―12― 魔術の天才よ

 一通り説明をした僕はティルミお嬢様に対し、質問がないか尋ねることにした。

 すると、彼女は手をあげる。

 どうやら僕に発言の許可をもとめているらしい。

 別に僕の許可なんて気にせず質問すればいいのに。

 とはいえ、向こうがそういう意図なら、のってあげるべきか。


「ティルミお嬢様、質問をどうぞ」

「私でも特訓すれば、本当に同じ魔術を使えるようになるのかしら?」

「ええ、理論上は僕の言うとおりにすれば、誰でもできるはずです」

「信じるわ」

「他に質問はありますか?」

「ひとまずはいいわ」


 さて、そういうことなら、説明の続きをしないとな。

 えっと、どこまで説明したんだっけ? 

 と、そのときだった。

 トントンというノック音と共に、部屋の扉が開く。


「あのう、お昼ご飯の準備できているんですが……」 


 そういえば、もうそんな時間か。

 てか、微妙にお昼の時間を過ぎているな。


「せっかくいいところだったけど、食べないわけにもいかないし。仕方がないわね」


 というわけで、ティルミお嬢様と共にお昼ご飯を食べることになった。

 朝食と同じく、ティルミお嬢様と同じ食卓に並んで食べた。

 昼食も涙がでるほどおいしかった。

 決して比喩表現なんかではなく、本当に涙を流した。


 そして、昼食が終わり、再び魔術の講習に戻ろうかとティルミお嬢様とお話をしていた折、一つの事件が起きた。

 ティルミお嬢様の両親が帰ってきたのだ。





「お父様とお母様がお帰りです!」


 メイドの一人が慌てた様子で、ティルミお嬢様に伝える。

 ティルミお嬢様の両親と四歳の弟、ダニオールの三人は昨日から一泊のお出かけをしていた。

 聞いたところによると、領地に視察をしていたらしい。


「ナルハ」

「はっ、お嬢様」


 見ると、ティルミお嬢様の近くにメイドのナルハさんが立っていた。

 いつからそこにいたんだろう、とか思わないこともない。


「両親に、私のほうからとても大事な話があると伝えておいて」

「かしこまりした」


 そう返事をしたナルハさんは消えるようにどこかへ行ってしまった。

 両親が帰ってくるのは、この屋敷にとってなんの変哲もない日常だ。だが、今、この屋敷には僕という異物がいる。


「アメツ、安心していいわよ。全部、私に任せれば、万事がうまくいくわ」


 僕を安心させるようにティルミお嬢様がそう言ってくれる。

 だけど、不安はどうしても拭えない。

 両親が普通の感性をしていれば、この屋敷に暗殺者として押し入った僕のことを拒むのが当然のように思えたからだ。

 僕を受け入れてくれたお嬢様が特別なのだ。


「アメツ、いきなりあなたが現れると両親がびっくりすると思うから隠れていて。私が合図をしたら、でてきていいから」

「かしこまりました」


 僕は頷く。


「うん、いい子よ」


 そう言って、彼女は扉を閉めて僕を廊下に残した。

 恐らく、僕ができることは少ない。

 だから、お嬢様に全部任せるべきなんだろう。


「ただいま、ティルミ」

「お帰りなさいませ、お父様、お母様。それにダニオール、いい子にしてた?」


 両親とティルミの会話が聞こえてくる。

 両親か、僕は無くしてしまったものだ。


「それで、ティルミ。大事な話とは一体なんだ?」

「そうね、私も気になるわ。ティルミがもったいぶるなんて、よほど大事な話なんでしょうね」


 早速、本題に入るようだ。


「帰宅して早々で悪いけど、実は、二人に紹介したい人がいるの」

「紹介したい人だと? まさか彼氏を連れてきたんじゃないだろうな。彼氏なんて、父さんは認めないぞ」

「あらあら、もし本当に彼氏なら、今夜はお祝いしないとね」

「……そうね、彼氏みたいな人かも」

「おい、本当に、彼氏なのか!?」

「ふふっ、それは紹介してからのお楽しみってことで」


 そう言って、ティルミお嬢様が僕のいる扉のほうへ歩いてくるのが、足音でわかる。

 緊張するな。

 正直、どう思われるか想像すると、怖い。


「ほら、アメツ、入ってきて」


 そう言って、扉を開けるティルミお嬢様の姿が目に入った。

 彼女と視線が交差する。

 すると、彼女はニコッと微笑んでくれた。

 それだけで、僕の心は幾分か救われるような気がした。


 そして、彼女は僕の手を引いて両親の前へとゆっくり連れて行こうとする。

 今、両親の目には僕はどう映っているんだろうか。

 最低限、身なりはきちんとしないとということで、服装は奴隷のとき着ていた貧相なものではなく、わざわざ僕のために用意してくれた庶民だと決して手に入らないような立派な服を身につけている。

 そうして、お嬢様は僕を椅子に座らせる。


「紹介するよね。彼は、私の大事な人よ」

「大事な人ってのは、一体なんだ?」


 ティルミお嬢様のお父さんがそう尋ねた。

 確か、お父さんの名前はフアン・リグルット様だったはず。


「大事な人ってのは、そのままの意味よ。私の要求は一つ、彼をこの屋敷に客人として住まわせてほしいの」

「客人としてだと?」

「ええ、そうよ」

「ティルミ、お前が利口であるということはよく知っている。だから、なにか考えがあって、そう発言しているのは理解している。だから、いきなり見ず知らずの男を連れてきて、客人として住まわせてほしい、と言われても、我々が納得しないのも理解できるはずだ」

「そうね。ティルミ、お父さんの言うとおりだわ。なにか、訳があるのは想像できるんだけど……」


 両親の主張はもっともだ。

 見ず知らずの男を家に泊めてくれ、と言われて了承する両親なんてどこにもいないだろう。

 しかも、僕の出自は奴隷で暗殺者という最悪なものだ。素直にいってしまえば、拒絶させる未来は見えている。

 ティルミお嬢様もそのことはわかっているはずだ。

 だから、彼女がどうやってこの状況を打破するのか、僕には想像がつかない。


「もちろん、お父様とお母様が言っていることは全部理解しているつもり。もちろん、彼について説明を果たすつもりだわ。けど、その前に約束をしてほしいの」

「約束ってのはなんだ?」

「まず、このお願いはティルミ・リグルットにとって、一世一代のお願いだということを認識してほしいの」

「一世一代だと……」


 主人のフアン様がそう言って息を飲んだ。

 一世一代のお願いなんて、そう簡単にいっていい言葉ではない。

 同時に、ティルミお嬢様が僕のことをそこまで思っていることに目頭が熱くなる。


「さらには、私は今から説明するけど、最後まで話を聞くことを約束してほしいの。そして、私の言葉を全て聞いたら、彼を客人として迎えることに二人が納得してくれると確信しているわ」

「……わかった、約束しよう」


 そう言いつつも、フアン様は険しい表情をしていた。

 確かに、こんな言い方をされたら、誰だって警戒する。


「それと、もう一つ前置きをするわ。もし、彼を客人として認めないと二人が言うならば、私は彼と一緒にこの屋敷を出て行くわ」

「おい、そんなこと許されるはずがないだろ!」


 反射的にフアン様が立ち上がって怒鳴っていた。


「私はそれだけ本気ってことよ」


 けれど、ティルミお嬢様も負けじとにらみ返していた。


「お父さん、一旦、落ち着きましょう。まず、ティルミの話を全て聞いてから私たちは判断いたしましょう」


 お母さんのアルムデナ様がなだめる。

「それもそうだな」と、フアン様も一旦落ち着いたようで、席に座り直していた。


「それじゃあ、前置きも長くなったことだし、彼について説明するわね。彼の名前は、アメツ。そして、魔術の天才よ」


 そう言って、お嬢様による僕の紹介が始まった。


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