―08― 食事

「それじゃあ、お腹も空いたし朝ご飯でも食べましょうか」


 ふと、ティルミお嬢様がそう口にした。


「はい……」


 僕も戸惑いながらも返事をする。

 すると、彼女は立ち上がり、さっきかけた鍵を解錠して部屋の扉を開ける。


「お嬢様ぁああ……っ」


 扉を開けるとそこには泣きながら呆然としているメイドがいた。さっき部屋に入ってきては、僕をこの家から追い出そうとしたメイドだ。

 名前は確か、ナルハさんだったかな。


「お嬢様、その不埒者と部屋で一体なにをなさっていたんですか?」

「お話ししていただけよ」

「信じられません。その方は暗殺者なのでしょう。それでしたら、いつ襲いかかってきてもおかしくありませんのに。だというなのに、お嬢様はその不埒者と一緒に部屋にこもるんですから、わたくしは不安で不安で」

「アメツのことを不埒者と呼ばないの。それと、朝ご飯の準備はできているんだよね?」

「それはいつも通りできていますが……」

「それじゃあ、アメツの分も用意するのよ」

「えっと、お嬢様今なんとおしゃいましたか?」

「アメツの分も用意するのよ」

「それはお嬢様と同じ食卓に?」

「当然でしょ」

「お、お嬢様! この不埒者と同じ食卓を囲うなんて、そんなこと許されるはずがありません!」


 黙って会話を聞いていたが、メイドの叫びはもっともだ。 

 僕は暗殺者で奴隷だ。そんな僕がお嬢様と同じ食卓でご飯を食べるなんて許されるはずがない。


「ティルミお嬢様、僕は朝食を遠慮しておきます」


 こう主張したほうが丸く収まるだろう。


「もう、アメツも遠慮しないの。それと、さっきから気になっていたけど、その『ティルミお嬢様』っていうのやめてほしいな」

「それじゃあ、なんてお呼びすれば?」

「ティルミって呼んでほしいな」

「流石に、それは恐れ多いと言いますか」

「あと、私に対して敬語を使うのも禁止ね。私たち同い年なんだから、もっとフレンドリーな会話をすべきだと思うの」

「い、いえ……僕のような身分がお嬢様のような高貴なお方にため口で話すのは、流石に失礼かと思うんですが……」

「この男の言うとおりですよ! お嬢様にため口で話すなんて、なんと不敬なことでしょう!」


 なんとも奇妙なことに僕とメイドの意見が一致した。


「ありゃ、私が劣勢か。ねー、アメツ、お願いだから、私のこと呼び捨てで呼んでほしいなぁ」


 ティルミお嬢様が僕の手を取ると、上目遣いでおねだりしてきた。

 その表情が、かわいいかった。

 かわいすぎて、有無を言わさず肯定させる力があった。

 だけど、流石に僕がお嬢様に呼び捨てなんておこがましいにもほどがある。


「いくらお嬢様の頼みとはいえ、流石に聞けません……っ」


 だから、僕は誘惑を振り払うようにそう主張した。


「ほっ、この男も最低限の礼儀は弁えているようですね」


 と、メイドは安堵していた。


「むー」


 対して、ティルミお嬢様は不服そうに頬を膨らませていた。


「まぁ、いいわ。ナルハ、アメツのことは客人として扱うこと。そのことを他の使用人にも厳重に伝えるように」

「か、かしこまりました……」


 メイドが面白くなさそうな表情をしつつも、了承する。

 まさか、僕が客人として扱われるとは。

 それもどうかと思ったが、さっきため口で話すことを拒否した手前、言い出しづらかった。





 結局、ティルミお嬢様の言われるがままに僕は彼女と同じテーブルに座ることになった。

 さっきから視線が気になる……。

 左右見回すと、使用人たちが僕のことを見ながらヒソヒソとうわさ話をしているのが丸わかりだ。

 まぁ、いきなり名も知れぬ男が食卓に座っていたら不気味に違いない。


「なにか気になることでもあった?」

「いえ、なんでもないです」

「そう。なら、いいんだけど」


 挙動不審なのが、ティルミお嬢様に伝わってしまったようだ。

 気をつけないとな。


「それでは、朝食はこちらになります」


 ふと、使用人がそう言いながら、食事をテーブルに並べていく。

 本当に客人として扱われているようで、僕の手前にもティルミお嬢様と同じメニューの食事が並んだ。


「それじゃあ、いたたぎましょう」


 ティルミお嬢様の号令を合図に食事を始める。

 あっ、こんなにおいしい食事を食べたのは何年ぶりだろうか。

 クラビル家の奴隷として過ごしていたときは食事なんてパンと水だけで、そのパンもカビているのが当たり前だった。

 だから、まともな食事というものをここ数年食べる機会がなかった。

 そのせいか、今食べている食事がとてもおいしく感じる。


「う、うぐ……っ」


 自分でも無意識のうちに、涙が目から零れてきた。


「どうしたの? 口にあわなかった?」


 不安そうな様子でティルミお嬢様が言う。


「いえ、その逆です。こんなにおいしい食事、初めて食べたので、思わず、感動で涙が……っ」

「あぅ」


 なぜか、ティルミお嬢様が憐憫なまなざしで僕のことを見つめていた。

 他の使用人たちも似たようなまなざしを僕に送ってきた。

 その証拠に、「かわいそう」だとか「今まで辛い生活送ってきたんだわ」という声が聞こえてくる。


「なんて健気なのかしら。すごく守ってあげたい」


 ティルミお嬢様はなにやら呟いていたが、小声だったので聞き取れない。


「アメツ、これからはおいしい食事をたくさん一緒に食べましょうね」


 そう言って、彼女は微笑んだ。


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