―130― 正体

「なぁ、せっかくだし貴様がその、つけてくれないか?」


 黒アゲハがリボンを手に口ごもりながらそう口にする。


「リボンの付け方なんて、俺わからないぞ」

「それを言うなら、我だって付けたことがないからな。我一人ではリボンをつけられそうにない」

「そうか。じゃあ、手伝うよ」


 それから黒アゲハと二人で四苦八苦しながら、リボンで髪を結ぶ。


「どうだ?」


 黒アゲハは髪を両側に二つ結んでいた。


「かわいいよ」

「そ、そうか……」


 黒アゲハは頷きながら照れくさそうに俯く。

 どうやら思っていたよりも喜んでもらえたようで、これなら渡した甲斐があったというもんだ。





 魔王を撃破してから9日目。

 王都からひたすら離れるように移動した俺たちはリッツ賢皇国の隣国に位置するリンド公国へと向かっていた。

 リンド公国は何十年後にいくつかの国と統一してナガラ連邦という名称へと変わる。

 俺たちが着いた町はそんなリンド公国の首都、グランリンドという町だった。


「やっと着いたな」


 前に乗馬している黒アゲハがため息をつきながらそう口にする。


「随分、長いこと移動していたからな」

「今日はもう遅いから、後は食べて寝るだけか」

「俺はそのつもりだったけど」

「そうか」


 それから俺たちは関門を抜けては見つけた食堂で夕飯を食べてから宿を探す。


「今日で9日目か」


 ベッドに入りながらそんなことを呟く。

 王都で過ごしていたときは魔王を撃破してから9日目に誰かの手で殺された。

 王都から遠く離れたリンド公国までやってきてんだから今日殺されることはないとわかっているが、それでも緊張するな。


「なぁ」


 ふと、隣で寝ていた黒アゲハが話しかけてくる。


「貴様は、あいつと体の関係を持っていたんだよな」


 あいつというのが、目の前の黒アゲハとは別の人格のアゲハだってことは、すぐにピンときた。

 突然なにを聞き出すんだ。


「そうだけど」


 隠したって仕方がないと思い、肯定する。

 アゲハも黒アゲハも人格が違うだけで同一人物なわけだし。


「その……貴様は、我ともやはりそういうことをしたいのか?」


 黒アゲハは自分で聞いておいて恥ずかしいのか、モジモジしていた。

 えっと、なんて答えたらいいんだろう。

 黒アゲハのことはもちろん好きだから、したくないと言えば嘘になる。とはいえ、正直に伝えていいのだろうか。


「そりゃ、お前のことが好きだから、まぁ、したいけどさ」


 迷ったあげく正直に言うことにした。


「そうか。我のことが好きなのか。だったら、仕方がないな。ほら――」


 そう言って、黒アゲハはベッドの上で両手を広げる。


「えっと……」


 意味がわからず俺は首を傾げた。


「さ、察しが悪いやつだな! その、我のことを好きにしていいぞ。って、我にこんな恥ずかしいことを言わせるな!」


 あぁ、そういうことか。

 まさか黒アゲハがそういうことをしてくれると思わなかったせいで、すぐわからなかった。


「別に無理しなくていいんだぞ」

「無理なんかしてないぞ。ただ、あいつがしていて我がしていないのはその、ズルいと思っただけだ。それとも、キスカは我とするのは嫌か?」


 なんというか、すごくかわいいな。

 黒アゲハの健気な好意を向けられて、なんとも思わないわけがなかった。


「アゲハ、好きだ」


 気がつけば、俺は彼女のことを押し倒していた。





 終わった後は決まって冷静になる。

 アゲハにも黒アゲハにも手を出してしまった。一瞬、大丈夫だろうか、という考えが頭を過ぎる。

 まぁ、二人とも同一人物で一心同体だしな。どっちに手を出しても大して変わらないよな。

 だから、アゲハも許してくれるはずだ。

 ……本当に大丈夫だよな。


「おい、どっか行くのか?」


 ふと、黒アゲハがベッドから立ち上がっては着替えていた。


「少し、夜風に当たりたい気分だからな」


 いや、こんな夜中に女の子が外を出たらダメだろ、とか思うが、窓を見たら、今まさに太陽が昇ろうとしていた。

 いつの間にか朝になっていたらしい。


「すぐ戻ってくるんだぞ」


 と、言いつつアゲハが部屋を出て行くのを見届けた。





 宿を出た黒アゲハは裏道を通って、いかにも閑散としていて昼間でも人通りがないであろう場所を歩いていた。


「悪いな。待たせてしまったみたいだ」


 立ち止まった黒アゲハは通りの向こう側に立っていた人影に対して、そう口にする。


「別に。気にしていない」


 そう言いつつも、その声色は明らかに不機嫌そのものだった。


「そうか」

「ねぇ、それなに?」


 指を指される。

 あぁ、髪に縛ってあるリボンのことを言っているんだってことがわかる。


「あいつにプレゼントしてもらったんだよ」

「そうなんだ」


 ギリッ、と歯ぎしりが聞こえる。


「うらやましいか?」


 まさに挑発するような口調だった。


「うん、すごくうらやましい」

「だが、やらぬぞ。これはあいつから、我にプレゼントされたものだからな」

「あっそ」


 人影は言葉を吐き捨てる。


「ねぇ、いい加減始めない?」

「そうだな。いつまでも駄弁っていても仕方がないしな」


 喋りながら黒アゲハは〈アイテムボックス〉を開き、虚空から剣を取り出す。

 人影も同様に剣を手にしていた。


「それじゃあ、始めようか」

「我と貴様の殺し合いを」


 瞬間、爆ぜる音が鳴り響いた。





「遅いな」


 部屋で黒アゲハのことを待っていたが、中々戻ってこなかった。

 心配だ。

 まぁ、黒アゲハなら暴漢に襲われても容易く撃退することができると思うが、前回の時間軸でアゲハを殺した謎の犯人が脳裏に過ぎってしまう。

 そういえば、魔王撃退から今日で九日目だ。

 王都にいたときは九日目に俺は殺されてしまった。

 ここは王都から遠く離れた町だから安心しきっていたが、今になって急に不安を覚えてしまう。


「少し外の様子を見てくるか」


 そう言って、部屋の扉を開ける。

 それからしばらく宿の周辺を探索した。


 グサリ、と肉を断ち切る音が聞こえた。

 音のほうを見ると、そこには剣を手にした少女が立っていた。

 後ろ姿でもわかる。

 そこにいるのはアゲハだ。


「おい、アゲハ。なにをしているんだ?」


 そう言いながら、近づく。

 すでに、戦いは終わった後のようで、立っているアゲハとは対照的に、もう一人は血を流しながら倒れてはピクリとも動く気配はない。

 もしかしたら、アゲハが俺たちを殺そうとしている犯人を成敗してくれたんじゃないだろうか。そんな考えが浮かぶ。


「キスカ――」


 俺の名を呼びながら彼女は振り向く。

 あれ? と、違和感を覚える。

 目の前にいるのが、黒アゲハではなく普通のほうのアゲハだった。まぁ、二重人格だし入れ替わることもあるんだろう、とか楽観的なことを考える。

 次の瞬間までは。


 気がついてしまったのだ。

 彼女の剣の先に転がっている人物の正体を。

 そいつもアゲハだった。

 そう、目の前にアゲハは二人いた。

 剣を手に立っているアゲハと、血を流して倒れている黒アゲハ。


「全部、バレちゃったね」


 アゲハはそう言って笑う。


「まさか、今までの時間軸で俺のことを殺した犯人はお前だったのか?」

「うん、そうだよ」


 彼女は頷く。

 その笑顔が狂気にしか見えなかった。


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