前科3:魔術師は風俗にいけない

「今まで見てきた中で、最低の景色だ」


 八代を一瞥した後、こめかみに手を当て清麻呂が呟く。

 適切なコメントに対し、この人はまともな感性を持ってそうだなと美鈴は少しだけ安心した。変態がこれ以上増えるのは辛い。麻痺してしまっていたが、横に居る男は身長180近くあるバニーガールの恰好をした男だ。普通に考えれば、隣を歩きたくない。


「伊庭。一年戦争は禁止と言っただろう。去年の、お前たちが起こした不祥事で学校や俺達がどれ程世間から叩かれたと思っている!」


 とてもまともなそうな人だった。

 魔剣バニー男だけ愚かなんだろうなと、最悪な人と最初に接触してしまったと美鈴は後悔する。

 

「今年は俺が就活する年なんだ……っ! お前達がまた不祥事起こして、東京魔術大学はちょっと……みたいな事になったらどう責任をとる気だ!?」


 前言撤回。器が小さすぎた。

 八代が「あの人、就活不安過ぎてナーバスになってんだよ」と小さな声で美鈴に教えた。血継魔術科にはまともな人間は居ないのだろうか、と不安になってくる。"京都魔術大学"への編入も視野に入れたくなってきた。本当に、最強の魔術師とは思えないダメっぷりが既に伝わってきている。


「俺は、今年警察官の採用試験が控えているんだ! だから──」


「成程。お話はわかりました。お断りします」


「少しは考えろっ! ……まぁ、いいや。どうせ聞くとは思ってないし、お前達を拘束して後は学生科の判断を仰ぐ」


「へぇ、マロ先輩。やる気ですね。──血継魔術使えないくせに」


 血継魔術科最強であるのに、使えないとはどういう事なのだろうか。

 美鈴に疑問が湧くが、八代も清麻呂もお互い涼しい顔をしている。


「別に使えないわけではない。──それに、お前程度。血継魔術を使うまでもない。支配の魔剣も、単品なら包丁と変わらんのはわかっている」


 この大学に魔剣がどれ程あるかはわからない。

 そもそも魔剣自体八代が語っていたように、希少なものだ。伊庭家が流通させてる分か、剣魔術を極めた者のみが使うぐらいしかこの世にない。支配の魔剣もこの条件であればただの刃物だという事になるのだろうかと、美鈴にも言いたい事はわかった。

 

「否定はしませんけどマロ先輩。今日のニュース見ました?」


 言葉の終わりに、八代が右親指を噛む。うっすらと血が流れると同時、漆黒の剣が現れた。

 どこまでも黒い、純黒という言葉に相応しい色だ。

 斬れるかどうかは色の所為でわからないが、禍々しさだけは感じる。

 

「ニュース? ──っ! お前──っ!?」


 そして、もう一振り。銀の剣が八代の左手に現れた。

 柄頭と鍔には、花の彫り物。青く輝く宝石の入った真っ青な剣身。魔剣だ。

 しかも、美鈴はそれを知っている。──清麻呂も同じらしく空いた口が塞がっていない。


「その魔剣──朝のニュースの……っ!」


「──総長の魔剣じゃないかっ!」


 蒼の魔剣。教科書にも載っている四大魔剣のうちの一本だ。

 かつて天才と呼ばれた伊庭小次郎いばこじろうが、災厄の魔術師を討伐するために作り出した魔剣だ。所有者は当時、この大学の講師だった伊能誠二郎いのうせいじろう。現、東京魔術大学の学長であり、現在魔剣を紛失した事を世間に詫びるべく記者会見の準備を行っている。


「ふっふっふ……! 流石のマロ先輩でも、この魔剣を持った僕に勝てると思いますか?」


「お前……っ! また洒落にならん事を……っ!」


「大丈夫ですよ。支配の魔剣が暴発したって言い訳しときゃ済みますから。実際、寮で支配の魔剣使って魚おろしてて、もっと切れる魔剣欲しいなーって願ったら、これがすっ飛んできてこっちもビビったんですから!」


「ならどうしてすぐに返さないっ!?」


「去年"姫先輩"達がやらかした所為で、一年戦争の締め付けがキツそうだったから、元々隠れ蓑になんか事件起こそうと思ってたんですよ。千ヶ崎が台風三つぐらい作ろうかなーとかボヤいてたんですけど、寮が壊れる可能性があったから、なら魔剣紛失にしようって決めたんです」

 

「何だその、俺がトラブルを防いでおきましたみたいな顔はっ!? どっちにしても重犯罪だろうがっ!」


「魔術の暴発は仕方ないですからね。特に、血継魔術なら猶更。研究だって、法整備だって全然進んでないですから」


 理論武装した悪党程タチの悪いものはない。 

 美鈴は失望していた。選ばれた人間しか入れない有名大学。実際は、信じ難いアホしかいない。京都魔術大学からの血継魔術科への推薦は来てはいなかったが、一般受験しておけば良かったと後悔する。美鈴の祖父と母が卒業生だったから安心していたが、随分と地に堕ちてしまったようだった。


「さァ。マロ先輩どうします? 別にやりあったっていいですけど、絶対大騒ぎになりますよね。ちなみに僕、どんな事があろうともマロ先輩を最期まで巻き込むつもりです」


「ぬぅ……!」


「気になるんだったら一緒に来ればいいじゃないですか。ヤバいと思ったら、マロ先輩が止めればいいんだし」


「…………わかった」


「ありがとうございます。後で一杯奢りますよ」


「まさかお前達、また密造酒売ってるのか……!」


「これも借金返済のためです。黙っていれば先輩も僕も皆幸せです」


 がっくりと清麻呂が項垂れた。そんな清麻呂に合掌した八代の「先に行こうぜ」の言葉に促されて美鈴も嫌々進む。屋上の隅の空間に次元を斬り裂いたような穴が見えた。これの高位魔術に当たるのが先程使った転移魔術だ。穴の中を入ると、暗く光る通路の100メートルぐらい先に同じ穴が見える。そこが出口のようだ。


「何だよ。さては惚れたか?」


「いえ……頭悪すぎて言葉を失くしているだけです。後、恰好考えて」


「大学生なんてこんなもんだろ。……僕達は、少し特別なんだとは思うけどな」


「特別に決まってるでしょうに。血継魔術師なんですから」


「僕は要らなかったけどな、


 ──重い、と感じた。伊庭八代という男の能力は最悪だ。

 良い感情を持つ人間は多くはないだろう。

 自分なんかその点マシだな、と美鈴は感じる。

 野たれ死ぬ所を血継魔術に救われたから。そのお陰で一族に引き取られたからと。


「だって知ってるか──? 血継魔術師は、風俗にいけないんだぜ!? じゃあ、モテないしお見合い全部拒否られた僕はどうすればいいの!?」


「はァ……そういえば、そんな法律ありましたね。あと、血継魔術師を強姦しても死刑とかもあったような?」


「そうそう! まぁ、死刑で良いと僕は思うんだけど。風俗ぐらい良いじゃない!」


 血継魔術は使える人間は非常に少ない。

 子供を作っても血継魔術を使えるかどうかは、各血筋によって様々だ。そんな経緯もあり、機械を作るように子供を大量生産されては敵わぬという事で幾つかの法律が現代に残っている。血継魔術師は配偶者以外の人間と性行為をすると、法律で処罰される。自分の遺伝子を金銭を用いた授受をしても処罰される。そんな古臭い法律はあるが、八代達のように特待扱いで大学まで出れると考えると恩恵も多少なりにあるといった感じだ。


「普通、血継魔術師なんて各家からお見合い依頼殺到するもんですけどね……。ま、伊庭先輩見てれば来ない理由もわかります」


「それだけ、支配の魔剣ってのは嫌われてるんだよな……」


「原因は、その格好だと思いますよ。むしろ魔剣よりもそっちにしか原因がなさそうなんですけど」


「うるせぇ! お前だって処女のまま、四年間終えるんだ! 同類だ!」


「私は既に結婚を決められた相手がおりますので問題ありません。ふふっ。伊庭先輩って、言葉の通り特別なんですね。悪い意味で」


 嫌味を込めて美鈴がそう言うとバニーガール男は悔しそうに顔を歪めた。

 美鈴は少しだけ羨ましいといった言葉を隠す。

 西園寺家に入った以上、家のために結婚させられる。

 そこに美鈴の意思なんてない。相手がいないにせよ、自由恋愛ができそうな八代が少し羨ましいとも思う。


「後二年で絶対彼女見つけて婚約してやる……!」


「頑張ってくださいね。気が向いたら応援します」


「友達とか紹介してくれないの?」


「先輩なら、友達の女の子にバニーガール姿の男紹介できますか?」

 

「無理に決まってるだろ、そんな変態」


「答えは出ましたね」


 そう吐き捨てて入り口を潜る。

 後ろで「しまったあああああ」なんて騒いでいるが気にしない。

 そして、大きな声に音楽。目の前に広がった景色は、それなりに広い。

 千人規模程度のライブハウスのようだった。

 美鈴たちは一階に居るようで、二階席に人が居るのも見える。そして、十メートル程先。

 光り輝く魔術結界が張られた空間内で、二人の男が戦っていた。


「……もう、始まってるんですね」


「そらそうよ。俺達血継魔術科は、決勝のみ参戦だから」


「酷いトーナメントもあったもんですね」


「仕方ないじゃん。並みの魔術師じゃ大怪我しちゃうからな。決勝にこれるぐらいの魔術師じゃないと全治半年とかになるのよ」


「どうせ、上がってくるのは魔術科か魔導力科の生徒でしょうね。医療魔術科の子が来るわけないですし」


「そうなっちゃうな。魔導力科なんか、血継魔術科が大嫌いだからガチで殺しに来るぞ」


「ニコニコ笑いながら言う事ですか?」


「だって、負けるつもりはないんだろ?」


 八代がにやりと笑う。くえない男だ、とため息をつく。

 負けるつもりなんか毛頭ない。西園寺家の人間として、まずは一年生でトップを獲るなんて美鈴の中では当たり前だ。家の中での序列は一番下。だが、血継魔術科で一番をとれば誰も逆らえなくなるだろう。今の血継魔術科は歴代最高という評判がある。目の前の八代だって能力だけみれば、日本有数の魔術師だ。


「一番、とりますよ。その次は先輩達です」


「その意気だ」


 八代に背中を押された。千ヶ崎の元へ迎えと言い残して人ごみの中へ消えていった。東京魔術大学血継魔術科史上、初の入学者三人。黄金世代とも呼ばれた魔術師の一人にはとても見えない。

 

「見てろよ!」


 そう呟き男達の輪の中で酒飲んではしゃいでいる本物のバニーガールに向かって走り出した。

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