―13― 次から気をつけよう

 魔術の天才。

 お嬢様は僕のことをそう紹介した。

 対して、暗殺者や奴隷といったマイナス要素は口にしなかった。一旦、そういったことは隠すつもりなんだろう。


「ふんっ、魔術の天才か。具体的になにができるというんだ?」


 ティルミお嬢様のお父さん、フアン様の口調はどこか刺々しい。


「わからないわ」

「わからないだと?」

「ええ、彼の魔術はすごすぎて、常人の私には理解するのも難しいの」

「ティルミは学校で最優秀の成績でしょ? そのティルミより、彼は魔術に長けているというの?」


 ティルミお嬢様のお母さん、アルムデナ様がそう質問をした。


「私なんて、彼に比べたら、たかが知れてるわ。いや、比べるのもおこがましいとさえ思う。そもそも、彼は既存の魔術師の延長線上に存在しない。文字通り彼の魔術は次元を超えているから」


 流石に、僕のことを持ち上げすぎだ。

 そんな持ち上げてしまうと、後でがっかりされるんじゃないかと不安に思う。

 だから、ティルミお嬢様のほうを見た。

 目が合うと、彼女は微笑む。安心してくれ、ってことなんだろうか。


「ティルミがそこまで言うんだ。彼の魔術は優れているんだろう。具体的になにができるんだ。第十位階の魔術でも使えるのか?」

「そういう次元でない。彼はオリジナル魔術が使えるの」

「オリジナル魔術なんてすごいじゃないのー」


 アルムデナ様が感嘆の声をあげる。

 オリジナル魔術というか、僕の魔術は既存の魔術を細かく分解しただけなんだが。

 まぁ、オリジナル魔術と呼んだほうが聞こえはいいのは確かだ。


「アメツ、〈光ノ刃〉を彼らに見せてあげて」


 ティルミお嬢様が僕にそう言うので、言うとおり〈光ノ刃〉を展開する。


「見てわかる通り、こんな魔術、誰にだって不可能よ」

「確かに、こんな魔術見たことがないな……」

「もちろん、この魔術は彼の魔術の一端に過ぎないわ。アメツは、もっとすごい魔術が使える。だから、彼を私の魔術の教育係として、この屋敷に住み込みで働かせて欲しい。これが、私の要求よ」


 魔術の教育係。そんな話、初めて聞いたが、ティルミお嬢様に魔術を教えるつもりではあったから、そう考えると、僕の役職は教育係ってことになるのか。


「なるほど。彼が魔術に明るいことはわかった。だから、ティルミが教育係としてこの家に住まわせたいことも理解した。だが、それならそうと、素直に言えばよかったもののを、なぜ、最初にもったいぶるような言い方をしたのだ?」

「それは、彼の出自に問題があるからよ」


 ティルミお嬢様は一転してトーンを落として、そう口にした。


「彼は、クラビル伯爵の奴隷であり、クラビル伯爵の令によって、この屋敷に私を殺しにやってきた暗殺者だからよ」


 ティルミお嬢様が僕の問題点を一息で説明した。

 さぁ、ここからが本題だ。





「クラビル伯爵の奴隷で、暗殺者だと……!?」


 フアン様はあっけに取られていた。

 アルムデナ様も絶句しているご様子。


 それからティルミお嬢様は、僕とどのようにして出会い、僕の契約魔術を解除し、そして、僕をこの家に客人として迎えた経緯を詳細に話した。

 フアン様は途中、何度も口を挟みそうになっていたが、『最後まで話を聞くこと』という約束を思い出してか、ぐっと堪えていた。


「と、まぁ、説明に関しては以上かしら」


 話を締めくくるようにティルミお嬢様はそう言った。


「色々と言いたいことがあるが……まず、そんなの認められるわけがないだろ!」


 フアン様が眉間にしわを寄せながらそう言った。


「えぇ、簡単にはいかないことは承知しているわ」


 ティルミお嬢様も負けじとそう言う。


「まず、一番の問題点が、彼はクラビル伯爵の奴隷ってことだ。奴隷ってのは、その人の立派な所有物。だというのに、勝手に契約魔術を解除して、この屋敷に住まわせるということは、やっていることは泥棒となに一つ変わらない。ただでさえ、クラビル伯爵とは緊張関係にあるんだ。だというのに、このことが発覚してみろ。最悪、戦争だぞ」


 戦争。

 そんな単語が出てきて背筋が凍る。

 そして、僕をこの家に住まわすだけで、そこまで話が飛躍することに驚く。

 僕がこの家に住むことで、戦争なんて起きてしまったら、流石に背負いきれない。


「そんなことわかっているわ! けどっ、彼が契約魔術による虐待を受けていた! だというのに、彼をクラビル伯爵家に返すなんて、私……我慢できないわっ! お父様は彼がひどい目にあっても平気だっておっしゃるの!」


 ティルミお嬢様による涙ながらの訴えだった。


「さ、流石にそんなことはないが……」


 同情を誘う言い方に、フアン様がすっかり萎縮していた。


「それに、クラビル伯爵が私を暗殺しようとした事実は変わらないわ。仮に、このままアメツをクラビル伯爵の元に返したからといって、穏便に済むとは思えない。すでに、喧嘩は売られたのよ」

「……確かに、そうだな。クラビル伯爵との関係の修復はもう不可能か。娘を暗殺しようとした手前、簡単に許すわけにいかない。……わかった、彼をこの家に住まわせることを認めよう」


 やった、と心の中で叫ぶ。

 フアン様が僕のことを認めてくれたことが嬉しい。


「だが、一つだけこっちからも条件がある」


 フアン様がそう前置きをした。


「ティルミ、彼と契約魔術を結べ。彼が心の底ではクラビル伯爵に忠誠を誓っており、隙を見つけてはティルミの暗殺を企もうとしている不安はどうしても拭えない」


 確かに、フアン様の言い分は正しい。

 僕が暗殺者としてこの屋敷に侵入した以上、僕の信用は皆無に等しい。契約魔術を結ばせようとするのは、当たり前の反応に思えた。


「僕は、ティルミお嬢様となら、喜んで契約魔術を結びます」


 今まで発言しないように気をつけていたが、あえてここは発言すべきだと感じた。

 心の底から、ティルミお嬢様となら契約魔術を結んでも構わないと思っている。むしろ、契約魔術を結びたいとさえ思っていた。

 もちろん、契約魔術を結ぶってことは、僕がティルミお嬢様の奴隷になるということだが、なんら問題がない。


「あぁ、彼もそう言っているんだ。契約魔術を結びたまえ」


 そう、フアン様が促す。

 アルムデナ様も「私もそのほうがいいと思うわ」と同意する。

 ここにいる四人のうち三人が同意した以上、ティルミお嬢様も同意するに違いない。


「――いやだ」


 端的にかつはっきりと彼女は拒絶した。


「アメツを奴隷扱いするのは私が許さない」


 そして、鬼気迫る表情で彼女はそう言った。

 その気迫に誰もが気圧された。


「お父様、次同じこと言ったら、絶縁するから。わかった――?」

「あ、あぁ、わかったよ。……次からは気をつけよう」


 頷いたというよりは頷かされていた。

 結局、ティルミお嬢様の要求は全て通ったのだった。


 僕は今日から、お嬢様の魔術の教育係として、住み込みで暮らすことになった。


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