……。多分それだ」


「ここの上級生にまともな人は居ないんですか……」


 美鈴がそうぼやくと同時、轟音が鳴り響いた。

 恐ろしい程の魔力だ。どれだけ高威力の魔術を使ったのか考えたくない程に濃厚な魔力の残滓を感じる。八代と千ヶ崎は慣れているのかケロっとしている。


「外でドンパチ始めたな」


「これ、多分姫先輩と教授よね……」


 そして更に再び轟音が鳴り響き、教室のドアが吹き飛んでいく。ドアは窓を突き破って外へと消えていった。あまりの威力に唖然としてしまう。そして、埃と煙が立ち込める中、男女が向かいあって立っているのが見えた。思考がついていかない。もはやどうにでもなれ。投げやり気味に美鈴はそう心の中で呟くと、天を仰ぎ事態が収まるのを見守る事にした。




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