―32― エネというメイド
「あぁ、彼女の名前は、エネよ。確か、あなたと年齢が近かったはずだけど」
「いつからこの屋敷で働くことになったんですか?」
「確か、二ヶ月前とかだったかしら?」
翌日、蔵書庫で出会った使用人が何者なのか気になった僕は、メイド長のイネスさんに彼女のことを尋ねていた。
二ヶ月前ということは、やはり僕がティルミお嬢様に仕えているときに、この屋敷にやってきたことは間違いないようだ。
「彼女のことでなにかあったのかしら?」
「いえ、少し気になって……。その彼女は普段、どんな感じなんでしょうか?」
「そうね、エネちゃんはとっても働き者で愛想も良くて、すごく良い娘よ」
とっても働き者で愛想が良い……?
ふむ、蔵書庫で会った彼女は、掃除もせずサボっては無愛想な態度で読書をしていた。
僕が彼女に抱いたイメージと随分違うな。
「彼女のことでなにかあったのかしら?」
イネスさんが困惑した表情でそう尋ねる。
「いえ、少し気になっただけで、大したことではありませんので」
これ以上聞くと不審に思われそうなので、会話を切り上げる。
まぁ、これ以上彼女について調べても仕方がないか。
エネというメイドは不思議な存在ではあるが、ただそれだけだ。
僕は他に、やらなくてはいけないことがある。
そう思った僕は、蔵書庫に向かった。
僕の主人であるクラビル伯爵が王都に駐在して屋敷を空けているおかげで、僕は奴隷という身分でありながらも比較式自由に屋敷内を徘徊することができた。
契約魔術は契約した主人しか命令することができない。
裏を返せば、主人以外の者に僕の行動を制限する能力はない。
たまに、伯爵婦人が僕に魔物の討伐を依頼するときがあるが、決まってどこか怯えた表情をしている。
彼女は知っているのだ。自身に、僕に命令を与える能力がないことを。
そして、僕が人を簡単に殺めることができる程度の魔術を習熟していることを。
どうやら僕はクラビル伯爵の家族に恐れられているらしい。
「だからって、危害を加えることはできないんだけどね」
契約魔術は従属した者に、いくつかの誓約を与えることができる。
その一つに、『家族を危害を加えるな』というのがある。だから、仮に侯爵婦人に危害を加えようとしたら、全身に激痛が走ることだろう。
ちなみに、誓約には『クラビル侯爵領外に出るな』というのもある。だから、領外に僕は出ることができない。
と、前置きが長くなかったが、なにが言いたいのかというと、クラビル伯爵が屋敷にいないことで、僕は自由に調べ物ができる環境にあるわけだ。
調べ物の内容はティルミお嬢様に頼まれた『聖剣の在処』だ。
そのヒントがないかと、僕は蔵書庫に向かった。
「またいる」
蔵書庫に入ると、メイドのエネが座って本を読んでいた。
メイドがこんなとこで堂々とサボるのはよくないんだろうが、気にせず自分の調べ物を始める。
あぁ、この本とか読んでみるとなにかわかるかもしれない。
「奴隷のくせに文字が読めるのね」
「あっ?」
顔を上げると彼女が目の前にいた。
読書に没頭している間に、彼女が近づいてきたようだ。
「まぁ、読書は慣れていますので」
突然話しかけられたことに驚きつつ、そう答える。
この国の識字率がどんなものなのか、僕は詳しく知らないが、文字なら奴隷になる以前から読むことができた。
それに、奴隷になってからもクラビル伯爵に散々魔導書を覚えさせられた。
「珍しい。本はとっても高価で貴重。なのに、読書に慣れているなんて。とても奴隷らしくない」
確かに、本は高価で貴重だ。
なにせ、本は〈
だから、庶民が本を読む機会はめったにない。
自然魔術の知識を貴族が独占しているのも、その辺が理由だ。
「そういうあなたも、メイドのわりに読書が得意なようで」
メイドが本を読めるのだって十分珍しいはずだ。
「まぁ、私は特別だし」
と、彼女は感情の籠もってない口調で告げる。
一体、なにが特別だというんだ……。
「なにか、調べごとをしていたの?」
「別に、あなたには関係ないことです」
そう言って、僕は再び読書に没頭しようとする。
「当ててあげようか」
ふと見ると、彼女は蠱惑な笑みを浮かべていた。
僕は息をするのも忘れて、彼女の次の言葉を待つ。
「そうね……」
彼女は考えるのか、僕のことを凝視する。そして――
「聖剣について、もしくは、ルードルド鉱山事件についてかな」
「んっ」
聖剣という単語が出た瞬間、思わず声を出してしまう。
「今の反応からして、聖剣の在処でも探しているのかな? どう、当たった?」
「どうでしょうかね……?」
そう言いつつも額には嫌な汗が流れていた。
なんというか彼女と話しているだけで、自分の内心を全てを見透かされそうな恐怖を覚える。
「別に、そんなすごいことをしたつもりはないんだけど。なにせ、あなたが今読んでいる資料を見れば、このぐらいわかるもの」
そう言って、握っている資料を指でつつく。
確かに、僕が今握っているのは、ルードルドー鉱山事件に関する資料だ。
このルードルドー鉱山事件は鉱山の所有権を巡って、リグルット家とクラビル家で一触即発の内乱が起ころうとした。
それを、王が直接やってくることで双方を収めたという事件がある。
その際、当時の王は聖剣を手にして、その威光を見せつけたと言い伝えられている。
もし、その際に聖剣が失われたなら、聖剣がこのクラビル領にあってもおかしくないのではと思って調べていたわけだが。
「それにしても奇妙ね。なんで奴隷が、こんな調べ物をしているのかしら?」
そう言って、彼女は首を傾げる。
「別に、ただの知的好奇心ですよ」
ティルミお嬢様のために聖剣を在処を探しているなんて、リグルット家のメイドに知られるわけにいかない。
これ以上、墓穴を掘らないためにも、この部屋を出ようと立ち上がる。
本当はもっと調べ物をしたかったが、今日は諦めよう。
そう思って、僕は部屋の扉に手をかける。
「もし、エネが聖剣を在処を知っていると言ったら」
瞬間、彼女の言葉を思わず振り返る。
「あなたはどうするのかな?」
そう言った彼女は微かに口角をあげて、笑みを浮かべていた。
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【あとがき】
新作を投稿しました!
こちらもよろしくお願いします。
https://kakuyomu.jp/works/16817139558275309129
【スーパーを占拠した犯人から美少女を救ったら、なぜか彼女と婚約するに 今まで散々オレのことをコキ使っていた幼なじみは絶望しました】
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