―84― 生還後

「ニャウ。あの後、なにが起きたか教えてくれないか?」

「それは構いませんが……」


 魔術師ニャウは言いづらいことがあるとでも言いたげに、口をもごもごさせる。

 まぁ、なにが起こったかは大体想像はつくんだが。


「勇者は殺されたか?」

「はい、殺されました。申し訳ないです。ニャウが力不足なばかりに……」


 ニャウの力を借りても、勇者エリギオンの死を回避することは不可能だったか。


「それで、魔王ゾーガが復活したのか?」

「な、なんでわかったんですか……!?」


 魔王ゾーガの復活を言い当てると、ニャウが目を丸くして驚いた。


「俺は未来の予測を立てるのが得意なんだよ」

「そうなんですか……。そういえば、カナリアさんとゴルガノさんが裏切り者なのも知っていましたもんね」


 どうやら彼らが魔王に加担したこともニャウはすでに知っているらしい。


「もしかして、この後なにが起こるかも知っていたりするんですか?」


 そう言われてもな……。

 正直、魔王が復活してから、なにが起こるかなんて、あまり詳しくない。

 けど、ひとつだけ言えることはある。


「このまま魔王を野放しにしていたら、世界が滅ぶ」

「そうですか……」


 ニャウは頷くと、立ち上がって、こう口にする。


「決めました! 例え勇者がいなくなってしまったとしても、ニャウの力で魔王を倒します!」


 決意した表情でニャウはそう宣言する。

 それを見て、俺は素直にすごいなぁ、と感嘆してしまった。

 こんな絶望的な状況なのに、彼女はまだ諦めていないのだ。

 勇者エリギオンが殺され、魔王ゾーガが復活してしまった。だから、諦めてまた死に戻りすべきじゃないかという考えが頭によぎった。

 だけど、もしかしたら、彼女ならこの状況を打破できるのかもしれない。


「俺も手伝っても良いか?」


 無意識のうちに、俺はそう口にしていた。


「もちろんです。戦力は1人でも多いほうがいいですからね!」


 というわけで、俺と魔術師ニャウの2人で魔王討伐に向けて行動を開始することになった。





「ひどいな……これは」


 ひとまず、俺たちはカタロフ村に戻った。

 けど、村の状況は散々たるものだった。多くの家屋が倒れ、負傷もしくは亡くなっている人が至るところにいる。


「魔王が復活した後、ドラゴンの群れが村を襲ったのです」

「ドラゴンの群れがか……?」

「正直、意味がわかりません。ドラゴンは今まで、魔王に従うことはなかったのに、急に魔王の言うこと聞くなんて……おかしいです」

「そうなのか」


 確かに、不思議だ。

 ドラゴンは誇り高い魔物と知られているため、誰かの軍勢にくだることがないというのが一般的な見解だ。


「それで、ニャウ。なんで、わざわざ村に戻ったんだ?」

「馬を調達したいのと、あと、可能ならば、ノクさんと合流できればといいなぁ、と思いまして」


 ノク……? あぁ、あのフードをかぶった男か。


「ノクって、信用できる人間なのか?」

「恐らく、大丈夫だとは思うんですけどね……。どちらにしろ、彼は相当な実力の持ち主なので、味方してくれるととても嬉しいんですけど」


 というわけで、二手に分かれてフード男のノクを探した。

 だが、聞き込みしてもノクの目撃証言を得ることもできなかった。

 結局、ノクに関しては諦めることにした。

 代わりに、馬を2匹購入することができた。

 この馬があれば、移動が楽になる。


「それでニャウ。これから、どうするんだ?」

「そうですね。ひとまず一緒に戦ってくれる仲間たちを探そうと思います。勇者がいなくなっても、強い人たちはたくさんいますから。特に、マスターと呼ばれる方たちが」

「マスターか。確か、上位10名だけがなれるランクだっけ」

「はい、その通りです!」

「確か、勇者エリギオンもマスターだったよな」


 自己紹介のとき、そんなことを名乗っていた覚えがある。


「勇者エリギオンは7位。魔王ゾーガは5位だとされています」


 魔王が5位ということは、この世には魔王よりも強いのが4人もいるということだ。


「だったら、序列1位の人だったら、魔王を簡単に倒せるんじゃないのか?」

「そう、単純な話でもないのです。序列1位から3位までは、存在が確認されていませんし、序列4位は、少なくとも私たちの味方ではないですね」

「そうなのか……」

「けど、序列9位と序列10位は少なくとも、私たちの味方なのです!」


 9位と10位がいるのか。

 それはすごく頼りになりそうだ。


「その9位と10位はどんな人なんだ?」

「9位は大賢者と呼ばれるすごい魔術の使い手で、10位は大剣豪と呼ばれる最強の剣の使い手です」


 どちらもすごく頼りになりそうな人だな。

 これなら勇者の力を頼らなくても、魔王に勝てるんじゃないのか、と思ってしまう程度に。


「その人たちはどこにいるんだ?」

「大剣豪が王都にいるはず。だから、今から王都に出発しようと思います!」


 王都か。

 もしかしたら、今更王都に行っても……いや、今は余計なことは言わないでおこう。





 移動中、ニャウから大剣豪のついて詳しく話しを聞いた。

 名前は大剣豪ニドルグ。

 その方は魔王軍に致命的な敗北を与えた『アリアンヌの戦い』にて、最も活躍をした人物とのことだった。

 しかし、彼は大きな負傷をしてしまったため、敗走した魔王を追うことになった勇者一行にはついていかず、王都に戻って療養をしているらしい。


 彼を求めて、王都に来た俺たちは絶句するような光景を見るはめになった。

 いや……少なくとも俺は、この未来を知っていた。


 そう、王都は魔王と魔王が率いたドラゴンの群れによって、すでに壊滅していたのだ。

 別の時間軸で、すでに見たことがある光景だ。

 どうやら王都の襲撃を終えた後のようで、魔王やドラゴンの姿はどこにもなかった。


「な、なんなのですか……これは……?」


 王都の様子を見たニャウは大きなショックを受けていた。

 誰だって、こんなのを見せられたら、冷静さを保つことはできないだろう。


「俺は生きる人を探して救助すべきだと思うが、ニャウはどう思う?」

「そ、そうですね……。生きている人を探しましょうか」


 それから俺たちは懸命に生きている人がいないか探した。

 結果、1人も見つけることができなかった。

 そう、あっけなく一つの都市が滅んだのだ。


「ニャウのせいだ……」


 唐突に、彼女が言葉をもらした。


「ニャウがあのとき、勇者を守ることができていれば……あの2人をとめることができていれば……こんなことにならなかったのに……だから、ニャウのせいだ……」


 ニャウは自問自答を始めた。

 それも後悔に打ちひしがれたような表情をしながら。


「おい、大丈夫か……?」


 不安になった俺はそう語りかける。


「ニャウのせいだ、ニャウのせいだ、ニャウのせいだ、ニャウのせいだ、ニャウのせいだ、ニャウのせいだ、ニャウのせいだ、ニャウのせいだ、ニャウのせいだ、ニャウのせいだ、ニャウのせいだ、ニャウのせいだニャウのせいだ、ニャウのせいだ、ニャウのせいだ、ニャウのせいだ、ニャウのせいだ……っ!!」


 それからニャウは、壊れたかのように同じことをぶつぶつと繰り返し始める。


「おい、気をしっかりしろ!」


 このままだとまずい、と思った俺はニャウの肩を強く掴む。

 すると、ニャウは俺のほうに顔をあげた途端、ゲフッ、と嘔吐した。

 そのことに、俺はビクッと全身を震わせる。

 申し訳ないことに、俺は汚いと思ってしまったのだ。

 女の子に対して、そんなことを思うのが失礼なのは重々承知だが、感情に嘘をつくことはできなかった。

 だから、汚いと思ってしまった俺はニャウから手を離してしまった。

 途端、バタリ、と彼女は地面に倒れる。

 一瞬、死んだのかと思って、慌てるがそうではなかった。

 どうやら、あまりのショックで気を失ってしまったらしい。


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