前科4:大学生は酒と暴力が好き。




「はろー。美鈴ちゃん。来てくれてありがとね」


 先ほどまで汚いバニーを見ていた所為か、目の前に現れたバニーが美しく見えた。

 この格好恥ずかしくないのだろうか?なんて疑問が湧くが、男と笑顔で写真を撮っている。どうやら、最後の一人だったらしい、「またねー」と男達に手を振った千ヶ崎真央は、悪女にも見えなくない。入学式の後出会ったから学内を案内して貰ったりしたので美鈴としては悪い印象がない。一緒に学内を歩いていれば色々な人に声をかけられる人気者といった感じだった。


「どうも。千ヶ崎先輩」


「とりあえず、一杯いく?」

 

 そそくさと近くにあったスタッフ用のテーブルからドリンクを二つ持ってきた。うっすらと匂いを嗅いでみるが、多分酒。魔術師なのに昼間から飲んでる人間なんて──と思ったが、周囲に山ほど居る。最高学府なのに、とまたがっかりするが悲しいかな、もう慣れてきた。


「ダメだ。彼女はまだ未成年だろう」


 ぬっと出てきた腕によってドリンクが取り上げられた。細い手だ。

 ようやく復活した織田清麻呂が仏頂面で立っている。


「えーっ。マロ先輩。この世界じゃ十八から成人扱いじゃなかったでしたっけ?」


「勝手に作るな。お酒は二十歳から。……しかもこれ、また密造酒だろう。"菊姫"が作ったのか……?」


「そうっすねー。"姫先輩"の"魔術酒"評判良いですから。悪酔いしないし」


「悪党どもめ……っ!」


 清麻呂が毒づいたと同時、歓声が上がった。どうやら試合が終わったらしい。八代が騒いでいるのが聞こえる。

 出番が近いかもしれない。少しだけ気持ちが高揚してきた。


「そろそろ決勝ね。美鈴ちゃん。準備どう?」


「いけます。問題ありません」


「相手はー……。ああ、やっぱり魔導力科だ。槍使いの茂崎君だね。魔術工芸高校の主席の子だ」


「わかりました。では、行ってまいります」


 人ごみの中を歩き、ステージに立つ。場所は部屋の中央。戦闘に使用できる範囲は、縦横十メートル程。結界あり。ざっと自分の置かれた状況を美鈴は確認し、下に体重を落とした。魔術師の戦闘訓練は高校でもある。だが、体育の柔道のようなもので、防御魔術の練習をするぐらいである。スポーツにおいては魔術の使用は禁止。犯罪に使えば未成年に関わらず重罪が適用される。それが現実。


「レベルを図るには丁度いいですね」


 一般人が喧嘩に使える魔力量はそこまで多くはない。

 大きな魔術を使えば一発が関の山であるし、防御魔術の発達により致死率は限りなく低い。だが、ここは国の最高峰東京魔術大学だ。普通の人間では入学ができない。しかも相手は未知の魔導力科。槍のようなものを構えている。久しぶりに美鈴の背筋がぞくっとした。


「西園寺家のご令嬢だか何だか知らねぇけど、こっちも負けねぇからな」


 言葉と共に相手の体が沈み込む。下半身、上半身に魔術印が出現。一秒かからず印に魔力の光が灯る。魔術印とは、魔術発動のための型だ。そこに自身の魔力を流し込む事によって、初めて魔術は成立する。 身体強化の型だ。見た事がある、と判断し美鈴も右腕に魔術印を顕現。高速で突き出された槍を防御魔術発動と共に弾き飛ばす。薄い皮膜程だが硬い。そのまま接近し、蹴りを放ったが相手の防御魔術によって鈍い硬さが伝わってきた。


「はやっ──」


 戦い慣れている。お互い魔術の発動の速さも同程度だろうか。

 一度距離をとり、槍の射程内から離れようとするが相手がそれを許さない。

 距離を詰め、槍を横凪ぎに振るった。避けられないので、肘で受け止める。

 ──同時、槍が大きく曲がった。


「──っ。血継魔術か!」


 相手が毒づく。流石に見抜かれたか、と美鈴も笑う。

 右腕に握られた指輪の隙間からは血。美鈴の血継魔術は既に発動している。

 魔術印も要らず、魔力消費も少ない。

 血と魔力のみで完成する至高の魔術と人は呼ぶ。そして、美鈴の能力は──


「挨拶代わりに見せますねっ──」


 額から角が生えた。手は大きく膨れ、肌は赤銅色に。

 外見はそれ程の変化だが、体は別の生物にまで変化している。

 全身の肉体を別の生物にまで作り変える血継魔術──【狂化】。

 美鈴の一族に伝わる血継魔術だ。

 

「くそがっ!」


 槍から電撃が飛び出した。が、効果がない。

 人間なら失神する程の電撃ではあるが、変化した美鈴の肉体に大した影響はなかった。だが、心の底でひやっとしている。魔術発動の予備動作の無い電撃。──これが、魔導力の恐ろしい所だ。印もなく魔力の感知も難しい。相手は槍に魔力を流しただけなのにこの威力だ。血継魔術を出してなかったら美鈴は負けていた。相手が魔導力科と知っていたからこそ、最大限用心して即発動させたのだ。だが、ここまでくれば大した脅威ではない。


「終わりです」  


 魔術師は接近戦に弱い。

 防御魔術の発動にも集中が必要だ。人外まで変化した肉体で一歩詰める。人間の踏み込みから外れた速度で接近し、腹に一撃。あばらが折れた感覚がした。こうなっては魔術どころではない。冷静に距離を測るために左ジャブを一撃。──そして、右ストレート。

 

「決まりっ!」


 骨が歪む感覚と共に、相手が吹き飛んでいった。

 相手の体が止まり、痙攣しているのが見えた。

 あれでは立てないだろう、美鈴は勝利を確信し右腕を上げる。

 同時に、歓声が響き渡った。


「いよっしゃあああああああああっ! 今年も一年戦争の覇者は、血継魔術科に決定っっ!! 西園寺美鈴だっ! お前ら覚えとけよっ!」


 バニーガール男いばやしろがへらへら笑いながらマイクを持って出てきた。またも歓声。だが、「ひっこめー」だの「金返せー」だの野次も多い。人気なのか嫌われているのかいまいちわかりづらい。そんな野次に対しては、魔剣をちらつかせる事で沈下を図っているところまで本当にタチの悪い男であると美鈴は辟易した。

 

「よぉっし。美鈴。今年の一年最強はお前だっ。痺れる一言頼むぜっ!」


 マイクを渡された。丁寧に一度ハンカチで拭き、口元へ持っていく。

 

「皆様。はじめまして。血継魔術科に新入生として入りました。西園寺美鈴と申します。──お陰様で一年生最強の称号を頂く事ができました」


 いいぞーだの可愛いーだの野次が再び飛ぶ。雑音はどうでもよかった。

 本題は次。視線は千ヶ崎の奥。そわそわとこのまま何事も起きずに神に祈っている長身の男に向けた。


「ですから、このまま一年生最強として、東京魔術大学最強の魔術師である織田清麻呂氏に挑戦したいと思います!」


 あらん限りの声で叫び、八代を見る。

 伊庭八代は楽しそうに笑った。マイクを渡すと楽しそうに再び声を上げ、


「よっしゃあああああああ 一年戦争第二ラウンドじゃああああああっっ!!」


 熱気が加速していく。会場内に織田コールが響き渡った。本人が頭を抱え天を仰いでいるのが少し面白くて美鈴も笑う。千ヶ崎に腕を組まれて顔を赤くしている所をみると、女慣れもしていないようだ。本当に最強なのかと疑問すら湧く。自分の血継魔術はやはり通じる。このまま清麻呂を倒して、今日中に東京魔術大学で名を売るつもりだ。そうすれば──認めて貰えるかもしれない。それに、清麻呂は八代の話だと血継魔術を使い難い状況にあるようだし、最初に叩いておくのも悪くはないだろうとほくそ笑む。


「西園寺君……。早速、このバカ共に染められてしまって俺は悲しい……」


「元々挑戦する予定だったので、どの道回避はできませんでしたよ」


「おじい様に言いつけたりはしないよな? 君のおじい様は警察出身だし俺の進路にも相当なお力を持っているので、仲良くやりたいんだが……」


「言うわけないでしょう……。なら、こうしましょう。先輩が私に勝てたら、おじい様に先輩の就職の事お願いして差し上げますよ」


「……それは、本当か?」


 美鈴の言葉に清麻呂が反応した。本当に小物だと思う。

 祖父が話を聞いてくれる事は保証できないが、お願いぐらいならメッセージを送ってやればいいだろう。やる気が出たのか清麻呂が上着を脱いだ。──細い。筋肉量も少ない。枯れ木のような体だ。一撃で骨を粉砕できる自信がある。清麻呂の血継魔術は【魔銃】だ。名前からして魔剣と同じく物質。発動には若干のラグがある。美鈴なら構える前に距離を詰める自信がある。


「それじゃあ、準備はできたかな!? 一年戦争第二ラウンド始めるぜっ!」


 八代の声と同時、全力で駆け出す。距離は、二歩。

 その間1秒も時間は経っていない。

 渾身の一撃と共に繰り出した拳は──いとも簡単に受け止められた。


(魔術印!?)


 受け止められた拳の先に小さな防御魔術印。

 最低限、最小限のピンポイントでの魔術発動だ。

 すぐさま追撃に出ようとしたが、


「よし、これで正当防衛だ」


 清麻呂の言葉と共に、胸元で爆発が起きた。

 衝撃に身が下がる。しかも、一発だけではない。

 二発。三発。四発。五発。

 立て続けに爆破が起きて二発目から何とかガードしていた腕に鈍い痛みが走る。

 間違いなく高位の爆破魔術だ。──それにしたって早すぎる。

 魔術印の展開が並みの速さではない。


「硬いな。十発出せば良かった」


(化け物かっ──!?)


 美鈴だったらあの魔術を五発撃つのに三十秒は欲しい。それを一秒以内に撃つなんて正気の沙汰ではない。


「このっ──!」


 美鈴も負けじと火球魔術を放とうとするが、魔術印を出す途中で既に追加で三発程火球が飛んできて打ち消されてしまう。あれが、魔銃の能力なのだろうか。だが、清麻呂の魔術印は見える。尋常じゃない速度と集中力だ。しかもあれ程の魔術を使ったのに、疲れている様子すらない。


「一年生にしては筋がいいけれど、まだ酔っぱらった伊庭と同じぐらいだね」


「マロ先輩!? ……くそぅ。何も言い返せない……」


 バニーが項垂れているのなんかどうでもいい。血継魔術すら使われずこのままやられるなんて西園寺家の恥だ。自身の最強の魔術を使うしかない、と美鈴は右腕に全魔力を集中させた。黄色の魔術印が現れると同時、魔力の塊の爪へと変化した。全身の力を振り絞り──走る、が、


「終わりだよ」


 声と同時無数の火球が降り注ぎ、美鈴の体を蹂躙する。爪で弾き、防御魔術も張ったがとてもしのぎ切れない量だった。美鈴が爪を作っているとき、既にもう上空に無数の魔術印を準備していたらしい。あまりの力の差に、立っている事すらできなくなった。膝をつき、項垂れる。ダメージによって血継魔術も解けてしまった。これ以上使えば命にも関わる。


「……どうして、魔銃を使わないんですか……? 私如きには、使う価値はないと……?」


「……いや、普通に銃刀法違反になっちゃうからね……」


 なんだそりゃ、と言いたかったが言葉は既に出ない。あまりにのショックに美鈴の意識はそこでぷっつりと途切れた。

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