―26― ご冗談ですよね
「ふ、ふふふふ……っ」
部屋の中で一人になった後、ティルミ・リグルットは不気味な笑い顔を発していた。
そして、上機嫌のまま、自分のベッドにダイブする。
「アメツが私のことかわいいって言ってくれた!」
さっきのことを思い出しながら、ティルミはベッドの上で悶絶する。
「しかも、世界で一番かわいいって言ってくれた! もう、これって絶対両思いだよー!」
そう言っては、またジタバタする。
さらには、アメツと恋人になる妄想をしては悶絶する。
「アメツ! そんな、駄目よ! こんなところでそんなことをしたら、私たちの関係がバレちゃうわ! もうっ、仕方がないわね。ちょ、ちょっとだけなら、いいわよ。きゃーっ!!」
どんな妄想をしたのか定かではないが、お嬢様はまたもや悶絶していた。
「好き……っ、好き、好き、好き、好き……っ!! アメツ、好きー!」
それからはひたすら「好き」を連呼して、ベッドの上でゴロンゴロンと転がり続ける。
ドテッ、とベッドの上から落ちた。
少しだけ、冷静になる。
「ティルミ・リグルット、少しはしゃぎすぎよ。好きな男ができたぐらいで、取り乱しすぎじゃないかしら」
この部屋にいるのは、ティルミ一人だけだ。
つまり、ティルミは自分で自分に言い聞かせていた。
「でも、どうしようもなく、好きなんです! 私、一体どうしたらいいんでしょう!?」
ティルミによる一人芝居が始まった。
「ティルミ・リグルットは今まで、あらゆる願いを叶えてきた女よ。好きな男ができたなら、当然自分の物にするに決まっているでしょ!」
「えー、でも、私、どうしたらいいか、わからないわー」
「ふふんっ、そこで秘策があるわ!」
「秘策って、一体なんですか、先生! ぜひ、教えてください!」
「夜這いよ、夜這い! アメツを押し倒しちゃえば、アメツはもう私の物よー!」
という一人芝居を終えたところで、ボルテージはマックスだった。
もう、ティルミの頭の中には、アメツの部屋に夜這いすることでいっぱいだった。
そうと決まれば、即実行。
早速、部屋の外に出ようと、ティルミは部屋の扉を開けた。
「お嬢様、お話があります」
そこには、ティルミの専属メイド、ナルハが立っていた。
表情から全てを察する。
どうやら、相当大事な話をしにここを尋ねてきたらしい。
「わ、わかったわ」
ティルミは冷や水を浴びせられた気分だった。
◆
「私がなにを言いにきたか、わかりますか?」
いつもおちゃらけてるナルハが、今日に限って真面目なトーンだった。
「全く、見当もつかないわね」
対して、ティルミは素知らぬふりをすることにした。
「最近のお嬢様は、随分と不埒者に対してご執心のようですね」
やっぱりバレていたか、とティルミは思う。
「あら、なんことかしら、私には全く見当もつかないわね」
だからといって、ティルミ・リグルットは狼狽える女ではなかった。どんなときでも冷静沈着かつ大胆不敵。
証拠なんてどこにもないわけだから、堂々と誤魔化してしまえばいい。
「こほんっ」と、ナルハが咳払いをした。
わざわざもったいぶって、一体なにを言い出すつもりだろうか。
「ティルミ・リグルット、少しはしゃぎすぎよ。好きな男ができたぐらいで、取り乱しすぎじゃないかしら。でも、どうしようもなく、好きなんです! 私、一体どうしたら――」
「わーっ! わーっ! わーっ!」
ナルハの声をかき消すようにティルミは大声を出す。
それでも、ナルハはティルミがさっきまでやっていた一人芝居を続けようとするので、なんとか強引にとめる。
どうやら、全て聞かれていたらしい。
ティルミ・リグルット一生の不覚である。
「私が誰を好きになろうと私の自由じゃない」
なので、開き直ることにした。
そうだ、誰を好きになろうとも、それはその人に認められた権利に違いない。
「はぁ」
と、ナルハは露骨に大きなため息をついた。
おのずとティルミはむっとする。
「貴族に自由な恋愛なんてあるはずがないでしょう。それに相手は元奴隷。万に一つも結ばれる可能性はありませんわ」
確かに、ナルハの言っていることは正論だった。
貴族というのは政略結婚が当たり前。
好きな人と結婚できるなんて幻想であることを。
「貴族に愛人がいるのも珍しくないわよ」
アメツと結婚するは現実的ではない。けれど、愛人なら別だ。
結婚していながら愛人のいる貴族なんてありふれている。
「はぁー」
と、またしてもナルハは大きなため息をついた。
「愛人前提で付き合うなんて、随分と滑稽ですね」
確かに、それもそうだ。
アメツと仮に付き合うとしても、愛人前提で付き合うなんて不誠実極まりない。だからといって、アメツを諦めるのも違うと思う。
「結局、なにが言いたいわけ。結論を引き延ばしたかのような会話、私嫌いなの知っているでしょう」
「別に、お嬢様が誰を好きになろうが自由ですわ。けれど、やるべき使命をおろそかにするのは違うと思いますわ。それとも、恋愛にうつつを抜かして使命のことはすっかり忘れたとでも申しますか?」
「忘れるわけないでしょ。私が成すべきことを忘れるはずが」
そう言ったティルミはどこか鬼気迫る表情だった。
それに追い打ちをかけるようにナルハはこう口にした。
「だったら、恋愛を選ぶか使命を選ぶか、今ここで決めてください」
「そんなの決まっているわ」
間髪いれずにティルミはそう言う。
「ティルミ・リグルットは全てを思い通りにする女よ。恋愛も使命もどちらも選ぶ以外に選択肢はない」
「……それが聞けて安心しました」
安堵した表情でナルハは頷いた。
「ナルハ、ありがとう。おかげで目が覚めた。私は少し浮かれていたようね。明日からは、いつものティルミ・リグルットに戻るわ」
「かしこまりました」
これでナルハの要件は終わった。
この調子なら、もう不安になることはないだろう。
「それで、お嬢様ぁ。最近、ご無沙汰だったので、わたくし溜まってますのー」
真面目な表情から、一瞬で弛緩した表情へと変わっていた。
「だから、今日はめいいっぱいわたくしのことを踏みつけてほしいのですのー」
確かに、ナルハの言うとおり、最近は構ってあげることができなかった。
「ナルハ、一つあなた伝えなくてはいけないことがあるわ」
「なんですのー?」
「私、好きな人のために清純でいようと思うの。だから、あなたとの不埒な関係はもう終わりね」
「――は?」
ナルハはそう言って固まっていた。
「えっと、お嬢様、ご、ご冗談ですよね……」
「本気よ」
「お、お嬢様ぁあああああ!! そんなぁああ! そんなぁあ、わたくしを見捨てないでくださいましぃいいい!!」
それから、ナルハの叫び声が部屋の中を木霊するのだった。
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