―33― 聖剣の在処
聞き間違いでなければ、彼女は確かに『聖剣を在処を知っている』と言ったはずだ。
彼女の言葉を聞いた僕はギョッとしていた。
もし、本当に知っているとしたら、どんな手段を使ったって、彼女から聖剣の在処を聞き出すべきか。
……いや、落ち着け。
彼女はただのメイドだぞ。
一介のメイドがそんなことを知っているはずがない。
「僕をからかって、どういうつもりですか?」
「からかうなんて、そんな不毛なこと、私はしないタイプだけど」
「……だったら、聖剣の在処を知っている証拠とやらでも見せてくださいよ」
どうせ無理だろう、と心の中では決めつけた上で、彼女にそう問うた。
「証拠……」
ポツリとそう呟くと、目線を上にして上の空じゃないかと疑ってしまうような表情で、彼女はボーッとしていた
「実は、私、スパイなの」
あまりにもあっさりとした口調でそう言うもんだから、一瞬言葉の意味を理解できなかった。
スパイ……。
彼女はそう告白した。
あまりにも衝撃的な単語に、僕は身が震える思いをした。
「スパイだなんて告白してよかったんですか?」
だから、そう尋ねていた。
もしも、僕が彼女の正体がスパイだってことを言いふらしたら、どうするつもりなんだろう、とか考えてしまう。
「この屋敷の人間は、奴隷より私のほうを信用している。だから、あなたが言いふらしてもなんの問題ない」
どうやら、僕の懸念なんて、彼女はすでに想定していたらしい。
「けど、わざわざ僕に正体を明かす必要なんてあったんですか?」
確かに、彼女が本当にスパイなら、聖剣の在処を知っていても不思議ではない。
けど、信憑性を得るために、スパイと名乗るのはいささか不用心な気もした。
「いいの。ちょうど、あなたに協力を求めようと思っていたから」
「協力ですか?」
理解不能な提案に思わず怪訝な口調でそう言ってしまう。
「そう。スパイが現地で協力者を募るのはスパイの常識なんだけど、知らなかった?」
スパイの常識なんて語られても、知るわけがない。
「いいこと思いついた。あなたが私に協力してくれるというなら、その報酬に聖剣の在処を教えようかな」
そう言われると、心が揺れる。協力してもいいんじゃないかなぁ、と。
「聖剣以外にも、ティルミ・リグルット嬢の様子なんかも教えてあげてもいいんだけど」
それは、すごく知りたい。
てか、ティルミお嬢様を持ち出すっていうことは、まさか僕とティルミお嬢様の関係もすでに把握済みってことなんだろうか。
「なぜ、僕に協力をもとめるんですか?」
ふと、そのことが気になったので尋ねる。
協力者をつのるなら、一緒に働いているメイドなど、他にも候補はいるはずだ。
「あなたが行なっている魔物討伐に同行したから」
「なんのために?」
「情報収集の一環」
「どこの国のスパイなんですか?」
「それは流石に、教えない」
やっぱ重要なことは教えてくれないのか。
「それで、どうする? 協力してくれるというなら、聖剣の在処やティルミお嬢さんのこと以外にも、あなたが知りたい情報をなんども教えてあげるけど」
考えこんでいると、彼女はそう主張する。
正直、喉が手がでるほど、彼女の持つ情報がほしいが……。
「ひとまず、保留ってことで」
すぐに結論を出す必要もないだろうということで、そう口にした。
◆
それから僕は屋敷の仕事を手伝いしながら、スパイを名乗ったエネについて調べた。
といっても、僕の調査能力なんてたかが知れている。
「エネさん、奥様が呼んでいますよ」
「はい、なんのご用でしょうか?」
「以前、エネさんが入れたお茶を褒めていましたので、またお茶を所望なさるんじゃないかしら」
「そうですか。だったら、お茶の準備をしないといけないですね」
壁越しにメイド長のイネスさんとエネの会話を聞いていた。
彼女は僕と相手するときは無表情で愛想がなかったが、僕以外には愛想良く振る舞っていた。
スパイとして情報収集すべく他の使用人や主人の家族とは仲良くしているんだろうか。
その他、彼女の出自なんかについても調べてみたが、特段不審な情報はでてこなかった。
「それで、どうするか決まった?」
地下牢で暇しているとメイドのエネが尋ねてきた。
彼女の手には様々な食事が盛られていた。いつも貧相な食事を食べている僕のために持ってきてくれたんだろうか。
「エネさん」
「エネと呼び捨てで構わない」
「エネ、食べ物で僕を懐柔するつもりですか」
呼び捨てで構わないということなので、わざわざ呼び捨てに言い直してからそう聞く。
「そう、よくわかったね」
と言いながら、彼女は食べ物を僕の前に乗せる。
下心があることを少しは否定したらどうなんだ、とか思いながら、食べ物を手にとる。
「それで、三日ほど経ったけど答えは出た? 私に協力してくれるというなら、あなたの欲しい情報を教えるけど」
エネの提示した情報は正直、喉から手が出るほどほしい。王都でのティルミお嬢様の様子とか、聞きたいことはたくさんある。
とはいえ、簡単に了承できるかというと難しい問題だ。
「まだ悩んでいます」
「なにが奴隷にとって懸念点?」
「目的がわからないことですかね」
彼女の要求は僕の魔物討伐に付き従うということ。そのぐらい、叶えてあげてもいいような気もするが、いかんせん彼女の目的がわからないのが怖い。
彼女を魔物討伐に連れてったがために、大きな不利益を被ってしまうなんてこともあるかもしれない。まぁ、考えすぎなのかもしれないが。
「目的は情報収集」
「その情報収集というのが怖いんですよ」
「そう、それじゃあ残念だけど諦める」
あっさりとした口調で彼女は立ち上がる。
「まぁ、奴隷の協力がなくても外出する許可はでそうだから、正直あなたの助けがなくても任務を達成することできそうなんだよね」
立ち上がった彼女はそう言いながら部屋を出て行こうとする。
そして、出て行く寸前で立ち止まっては、こう口にした。
「奴隷の助けは絶対に必要ってわけではないけど、奴隷の助けがあったほうが幾分か楽にはなるにはなるのだけど……」
チラリ、と僕のほうを振り向きながら告げていた。
どうやら僕のことを彼女なりに説得してらしい。
しかし、そうか。僕の助けがなくても、目的を達成できてしまうのか。
まぁ、そういうことなら、
「わかりました。協力しましょう」
というわけで、彼女と契約成立だ。
「それで、早速ですが、教えもらってもいいですか?」
僕が彼女に協力するのは、彼女が持つ情報を入手するためだ。
「なにについて?」
「そうですね。まずは、聖剣の在処について」
「聖剣の在処ね」
彼女がそう口にした瞬間、僕はごくりと息を飲む。
そして、彼女はゆっくりと唇を動かして、こう語った。
「聖剣なら、ナーベル王国、現国王ハーリアーナ・ナーベルがちゃんと所持している」
「……え?」
彼女が語った言葉を理解するのに、数秒ほど要した。
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