―120― 演劇

「ねぇ、どうかな?」


 そう言ってアゲハはその場でくるりと回る。


「あぁ、かわいいよ」

「そっか。ありがとう」


 劇場に行くときは、いつもよりオシャレをするのがマナーらしい。

 そのため俺たちはあらかじめ服屋に行っては、高価な服装を仕立ててもらっていた。

 アゲハは丈の長い黒いドレスを着ていた。肩や胸元が透けているデザインで、頭には大きな花をかたどったアクセサリーを身につけている。


「キスカもかっこいいよ」

「そ、そうか」


 褒められたせいかたじろいでしまう。

 俺もスーツを身につけていた。このスーツを買うために、けっこうな金額を支払ったことを思い出す。

 なお、俺は金を持っていないためアゲハに出してもらった。

 陛下から褒賞をもらったら、そのお金でアゲハに返さないとな。


「それじゃあ、行こうか」


 そう言うと、アゲハは隣にやってきて腕を組んでくる。

 それから俺たちは劇場まで一緒に歩いた。





 エリギオン殿下からもらったチケットは確かに特等席のようで、三階の一番見晴らしがいい席だった。

 その上、個室になっており、俺とアゲハ以外の観客はいない二人だけの空間。

 しかも、ベルを鳴らせば、係の人がやってきては自由に飲み物を注いでくれるらしい。


「アゲハってそういえば、何歳なんだ?」

「なんで、そんなこと聞くの?」

「お酒が飲めるか気になって」


 アゲハの見た目は可憐な乙女だ。

 この国では小さい子供でなければお酒を飲んでもいいことになっているので恐らく問題はないと思うが。


「封印されたときを含めるか含めないかで大分年齢は変わってしまうんだけど」

「含めなくていいんじゃないか……」

「だったら15歳だよ」

「なら、お酒は大丈夫だな」

「そういうキスカはいくつなの?」

「18だよ」

「意外と年上だ」


 それって見た目よりも若いってことだろうか。

 それからワインを頼んでグラスに注いで乾杯する。

 すると、演劇が始まった。

 演劇というからてっきり役者が演技するだけだと思っていたが、実際にはたくさんの演奏者による迫力のある演奏から始まった。

 それから役者たちは歌いながらセリフを口ずさむ。

 アゲハに聞くと、こういうのをオペラと呼ぶらしい。

 気がつけば、俺はそのオペラにすっかり夢中になっていた。

 神に背いたことで眠らされた美しい天使を救うべく主人公が剣を片手に戦う物語だった。

 最後には主人公が天使にキスをすると、天使が目を覚まして、それから二人は永遠の愛を誓い合う。

 公演は何時間も及ぶ長編だったが、いざ観るとあっという間に終わってしまった。

 人気だからという軽い気持ちで劇場に足を運んだが、まさかここまで圧巻させられるとは。未だに、心臓は激しく鳴り響き、興奮さめやらない。


「よかったな」


 そうアゲハに言うと「うん」と彼女は頷いた。

 酔っ払っているのか彼女の頬は赤かった。

 劇場に足を運ぶ前に軽い夕食を食べたため、あとは帰るだけだ。

 俺たちは泊まっている王宮まで歩いて帰る。

 道中、俺たちは一言も喋らなかった。まだ、オペラの余韻が頭の中に残っているせいだ。


「今日はもう遅いし、もう寝ようか」


 部屋の前でそう口にする。

 俺とアゲハはそれぞれ一室与えられていた。だから、寝る前には必ず自分の部屋に戻るのがここ最近の習慣だった。

 だから、今日はもう遅いことだし、自分の部屋に戻ろうとする。

 けど、そうすることができなかった。

 なぜなら、アゲハが俺の服を掴んで離さないから。


「アゲハ……?」


 そう呼びかけるも彼女は一言も発しなかった。

 彼女は目線も合わせようともせずただ俯いている。その上、顔が燃えるような真っ赤だ。

 彼女がなにを言わんとしているのか考えずともわかってしまった。


 ふと、あの日のことを思い出す。

 あの日、俺はアゲハのことを拒絶した。

 まだあのときは、心の傷が癒えてなかったのと、アゲハのことをまだよくわからなかったから俺は拒絶した。

 けど、そのせいでアゲハが傷ついたのは事実で、そのことを俺は後悔し続けていた。

 だから、もう一度同じことがあったら、今度は受け入れよう。

 それはずっと前に決めたことだった。


 ふと、見ると彼女は絞り出すようにしてなにかを口にした。


「今日は離れたくない……」


 そう言われた途端、俺の中のタガが外れた。





 やってしまった……。

 俺はベッドの中で後悔していた。

 隣ではアゲハが眠っている。

 やるだけのことやった途端、急に冷静になってきたところだ。

 この前はニャウに手を出して、今日はアゲハに手を出してしまった。

 そう考えると、自分がなんだか最低な男のような気がしてくる。

 けど、アゲハの好意を無碍にしたら、アゲハに殺されるか、もしくはアゲハが自殺するかのどちらかになりそうだから、やらないわけにもいかないんだが。

 もちろん、可愛い女の子に言い寄られて我慢できなかった自分がいるのは確かだが。

 あと、ニャウは俺との関係を覚えていないだろうから、ノーカンでいいはず。多分。

 アゲハは嫉妬深いはずだからニャウのことがバレてはいけないが。

 てか、既成事実作ってしまったし、責任とらなくてはいけないよなぁ。

 アゲハの両親に挨拶をしなくてはいけないのだろうか。あれ? でも、アゲハって異世界から来たと言っていたよな。

 だから、アゲハの両親も異世界にいるのかな? ってことは、会うのは難しいのかもしれない。なにせ、異世界に行く方法を俺は知らない。

 朝になったら、アゲハにそのことを詳しく聞いてみよう。





 目を覚ます。

 そうか、もう朝か。


「アゲハー」


 そう呼びかけながら、アゲハに抱きつこうと手足を動かす。


「どうしたんだ?」


 あれ? 目の前でアゲハが立っていた。

 ベッドで寝ていたはずの俺の体も地面に直立している。

 周囲を観察する。

 王宮に泊まっていた部屋ではないことがはっきりとわかる。


「どこだ、ここ?」

「貴様、寝ぼけているのか? もっとしっかりしろ。これから魔王を倒しに行くというのに、その調子だと迷惑だ」

「魔王……」


 そう呟きながら、ここがダンジョンの中だってことに気がつく。


「魔王はもう倒しただろ……」

「あん? 貴様、本当に寝ぼけているのか?」


 目の前のアゲハが怪訝な顔をする。

 あぁ、この雰囲気は黒アゲハのほうだ。


「…………ッ!!」


 やっと状況を理解した俺は、血の気が引く思いをする。

 そう、また時間が巻き戻ったのだ。

 それも魔王を倒す前ってことは、一週間も戻されたってことになる。

 てことは俺は誰かに殺されたってことになる。


 誰にだ……?

 あの部屋には俺とアゲハ以外に人はいなかった。外から誰かが侵入してきて寝込みを襲われたか、もしくはアゲハに殺されたか……。

 アゲハが俺を殺す動機は特に思いつかない。

 かといって、他の人間に心当たりがあるわけでもない。


「なぁ、アゲハ。ループした自覚はあるか?」

「ループなら、散々しているだろう」


 聞き方が悪かったな。


「アゲハ、俺とエッチなことした記憶はあるか?」

「と、突然、なにを言い出すんだ!」


 アゲハは顔を赤らめてたじろぐ。


「大事な質問だ。ちゃんと答えてくれ」

「そんな記憶はないが……貴様、一体どうしたんだ?」


 今まで、アゲハはループしても記憶を保持していた。

 なのに、どういうわけか、彼女はなにも覚えていないようだった。


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