―25― かわいいかな?
屋敷から出て行こうと決意した僕は早速荷物をまとめることにした。
とはいえ、僕の所持品なんて数少ないので、もとめる荷物なんてたかが知れているのだが。
あとは、挨拶をすべきだよな。
流石に黙って屋敷を出て行くわけにはいかない。
なんてことを考えつつ、お嬢様の部屋に向かう。
お嬢様に嫌われているとはいえ、まず挨拶すべきなのはお嬢様だろう。
「おや、不埒者。どこへ行くんです?」
話しかけてきたのはナルハさんだった。
「えっと、ティルミお嬢様に挨拶に伺おうかと」
「挨拶といいますと?」
「流石に、黙って屋敷から出て行くわけにもいきませんから」
「あぁ、なるほど」
といってナルハさんは目を細める。
「それなら、私のほうから伝えておくので大丈夫ですよ」
「えっ、ですが……」
「お嬢様にお聞きしたところ、不埒者に顔を合わせるのも嫌なぐらい嫌いだとおっしゃっていましたので、挨拶をするのは得策ではないかと存じますわ」
「そ、そうなんですか……」
そこまでティルミお嬢様が僕のことを嫌っているとは。
流石に、ショックだ。
その先どうやって生きていこう、と考えて――
違和感を覚えた。
「おかしい……」
ティルミ・リグルットは奴隷である僕に手を差し伸べてくれるほどに、慈悲深く気高く高潔な人間だ。
そのティルミお嬢様が理由もなく僕を嫌うはずがない。
なにか誤解があるに違いない。
そう結論づけた僕はその場から走り去る。
「不埒者っ! どこへ行くのですか!?」
というナルハさんの声が聞こえたが、悪いけど無視させてもらう。
向かうのはティルミお嬢様の部屋だ。
◆
「お嬢様っ!!」
僕はティルミお嬢様の部屋を強引に開ける。
「な、なに!?」
お嬢様はよほど驚いたのか、ビクッと体を震わせていた。
「お嬢様、今から僕の質問に答えてください」
そう言いながら、お嬢様の元に駆け寄る。
「こ、来ないでッ!!」
だが、お嬢様のその言葉によって、僕の足はとまる。
そうか、これほどまでにお嬢様は僕のことを嫌いになってしまったらしい。
「お嬢様、今までお世話になりました。僕はこの屋敷から出て行きます」
僕はゆっくりとお辞儀をする。
そして、お嬢様に背を向けた。
ガシッ、と背中から捕まれる感触が伝わる。
「な、なんで……」
見ると、ティルミお嬢様が背中から抱きしめるようにして僕のことを掴んでいた。
「そんな意地悪を言うのー」
なぜか彼女は目を真っ赤にして泣いていた。
「え……えっと……?」
ティルミお嬢様がなにを考えているのか、僕にはさっぱりわからない。
◆
ひとまず彼女と話をする必要がありそうだと思った僕はベッドに腰をおろしたわけなのだが――。
「あの、お嬢様? これはどういう……?」
なぜかティルミお嬢様が僕の隣に密着するように座っては僕の腕にしがみつく。おかげで、お嬢様の胸が腕に当たっていた。むにっとした柔らかい感触を意識するたびに、僕の心臓がどうにかなりそうなんだが。
「だって、アメツが出て行くとか言うんだもん」
そう言って、彼女は口をとがらせる。
……かわいいな。
普段は見せることのないお嬢様の一面がそう思わせた。
「それは、お嬢様が僕のことを嫌っているから……」
「そんなことない!」
お嬢様がかぶせるようにそう主張する。
お嬢様が僕のことを嫌っていないことをひとまず聞けて安堵する。
「それじゃあ、なんで僕のことを無視するんですか?」
嫌っていいないなら、尚のこと無視される理由がわからない。
「そ、それは……そのう……」
お嬢様はそう言って、口をつぐむ。
「僕はお嬢様の魔術の教育係として、この屋敷に住まわせてもらっています。そうである以上、最低限授業を受けてもらいたいのですが」
授業を受けてもらわないと、僕がこの屋敷に住む大義がなくなってしまう。
「それは、わかっているけど……」
そう言いつつも、どこか煮え切らない表情をしていた。
らしくないな、と思う。
普段のお嬢様なら、自分の考えや思いを毅然とした態度で主張していた。なのに、ここ最近のお嬢様にはそういった様子が見られない。
「なにか悩み事ですか?」
悩み事があるなら、今のお嬢様の状態にも納得できる。
「そ、そうね。こんなの初めてだから、どうしていいのかわからないの……」
「その悩み事、よかったら聞かせてくれませんか? もしかしたら、僕でも協力できることあるかもしれませんし」
悩み事があるというなら、ぜひ解決したいという思いで、そう提案したのだが、
「無理、無理無理むりむり……ッ!! アメツに聞かせるわけにいかないわ!」
お嬢様が慌てた様子でそう主張する。
ちょっと傷つくな。お嬢様にあまり信頼されてないのかな、僕……。
「ひとまず、お嬢様が僕のことを嫌っていないと確認できたのはよかったです」
「わ、私がアメツのことを嫌いになるわけないじゃないの」
そう言うお嬢様はどことなく挙動不審だ。
嘘ついていることを必死に隠している子供のような表情のようにも感じる。
本当に、お嬢様は僕のことを嫌っていないと信じていいのだろうか。
「ねぇ、アメツ」
「なんですか、お嬢様?」
「屋敷から出て行かないよね?」
ティルミお嬢様は上目遣いでかつ懇願するような表情をしていた。
そんな表情をしたら、男なら誰でも堕ちてしまうんじゃないかってぐらい破壊力があった。
てか、こんなこと言うってことは、やっぱりお嬢様は僕のとこを嫌っていないってことでいいのかな。
「少なくとも、お嬢様に黙って出て行くようなことはしませんよ」
「それならよかったわ……」
お嬢様は安堵した表情をした。
「それじゃあ、僕はそろそろお
最低限聞きたかったことは聞けたわけだし、これ以上僕ができることはないだろうと判断して、そう主張する。
お嬢様も「うん」と頷いて、僕が部屋の外に出るまで着いてきてくれた。
「ねぇ、アメツ。一つだけ聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」
「ええ、もちろん。なんでも聞いてください」
わざわざもったいぶるようなことを聞いて、なんだろうとか思う。
「アメツから見て、私ってかわいいかな?」
「えっと……」
突然、なにを言い出すんだろうと思った。
だからって、答えないわけにもいかないしな。
自分を落ち着かせるため、「こほんっ」と咳払いをしてから、僕は口を開いた。
「ティルミお嬢様は、僕が今まで見てきた女性の中で、最もかわいくて美しい人ですよ。恐らく、これからも僕のその評価が変わることはないかと思います」
自分で言ったこととはいえ、けっこう恥ずかしいな。
とはいえ、本心であることには変わらない。
「ほ、本当に……?」
「僕が嘘をつく理由がどこにあるというんですか」
そう言うと、お嬢様は満足そう頷くと、
「アメツ、おやすみ!」
僕が「おやすみなさい」と返す前に、扉はバタンッ! と閉められてしまった。
やっぱりここ最近のお嬢様はどこか変だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます