―23― 交渉でもしてみようか

 試行回数およそ530回目。


 俺は何度もめけずに寄生剣傀儡回くぐつまわしを使った攻略を望んだ。

 そう、何度も。


 何度やっても、最後には吸血鬼ユーディートの手によって殺された。

 いや、必ずしもそうとも言えない。

 傀儡回をある程度、成長させると意識が飛ぶのだ。

 恐らく、成長した傀儡回によって体を完全に乗っ取られているのだろう。


 これでは、例え吸血鬼ユーディートの撃退に成功したとしても、俺の意識が剣に乗っ取られているようでは、なんの意味もない。


「なんでお前は、こんなところにいるんだ……?」


 今回、俺はまだ傀儡回くぐつまわしに意識を乗っ取られていなかった。

 そんな折、吸血鬼ユーディートが再び俺の前に姿を現す。

 なんの気の迷いなのか、俺はそう尋ねていた。深い理由はなかった。ただ、ずっと戦ってばかりで精神は疲弊していた。

 だから、それが俺を殺す存在だとしても、会話をしてみたかった。

 なんで、このダンジョンで彼女は生活しているんだろうか? 少し気になった。


「ちっ、随分と無礼ですね。偉大たる真祖の吸血鬼に対する態度とは思えませんわね」


 無礼……。

 そういえば、こいつと初めて会ったときも「無礼」と言って、俺のことを殺したな。


「す、すみません、俺は田舎者なので。だから、無知な自分に教えてくれませんか? あなた様が一体何者で、なぜ、こんなところにいるのか?」


 かしこまっては改めて、聞いてみる。


「ふむ、では冥土の土産に教えてあげますわ。わたくしは真祖の吸血鬼、ユーディート。この世で、最も高潔な存在ですわ」


 そう言って、俺は殺された。





「もう無理だろ……」


 死に戻りした俺は諦めた口調でそう呟いていた。

 寄生剣傀儡回くぐつまわしを使った攻略を何度やったことか。何度やっても、吸血鬼ユーディートに殺される。

 あと少しで勝てそうなときもあった。

 けど、そのときは決まって、傀儡回が俺の意識ごと完全に乗っ取っていた。

 傀儡回に完全に乗っ取られた俺は、きっとものすごく醜悪な見た目になっているに違いない。

 そんな状態で、このダンジョンを抜けても、なんの意味もないに違いない。


 傀儡回を使った攻略はもうやめにしよう。

 といっても、他にいい手段は思いつかないが。

 

 いや、1つだけ試してみてもいいかも、と思っている案がないこともなかった。


「吸血鬼ユーディートに交渉でもしてみようか」


 出会った当初は会話なんて成立しない化物としか思っていなかった。

 まぁ、今ではその印象が変わっているかというと、そうでもないんだが、もしかしたら、ちょっとぐらい会話が成り立つんじゃないかという淡い期待のようなものがある。


「ダメ元でやるだけやってみるか……」


 すでに何度も死んでいる命だ。

 今更、死ぬことに臆する必要なんて、どこにもない。





 二つ目の転移陣の先で、吸血鬼ユーディートは椅子とテーブルを並べは優雅にティータイムを過ごしていた。


「あら、珍しいですわね。この場所に、侵入者が入ってくるなんて。それで、こんなところに一体何のようかしら?」


 以前も、こんなふうに聞かれた覚えがある。

 そう、彼女は出会うといきなり攻撃してくるほど野蛮ではなかった。決まって、こうして話しかけてくる。

 このことが、彼女と交渉の余地があることへの証明なのかもしれない。


「偉大たる真祖の吸血鬼ユーディート様とお見受けしてお願いがあります」


 そう言いながら俺は膝をつく。

 そして、頭を垂れてこうお願いをした。


「どうか、わたくしをユーディート様の弟子にしてください」


 最低限の礼儀は尽くしたつもりだ。

 さぁ、彼女はどう出る?


「キヒヒッ、わたくしの弟子ですか。おもしろいことを言いますね」


 そう言って、彼女はニタリと笑みを浮かべる。

 思った以上に感触がいいことに内心驚く。

 弟子にしてくれ。このダンジョンを脱出するには、俺はどうしたって今よりも強くなる必要がある。

 だから、吸血鬼ユーディートの弟子になれば強くなれるんじゃないかと思い至った次第だ。


「それで、あなたを弟子にしてわたくしになんのメリットがあるんですか?」

「メリットですか……?」

「ええ、わたくし自分が得をしないことは進んでしない主義ですので」


 と言われても、俺が弟子になることで得られる彼女のメリットはパッと思いつかない。

 それでもなにかを言わないと。


「弟子にしてくれた暁には、ユーディート様の手足となってどんな命令にも従います。必ず役に立つので、どうかお願いします」


 そう言って、俺は再び頭を下げる。

 こうして忠誠を誓うぐらいしか、思いつかなかった。


「つまらないですわね」

「……え?」


 次の瞬間には、ユーディートが右手首から出した鮮血で作った刃で切り裂かれた。

 俺の命は、潰えていた。


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