―14― ありえないわ

 ティルミ・リグルットは今日の出来事に満足していた。

 あの後、アメツは正式に教育係として採用され、余っている部屋の一つに住むことになった。

 使用人たちにはアメツを客人として扱うように指示を出し、食卓もティルミたちと同席するようにした。

 アメツは最初こそ遠慮していたが、そこはティルミが強引に押し通した。

 あとは、暗殺者が送られたということで、監視体制を今まで以上に厳重にするようお父様が指示を出した。


 今日の成果に不満は一切ない。

 だから、ティルミは満足そうな表情で髪をブラシでとかしていた。


 トントン、と扉からノック音が聞こえる。


「入っていいわよ」


 この時間に自室に入ってくるのは決まって一人だけ。だから、確認もせずに許可をだす。


「ティルミお嬢様、今日のご報告に参りました」


 そう言って、入ってきたのはティルミの専属メイドであるナルハだった。


「それで、どうだった?」

「はい、今日もティルミお嬢様はお美しいです」


 ニヤけた表情でナルハがそう言う。


「あなたの感想は聞いていないわ」


 ナルハはどうにもそっちの気がある。事あるごとに自分のことを「かわいい」やら「美しい」やら褒めてくるのだ。

 とはいえ、悪い気はしないのだが。


「お嬢様がお美しいのは客観的事実ですので、私一人の感想とはならないかと」

「私がかわいいのは、自分でも承知しているわ。そんな当たり前のこと、今更言わないの」

「くっ、自分で自分でのことをかわいいと遠慮せずに言えるお嬢様、そこもまたお美しい!」


 ナルハがそう言って、頬を赤らめる。

「ナルハのこういうところが嫌いなんだよなー」とティルミは内心思ったが、表情には出さなかった。


「それではご報告です。奴隷であるアメツをお救いになったということで、ティルミお嬢様の評判はうなぎ登りです。今では、屋敷中の人々がティルミお嬢様のことを天使のように優しいお方だと噂されています。明日には、村の方にもティルミお嬢様の評判が伝わるかと」

「そう。なら、よかったわ」


 ナルハの報告にティルミは満足した。


「ですが、もう一つよろしくない噂が流れています」

「ん? 一体、なにかしら?」


 よろしくない噂という前置きに、ティルミの表情は硬くなる。一体、どんな噂だろうか?


「あの憎き不埒者とティルミお嬢様が、実は恋仲なんじゃないかという噂です。ティルミお嬢様があそこまで不埒者の肩を持つのには、そういった理由があるからではないかという……」

「不埒者ってアメツのこと?」

「もちろん、そうであります……っ」


 ナルハが拳を振るわせながらそう肯定する。

 ティルミは思った。

 それのどこがよくない噂なんだと。


「別にいいじゃない。そういう噂は好きに流しておけば。貴族と奴隷の恋愛なんて、誰だって心引かれるでしょう」

「だって……っ、お嬢様は私の物なのに、突然現れた不埒者に奪われるなんて、わたくし我慢ならないですわぁあああああ!!」


 とか言いながら、ナルハは地団太を踏む。

「別にナルハの物でもないわよ」と小声で言ったが、ナルハのうめき声にかき消された。


「安心しなさい、ナルハ。私が誰かの物になるなんてあり得ないわ」

「そうなんですか?」

「そうよ。私が惚れたのはアメツでなくて、アメツの魔術だから」

「でも、お嬢様は随分と不埒者にご執心じゃないですか……」

「彼は奴隷でしかも虐待されていたのよ。だからこそ、彼に優しくすればするほど、彼は私に忠義を感じるようになる。そして、奴隷にも分け隔て無く手を差し伸べる私。あぁ、なんて、私は気高く美しいんだろう」


 鏡に映っている自分自身の姿を見て、ティルミはうっとりとした表情を浮かべていた。

 鏡は美しい自分が映っている。


「では、ティルミお嬢様は不埒者のことを好きになることはありえないということでよろしいのでしょうか?」

「えぇ、万に一つもありえないわ」


 彼女はそう断言した。


「だって、私が好きなのは私自身だもの」

「お嬢様ぁあああ!! そういうお嬢様がわたくし大好きですぅううう!!」


 とか言いながら、ナルハが抱きついてくる。

 そんなナルハに対し、「うわっ」と軽くドン引きした。





「あ、あのお嬢様、いつものやつをお願いしてもよろしいですか?」


 一通り報告が終わると、ナルハがそう言っておねだりをしてきた。

「あぁ、いつものやつね」と内心辟易しながら、ティルミは頷く。


「わかったわ」

「ありがとうございます、お嬢様!!」


 喜んだナルハはその場で寝転がる。


「それじゃあ、お嬢様! ぜひ、わたくしのことを足で踏みつけてください!!」


 ナルハには変わった性癖がある。

 なぜか、好きな人に足で踏まれることに快感を覚えるらしい。

 なので、毎夜毎夜こうしてティルミに踏まれに部屋にやってくるのだ。


(ホント、きもいなぁ)


 決して、口には出さないもののティルミはそう思っていた。

 そうは思いつつもティルミはその願いに応えるべく、靴下を脱ぐ。

 そして、ナルハの顔の上に足を置いた。

 途端、ナルハの恍惚の表情を浮かべて「はぁ、はぁ」と吐息を漏らす。

 しかも、舌で足を舐められた。

 瞬間、ぞわっと全身に鳥肌が立つ。


「あのっ、お嬢様! 一つお願いがあります!」

「なに?」

「わたくしのことを変態と罵ってくれませんか?」

「……」


 一瞬、思考がとまった。

 ナルハがなにを言ったのか飲み込めないでいた。

 どうやら、うちのメイドは変態と罵られたいらしい。全く理解ができない。

 とはいえ、ティルミには断るって選択はなかった。

 ティルミは誰からも好かれたいし、好かれている自分が大好きだ。

 そのためには、あらゆる努力も計算も怠らない。

 だから、メイドの要望はできる限り叶えてあげる。例え、それがどんなに気持ち悪いお願いだとしても。

「あぁ、こんなお願いも聞いてあげる私ってなんて心優しいんだろう」ってのが、ティルミの心の声だ。

 ティルミは心を切り替えるべく「すぅ」と息を吸った。


「自分のご主人に踏まれたいとか、ナルハはとんでもない変態ね!」

「はい、わたくしは変態であります!」

「そういって喜ぶとこが変態なのよ!」

「はい、変態です!」

「変態! 変態! 変態! 変態! 変態! 変態! 変態! へんたぁあああああい!!」

「は、はいぃ……っ!!」


 それからも、ティルミの部屋からは「変態」という罵りが幾度もなく木霊した。


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