―07― 居心地

「それで、まだあなたの名前を聞いていなかったと思うんだけど」


 彼女はベッドに座り、僕をその横に座らせるとそう話しかけてきた。

 そういえば、まだ言っていなかったな。


「アメツって言います」

「アメツね。いい名前ね。私の名前は――」

「ティルミ・リグルット様ですよね」


 先回りして彼女の名前を呼んだ。


「そっか、私のことは知っていて当然か」


 と、彼女は口にした。


「アメツの知っての通り、私はリグルット家の長女、ティルミ・リグルット。お父様の名前はフアン・リグルット、お母様の名前はアルムデナ・リグルット。それに年の離れた弟がいるわ。名前はダニオール・リグルット。まだ四歳でね、とてもかわいいの。お父様とお母様とダニオールの三人は今用事で出掛けているわ。昼過ぎには帰ってくるはずだから、そのときアメツにも紹介するわね。と、そうだ、あなた、歳はいくつなの?」

「12です」

「あっ、じゃあ私と同い年ね」


 ティルミお嬢様と同い年ってことに驚く。てっきり、僕より年上だと思っていた。それだけ彼女が大人びて見えた。

 それから、ティルミお嬢様は自分のことを話した。

 幼少期の頃。

 魔術学校に通っていること。

 その学校で苦労していることなど、とりとめもなく話していた。

 なんで、こんなにも自分のことを語るんだろうと疑問に思うほどだ。

 けれど、彼女の話を聞くのは純粋に楽しかった。


「私は自分のことを十分話したわ。それで、次はアメツのことを教えて欲しいわ」

「えっと……」

「もちろん、言いたくなければ無理に話さなくてもいいのだけど」

「いえ、話します」


 彼女が散々自分のことを話したというのに、僕が話さないのは礼儀を欠くに違いない。


「ただ、僕の話は少し暗いと思うので……」


 そう、前置きしてから僕は自分の境遇を話すことにした。

 六歳のとき、両親が戦争で死んだこと。

 戦争孤児となった僕は奴隷としてクラビル伯爵に買われたこと。

 そして、契約魔術による激痛に耐えながら、命令を実行するために魔術の特訓をずっと続けていたこと。


「と、まぁ、こんなところです」


 一通り話し終えた僕はそう言って、話を締めた。

 自分の過去とはいえ、随分と重たい話になってしまったな。そのことに反省しながら、ティルミお嬢様の表情を見た。


「ふぐぅっ」


 なぜか、彼女は目を潤ませていた。


「えっと……」


 確かに重い話ではあったが、流石に泣くほどではないだろうと思っていたので、困惑してしまう。

 どうしたらいいんだろうか? と僕は慌てる。


「アメツっ」


 どさっ、とティルミお嬢様が僕のことを優しく抱擁していた。


「今まで、あなたのことを救えなくてごめんなさいっ」


 涙声で彼女はそう口にする。

 本当に彼女は優しすぎる。僕みたいな汚れた人が近くにいていいんだろうか、と思ってしまうほどには。


「謝らないでください。ティルミお嬢様の涙は僕にはもったいなさ過ぎる」

「そんなことはないわ」

「でも、あなたはなにも悪くない。だから、僕なんかのために謝らないでください」


 彼女が謝るたびに、僕のほうが申し訳なくなってしまいそうだ。


「そう。じゃあ、私はこう言うべきなのかしら」


 どうやら彼女は納得してくれたようだ。そして、謝る代わりにこう告げた。


「アメツ、よく今までずっとがんばったわね」

「はい……」


 無意識のうちに僕はそう返事をしていた。

 一瞬、母親のことを思い出してしまった。僕に母親の記憶はほとんどない。

 けれど、母親がいたらこんな感じだったんじゃないだろうか。


 このままだと自分が駄目になってしまうようなそんな危機感を覚えた。

 それだけ彼女の側は居心地が良すぎる。


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