―83― 変わった
「悪かったって、だから機嫌直してくれよ」
ひとしきり笑った後、不機嫌になったニャウをなだめるはめにあった。
「別に、怒ってないですよ……」
と言いながらも、彼女は頬はぷっくりと膨らませていた。どうみても怒っている。まぁ、本人が怒っていないと主張するなら、いいのか。
それにしても、今までたくさんの時間軸を繰り返してきたが、魔術師ニャウとこうして話すのは初めてなような。
せっかくの機会だし、彼女のことをもう少し探ってみてもいいかもしれない。
聖騎士カナリアと戦士ゴルガノは裏切り者だったが、彼女はどうなんだろうか?
彼女が裏切り者なのは、根拠はないけど、恐らくなさそうな気がする。
もし裏切り者だとしたら、間抜けな性格が原因なせいで、すぐに露呈してしまいだし。
だったら、いっそのことニャウに協力を申し出てみてもいいのかもしれない。
「なぁ、ニャウ、ルナ村って言葉に心当たりはあるか?」
いきなり本題に入る前に、聖騎士カナリアが語っていたルナ村について、彼女に尋ねてみることにした。
「ルナ村ですか。あぁ、聞いたことありますよ。昔、魔族に加担したとして粛正された村だった気がします」
あぁ、なるほど、そんな事情があったのか。
恐らく、そのルナ村の粛正に第一王子でもある勇者エリギオンがなんらかに関わっていたと。だから、聖騎士カナリアは勇者を恨んでいるか。
「聖騎士カナリアがどうやらそのルナ村の出身者みたいなんだよ」
「はぁ、彼女は貴族の出身だったと記憶していますが……」
「いや、俺も詳しい事情までは知らないんだけど、カナリアは不倫との間に生まれた庶子らしくて、それで幼い頃、ルナ村に預けられていたようだ」
「ふーん、そうなんですか」
「それで、どうも聖騎士カナリアは勇者エリギオンに強い恨みを持っているらしい」
「はえー? そうなんですか?」
エルフのニャウは首を傾げていた。
まぁ、普段の聖騎士カナリアを見ていたら、勇者エリギオンに恨みを持っているなんて思いもよらないだろう。
「どうも、勇者エリギオンはルナ村の粛正に関わっていたみたいでな」
「えっと……つまり、聖騎士カナリアにとって、勇者様に親を殺されたも同然というわけですか」
理解が早くて助かるな。だてに魔術師をしていないだけはある。
「それで、今夜、聖騎士カナリアは勇者エリギオンを殺す計画を立てている。ちなみに、戦士ゴルガノもその協力者だ」
さて、ニャウはどういう反応を示すかな。
もし、彼女が裏切り者でないのなら、協力する姿勢を見せてくれるかもしれない。
「え……? なにを言っているんですか?」
と、ニャウはしかめっ面をしていた。
「カナリアさんが勇者様を裏切るだなんて、そんなこと起こるわけがないじゃないですか」
その上、俺のことを小馬鹿にする。
……やっぱり、信じてもらえないか。
こうなることが予想できたとはいえ、少しがっかりではある。
「ふにゃっ! にゃ、にゃんでニャウの頬をつねるんですかー!?」
「なんかイラついたから」
それはそれとして、彼女の頬をつねっておくことにした。
ニャウに期待した俺が馬鹿だった。
◆
真夜中になった。
今までの時間軸同様、これから戦いが起こる。
今度こそ勇者エリギオンを死なせない、と意気込んで何度失敗したことか。
あぁ、正直、今回も成功するとは思っていない。
どうがんばっても、勇者エリギオンが生存する未来を思い浮かべることができないのだ。
こんな心意気では、今回もダメなんだろう。
「よし、やるか」
ネガティブになっていた感情をたたき直そうと、頬を叩く。
今回でダメだったら、諦める。
それが、死に戻りしたとき、決めたことだった。もし、ダメだったら、全く別の方法を模索する。
この方法を試すのは、最後なんだから、せめて全力でやろう。
そう決意して、俺は勇者エリギオンの部屋に向かった。
そろそろだな……。
勇者エリギオンが寝ているベッドの近くで、聖騎士カナリアと共に勇者エリギオンの護衛をしていた。
そろそろ、部屋に戦士ゴルガノが入ってきて、それを契機に戦いが始まる。
「よぉ、元気してたか?」
ドアを静かに破壊して中に入ってきた戦士ゴルガノが俺にそう声をかけてくる。
「最悪な気分だよ」
「あぁ、そうかい。なぁ、悪いが、部屋の外まで来てくれないか?」
「いやだね。俺が部屋の外にでていった後、勇者様を殺すつもりなんだろ?
「あぁ、なんだ、俺たちの作戦がバレているのか。まぁ、いい。なら、正攻法でいくぞ、カナリア」
瞬間、聖騎士カナリアが目を開けて、勇者エリギオンに飛びかかる。
同時に、戦士ゴルガノが俺に斬りかかってくる。
聖騎士カナリアの不意の一撃で勇者エリギオンが殺されないことは、今までの時間軸で実証済みだ。
あとは、どうにかして聖騎士カナリアにルナ村という単語を言わせないようにしないと。
「よぉ、余所見するなんてどうかしてるんじゃないのか? あんちゃんの相手はこの俺だぜ」
そう言って、戦士ゴルガノが立ち塞がる。
くそっ、なんとしてでも聖騎士カナリアを口封じしたいが、こいつがいるせいで毎回うまくいかないんだ。
なにか、突破口があればいいんだが……ッ。
「私、ルナ村の生き残りなんですよ」
という聖騎士カナリアの声が聞こえた。
あぁ、もう終わりだ。これで、勇者エリギオンは発狂した上、殺されるんだ。
だから、今回も失敗だ。
「な、なにをしているんですか……?」
それは、あまりにも不意の出来事だった。
扉の前に、ロッドを手にしたニャウが立っていたのだ。
部屋の喧噪を見て、彼女は目を丸くしていた。
「ニャウッ! 勇者を守れッ!」
「は、はいッ!」
そう返事をした、ニャウが詠唱を始める。
魔術師ニャウの乱入によって、未来が大きく変わった。もしかしたら、今回の時間軸で勇者を死から救うことができるかもしれない……!
「ちっ、面倒なやつが来やがった」
戦士ゴルガノが魔術師ニャウを見て、舌打ちをする。
それと、同時、寄生鎌狂言回しにこう問いかける。
「〈
突如、狂言回しが三つの頭を持つ異形の怪物へ変貌する。
あぁ、そうだった。
戦士ゴルガノは今まで俺に手加減をしていたんだ。
戦士ゴルガノの手にかかれば、俺を瞬殺することなんて他愛もないことだったに違いない。
「くそがぁああああッッ!!」
もしかしたら、今回こそ成功するかも思ったのに……。
また、失敗だ。
グシャッ、と噛み千切られる音が聞こえる。
〈
ほどなくして、俺の意識は遠のいた。
◆
「あ……」
目を開ける。
何度も経験したことがある感覚だ。どうやら、また死に戻りしたらしい。
また一からやり直しだ。
そう思いながら、自分の体を起こす。
「あっ、まだ動かないでください。傷が塞がっていないので!」
「え……?」
目の前に広がるそれは、知らない光景だった。
なぜか、俺は森の中で寝かされており、近くに魔術師ニャウがしゃがんでいた。
「どういうことだ……?」
「どうって……意識を失ったあなたを、ここまで運んだのですよ。ニャウに感謝してくださいよね。ニャウがいなければ、今頃、あなたは死んでいました」
ニャウの説明を聞きながら、自分の首を手で触る。
確か、ここを〈
あっ、まだ傷が残っている。
「あ、触んないでください! 今、治している最中なんですから」
見たところニャウは俺に治癒魔術を施しているようだった。
ようやっと現状を理解できた。
どうやら俺は生き残ってしまったらしい。
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