―69― 控えめ

「はっ」


 覚醒する。

 さっき刃物で斬られた箇所を手で触っては、傷がないことを確かめては死に戻りしたんだと安心する。


「つまり、どういうことだ……?」


 頭が混乱する。

 聖騎士カナリアが勇者エリギオンを殺した。

 突発的に殺したのではなく、言動から察するに計画的に殺したに違いない。恐らく、馬車の中で勇者を殺せる隙をずっと伺ってたんじゃないだろうか。

 そして、死んだはずの魔王ゾーガが馬車の中からでてきた。

 馬車の中でなにが起きていたのかわからない。

 だが、一つ確かなことは聖騎士カナリアが魔王ゾーガを復活させた。

 だから、聖騎士カナリアは裏切り者だ。


 とはいえ、そのことを知れたのは大きな収穫だ。

 わずかに光明が見えたかもしれない。

 もしかしたら、魔王ゾーガの復活を防ぐことができるかもしれない。





「おい、勝手なことをやっているんだッ!!」


 怒気をはらんで叫んだ勇者エリギオンに俺は襟首を掴まれていた。


「勝手なことをして申し訳ありません。ですが、魔王復活を阻止するには必要なことでした」


 勇者が魔王を倒すまで、俺は前回の時間軸と同じ行動をした。

 それから俺は勇者の意に反して勝手なことをさせてもらった。

 魔王の遺体を首ごと燃やしたのだ。


「魔王の遺体は、魔王を倒した重要な証拠だ。それを燃やすことがどういうことなのか、わかっているのか?」


 俺の襟首を掴みながら、勇者エリギオンはそう告げる。

 前回の時間軸では、勇者エリギオンは魔王の首以外なら燃やしてもかまわないと言った。魔王の首さえあれば、討伐した証拠になるからと。

 けど、首を残した結果、魔王ゾーガは復活してしまった。

 ならば、首ごと燃やすしかない。


「魔王が復活してしまえば、勇者様の努力は全て水の泡となります。どうか、ご理解ください」

「魔王が復活するなんてあり得ないだろ。民が心から安心するためにも、魔王の首が必要だというのに……っ」


 勇者は舌打ちをしながら、ガシガシと乱暴に頭をかく。

 正直、俺としては魔王の復活を阻止できるなら、勇者の反感をいくら買おうが別にかまわない。


 それから、前回の時間軸同様、聖騎士カナリアがやってきた。

 聖騎士カナリアは燃やされた魔王の遺体を見て、


「なるほど、随分と勝手なことをしたようですね」


 と、苦言を呈する。

 内心はどう思っているんだろうか? 

 魔王を復活を阻止されたと激怒してくれると、俺としてはありがたいんだが。もし、遺体を燃やされても魔王の復活に支障はないと思われていたら最悪だ。

 前者であることを心から願おう。





 それから、他のメンバーと合流した俺たちは転移陣を使ってダンジョンの外で帰還した。

 魔王の遺体を燃やしても骨は残る。

 遺骨でも最低限の証拠になるだろうということで、それを持ち帰ることになった。

 それからカタロフ村にて、宴が始まった。

 けれど、魔王の遺体がないせいだろうか、前回の時間軸よりは、宴の様子が控えめだったような気がする。


 そんな中、俺はずっとある可能性を考えていた。

 遺骨があるだけでも魔王を復活できるんじゃないだろうか。

 燃えている遺体を見た聖騎士カナリアの顔は怒ってはいたが、ショックを受けているようには見えなかった。

 あの顔は、遺体が燃えたところで魔王復活に支障はないと確信している顔なんじゃないだろうか。

 考えれば考えるほど、そんな気がしてくる。

 かくなる上は、行動にうつすしかないんだろう。


 真夜中、村中の人々が寝静まっている間、俺は一人起きて行動に移した。


「これだな」


 俺が手にしたのは魔王の遺骨が入っている木箱だ。

 木箱は不用心にも村の中央の目立つところに置かれてあったので、盗みのは容易だった。不用心に置かれていたのは、魔王の遺骨を盗む奴なんていないだろう、と思われていたからだろう。

 一応、中を確認して、遺骨が入っていることを確認する。

 その遺骨を持って、俺は村から逃げ出すことにした。


「はぁー、はぁー、はぁー、はぁー」


 これだけ走れば安心だろう、ってところで俺は立ち止まる。全力で走ったせいで、息は荒い。

 それから俺は木箱の中から遺骨を取り出しては、剣を使って粉々に砕く作業に入る。

 骨を砕く作業は非常に時間がかかった。

 どれだけ砕いても、復活を阻止するには足りような気がするせいだ。

 だから、満足に砕き終わった頃には、日が昇っていた。


「流石に、これだけ砕けば大丈夫だろう」


 塵のように細かくなった遺骨を見て、そう口にする。

 それらを近くにあった池の中へ撒く。


「あとは、魔王が復活しないことを祈るだけだな」


 やれることはやったはずだ。

 魔王の遺体を焼いた上、残った遺骨を細かく砕いて池に散骨したのだ。これ以上の最善はないはずだ。


 バサッ、と羽音が聞こえた。

 突風が俺を包み込む。

 上を仰ぎ見ると、ドラゴンが上空から着地しようしていた。


「ふむ、随分とおかしなことをするやつがいたもんだな」


 聞いたことある声だった。

 その者はドラゴンの背中から飛び降りて、俺の前に降り立つ。


「カナリア……ッ!!」


 俺は、目の前にいる者の名を叫んだ。

 どうして、俺のいる場所がわかったんだろう? そんな疑問がわく。とはいえ、すでに遺骨は散骨済みだ。

 取り返しに来たとするなら、もう遅い。


「お前の企みはすべてわかっているんだ」

「ふんっ、企みとは一体なんのことだ?」

「魔王を復活させようとしているんだろう」

「――ッ! な、なぜ、それを……!?」


 指摘した途端、聖騎士カナリアは目を見開いて後ずさりした。

 ざまぁない。どうやら、相当動揺してくれたようだ。


「だが、残念だったな! お前の企みは潰させもらった! もう、魔王の遺体はどこにもない! どうだ、これで復活させることはできないだろ!」


 すでに、俺は勝ちを確信していた。

 これで魔王の復活は阻止できたのだ。


「驚いたな。こんなところに伏兵がいたとは」


 聖騎士カナリアはそう告げながら、懐からある物を取り出した。

 それは輝きを放つ宝石がはめ込まれた指輪だった。


「これは我が主がつくった世界に一つしかない指輪だ。この指輪の力、それは蘇生だ」


 そう口にした途端、彼女が手にした指輪が光り始めたと思ったら、パリンッと音を立てて自壊した。


「ふぅ、おっと、これはどういう状況だ?」


 真後ろから声が聞こえる。

 まさかこの声の主は……?

 そんな、馬鹿な……ッ。そう思いながら、俺は後ろに振り向く。


「蘇生させるのに遺体が必要だと貴様は考えたようだが、残念ながらそれは間違っている。だから、貴様の企みは全て無駄だったというわけだ」


 聖騎士カナリアは滔々と語る。

 それはあまりにも都合が悪い事実だった。


「それで、俺はなにをすればいいんだ?」

「その者を殺めてください」


 魔王の問いに、聖騎士カナリアは頭を下げてお願いする。


「なるほど、了解した」


 ニッ、と魔王は口の端をつりあげるようにして笑った。

 それとほぼ同時、魔王の拳が俺を襲った。


「アガッ」


 呻き声をあげる。

 俺の体は勢いよく吹き飛ばされ、途中にあった木々をなぎ倒していく。


「ガハ……ッ、アッ」


 殴られた俺はその場で咳き込む。そのたびに、口から血を吐いた。


「なんだ、まだ生きてやがる」


 そう言いながら魔王は俺の頭を無造作に持ち上げる。もう抵抗できる力が残っていなかった。

 そして、岩に叩きつけられた。

 当然のように、俺の意識は暗転した。


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