第二章
―24― くっくっくっ
僕はティルミお嬢様の魔術の教育係として屋敷に住み込みで働いている。
だというのに――。
「あっ、お嬢様……」
「はぅっ」
ティルミお嬢様を見かけたので声をかけると、彼女は素っ頓狂な声をあげてはその場から立ち去っていった。
ここ一週間ほど、お嬢様と顔と合わせるたびに、毎回こうして逃げられる日々を送っている。
なにかしてしまったかな……。
知らないうちに嫌われるようなことをしたせいで、こうして避けられているんじゃないだろうか。
そう思うと、内心ショックで吐きそうになる。
特に心当たりはない。
いや、一つだけ、ないこともないか。
お嬢様の態度がおかしくなったのは、
だから、それがなにかしら関連してはいるんだろうけど。
「くっくっくっ、お嬢様に嫌われてしまったようですねっ!」
悪い笑みを浮かべながら、背後から忍び寄ってきたのはメイドのナルハさんだった。
わかってはいたけど、そう直接言われると心が折れそうになる。
「やっぱり、そう見えますよね……」
そう言った僕の声はどことなく落ち込んでいる。
お嬢様に嫌われたとなれば、今後どう生きていけばいいのか、見当もつかない。
「ええ、あなたが嫌われたのは一目瞭然。ここは大人しく屋敷から出て行くべきではありませんの?」
確かに、ナルハさんの言葉には説得力がある。
僕がこの屋敷にいられるのはお嬢様の尽力があったからだ。そのお嬢様に嫌われたとなれば、大人しく屋敷から出て行くべきなんだろう。
「……荷物整理してきます」
そう告げて、僕はトボトボと自室へと向かった。
今日のうちに、この屋敷から出て行こう。
◆
「それで、お嬢様。実際のところはどうなんですの?」
「な、なにが……っ?」
声をかけると、慌てた様子でティルミお嬢様は応える。
いつものお嬢様らしくないと、メイドのナルハは思った。
常に堂々していて、かつ計算高く振る舞う、それがティルミ・リグルットだったはず。
だというのに、今のティルミは挙動不審そのものだ。
アメツを見かけると顔を真っ赤にさせてはその場から逃げる姿は何度も目撃した。アメツが周りにいないときも、キョロキョロと周囲見回しながら歩いている。
「皆さん、噂していますよ。ここ最近のティルミ様はおかしい、と。旦那様も奥様も恐らくそう思っているに違いありませんわ」
「べ、別に、おかしくなんかないと思うけど……」
そう言ったお嬢様の額から汗がでていた。
嘘ついていることがバレバレだ。
いつものお嬢様なら、どんなときでも笑顔を崩さず、平気な顔をして嘘をつく。だというのに、この変化はどういうことだろうか? と、ナルハは考える。
とはいえ、原因なんてわかりきっているのだが。
どう考えても、この家に住み着く不埒者、アメツが原因に違いない。
「そういえば、不埒者が最近お嬢様が構ってくれない、と落ち込んでいましたよ」
「へ、へー、そうなんだ」
そう言ったティルミが平然とした態度を取り繕いつつも、その口元がニヤけていることをナルハは見逃さなかった。
ティルミが執拗に自分の髪を触っているのも、落ち着きがない証拠だ。
(これは、恋している人間の目ですわね……っ!)
そう結論づけた瞬間、ナルハは近くにあった壁をたたき壊したい衝動にかられる。
お嬢様は自分の物なのに、横からかっ攫われた気分だ。
(まぁ、いいですわ。不埒者は嫌われたと勘違いしている様子ですし、今日のうちに屋敷から出て行くように誘導したばかり)
このままアメツが屋敷から出て行ってしまえば、お嬢様は手中に収まったも同然。
ナルハは「くっくっくっ」とほくそ笑んだ。
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