―92― 決戦

 リッツ賢皇国、首都ラリッチモンド防衛戦二日目。

 魔王軍の進軍は予想通り、日が昇ってからだった。


「ニャウは調子はどうだ?」


 俺とニャウは昨日と同じ配置場所、西方面の城郭の上に立っていた。

 ニャウとは手を繋ぎながらここまで歩いてきた。今も彼女と手を繋いでいる。


「昨日よりも万全なのです」

「そうか」


 ニャウの返事を聞いて安堵する。


「ニャウ、2人で今日を生き延びよう。そしたら、結婚式でもあげようか」


 自分で言っておきながら照れくさかったので、思わず目をそらしてしまった。

 トスッ、と胸になにかが当たる。見ると、ニャウが俺に抱きついていた。


「約束ですよ! 絶対に絶対ですからね!」


 抱きつきながら彼女はそう主張する。その健気な様がかわいいかった。


「あぁ、絶対だ」


 頷きながら、彼女の髪を撫でる。

 撫でながら、彼女の温もりを感じる。彼女を守るのが俺の使命だ。


「前方に、魔王軍の進軍を確認ッ!!」


 そう叫ぶ兵士の声が聞こえた。

 どうやら戦いの狼煙があがったようだ。





 序盤は昨日とそう変わらなかった。

 ドラゴンによる上空から襲撃と、魔族により構成された地上部隊による攻勢。

 昨日同様、ニャウは上空のドラゴンを撃ち落とす役目を担っていた。


「火の魔術、第九階梯、獄炎無限掃滅砲デストリート


 そうやって、ニャウは次々とドラゴンを撃ち落としていく。

 昨日よりもドラゴンの数が多いな。

 さっきから、何体かのドラゴンが城壁を飛び越えて町へと侵入していく様を見ながら、そんなことを思う。


「ニャウ、大丈夫か……?」

「はい……まだ、大丈夫です」


 そう口にするも、ニャウの表情から疲労が溜まっているのは見て取れた。

 このまま持ちこたえてくれればいいのだが。

 そう思った、矢先――


 上空を高く飛んでいたドラゴンから、なにかが落下してくるのを察知した。

 落下物がニャウを狙っているのは明らか。


「ニャウッッ!!」


 そう叫びながら、俺はニャウの体を掴んで遠くへと逃げる。

 ドンッ! と、地響きがなった。

 さっきまでニャウのいた位置になにかが墜落したのだ。


「お前だな。俺の大事な配下たちをたくさん殺したのは」


 墜落してきたなにかは、そう呟きながらニャウのほうへと歩み寄る。


「死ねやッッ!!」


 そして、それは大剣を振りかざす。

 だから、俺は〈猛火の剣〉を使って、攻撃を受け止める。


「キスカさんッッ!!」

「ニャウは気にするな。こいつは俺がなんとかする」


 そう格好つけたはいいもの、果たして俺にこいつの相手ができるのだろうか、という不安がとうしても押し寄せる。

 なにせ、目の前にいたは――


「てめぇごとき雑魚が、俺をどうこうできるわけがないだろ!」


 魔王ゾーガなのだから。


「うるせぇ、雑魚はお前だろうが」

「くそがぁっ!!」


〈挑発〉による攻撃誘導。その攻撃を避けつつ、急所を狙って剣を突き刺す。


「ちっ、いてぇな」


 そう言って、魔王ゾーガは舌打ちする。


「――は?」


 そんなことあるのか?

 俺の剣は魔王ゾーガの首をこうして突き刺しているんだぞ。なのに、怪我一つもしていないなんて。


「火の魔術、第四階梯、焦熱焔フエゴトリオ!!」


 ふと、後方から火の塊が魔王ゾーガに放たれる。

 それがニャウの魔術にみるものだとすぐにわかる。


「ふんっ、こんな貧相な魔術が俺に利くはずがないだろうが!」


 そう言いながら、魔王ゾーガはニャウの放った火の塊をいとも簡単に払いのける。


「ドラゴンを倒せるような魔術を俺にも使ってみたらどうだ? まぁ、その前に殺すんだけどよぉ」


 魔王ゾーガの言うとおり、獄炎無限掃滅砲デストリートは詠唱に非常に時間のかかる魔術だ。

 ここまで距離をつめられてしまうと、放つ前に近づいて殺される。


「それで、どっちが先に殺そうかなぁ」


 そう言いながら、魔王ゾーガは近づいてくる。


「2人仲良く死ねやぁッッ!!」


 そう言いながら、魔王ゾーガは大剣を横に振りかざした。

 ニャウをかばうように、それを剣で受け止める。


「あがぁッ!」


 受け止めきれなかった俺は、後方まで勢いよく体を吹き飛ばされる。


「キスカさん、大丈夫ですか!?」


 そう言って、ニャウが心配した様子で駆け寄ってくる。


「逃げろ」

「え?」

「いいから早く逃げろッ!」


 勝てない。

 どうしたって俺の力では魔王ゾーガに勝つことはできない。

 だから、せめて俺にできることはここからニャウを逃がすことぐらいだ。


「嫌なのです」

「え?」

「好きな人を置いて逃げるなんて、ニャウにはできないです」


 ニャウはロッドを握りしめて、魔王ゾーガに振り向く。


「これで死ぬやぁッ!!」


 そう発しながら、迫ってくる魔王ゾーガの姿が。


「ニャウッ!」


 ダメだ。このままだと、ニャウが殺される……ッ!!


「結界の魔術、第1階梯、結界エステ


 瞬間、ニャウを守るよう結界が展開される。

 見たことがある光景だった。


「魔王の相手はオレがする。だから、お前らは早くこの場から離れろ」


 そう、そこにいたのは大賢者アグリープスだった。


「ありがとうございます! ニャウ、逃げるぞ!」


 咄嗟に、ニャウの手を掴んでその場を離れる。

 もしかしたら、大賢者アグリープスなら、魔王ゾーガをなんとかできるかもしれない。

 そんな希望を胸に抱える。


 グシャリッッ! と、なにかが飛び散る音が聞こえた。

 なんの音だろうか、と振り返る。

 そこには、体を真っ二つに切り裂かれた大賢者アグリープスの姿があった。


「雑魚がこの俺の前に立つなよ」


 そう言ったのは魔王ゾーガだった。

 彼の手によって、大賢者アグリープスが一瞬で粉砕されたのだった。


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