―21― 浸食

 俺の右腕に寄生した黒い剣は、俺の意思に関係なく動いては、魔物を次々と斬り倒してくれた。

 この剣の正体は見当もつかないが、おかげで、こうして生き延びることができている以上、今はこの剣にすがるしかない。


 途中、休憩を挟みながらもダンジョンの奥へと進んでいった。


「ここは確か、中ボスがいる部屋だよな」


 大きな扉の前でとまる。

 アゲハと共に冒険したときも、こんな扉を抜けると中ボスが出現したのを思い出す。

 確か、岩の巨兵ゴーレムと戦ったんだ。

 あのときとは、別の転移陣を選んだ上で進んでいるため、別の魔物がいる可能性が高いが、まぁ、とにかく中に入ってみよう。


「クェエエエエエエエエエエオッッッ!!!」


 巨大鷲グリフォンが金切り声を鳴らしていた。

 どうやら、ここの中ボスは岩の巨兵ゴーレムとは違うようだ。


 いつもの如く、黒い剣が意思に関係なく動き出す。俺はただ、黒い剣が自由に動けるように邪魔しないことだけを考える。

 そして、気がつけば、巨大鷲グリフォンは黒い剣によって倒されていた。


「……なんか大きくなっている気がするな」


 黒い剣を見て、そう思う。

 最初は一般的な刀剣の大きさだったはずなのに、明らかにそれよりも一回りも大きくなっている気がする。

 それに、腕の先から黒い刀剣へと変わっていたはずが、今は肩の先から黒い刀剣へと姿が変わっている。

 まるで、自分の体を浸食されているかのような感覚に陥る。


「大丈夫だよな?」


 不安にはなるものの、かといって、なにかができるわけではない。

 だから、前に進むしかないのだろう。





 それからも黒い剣は次々と魔物を倒していった。

 倒していくうちに、黒い剣は確実に成長していった。成長していくうちに、重たくなっていく。

 だから、黒い剣を引きずって歩く労力が段々とひどくなっていく。


 魔物が現れると黒い剣はおのずと動き出すが、黒い剣の体積が増すほどに、俺をひっぱる力も乱暴になっていった。

 まるで、馬車に引きずられるかのように、黒い剣は俺を乱暴に引きずって、魔物を倒していく。

 おかげで、俺の体は地面を引きずってボロボロだ。

 擦った跡からは血が流れている。


「やばいだろ、これ……」


 黒い剣は、すでに俺の体半分を浸食していた。

 しかも、いつの間にか黒い剣から黄色い眼球が生成されていた。その眼球はキョロキョロとせわしなく周囲を観察している。


「行き止まりだな……」


 ずっと下の階層へと進んでいったが、行き止まりへとぶつかってしまった。

 これ以上、どこに行けばいいのかわからないな。

 と思った矢先、転移陣を見つける。


 ふむ……どうやらこれを踏めば先に進めるらしい。


「あら、様子がおかしいと思いましたが、なるほど、冒険者に寄生してしまいましたか。それも、すでに随分と成長なさったご様子」


 転移した先には、吸血鬼ユーディートが立っていた。


「一体、なんのようだ?」

「あら、まだ本体に意識は残っていましたか」


 ふと、彼女は驚いた様子でそう言う。


「それで、なんのご様子と言いましたか。もちろん、あなたの処分もとい、右半分の寄生剣の討伐でしょうか」

「寄生剣……?」

「寄生剣傀儡回くぐつまわし。あなたの持っているそれは人に寄生しては魔物を喰らって成長する非常に危険極まりないもの。このダンジョンには滅多に人が来ないため大丈夫だと思っていましたが、まぁ、こういうこともあるのでしょう」

「つまり、今から俺を殺すってことか?」

「ええ、正解です。随分と物わかりが良いんですね」


 そう呟いたと同時、ユーディートは自分の左腕を右腕で引きちぎった。

 すると、溢れんばかりの血が境目から飛び散る。


 一体、なにを……? と、思うもつかの間、彼女から飛び散った血は収束しては固まっていく。

 そして、ちぎれた肩からは血でできた腕が。

 千切れた左腕は血が刃の形状へと変化し、紅の大剣へと化していた。


「それじぁ、死んでくださいまし」


 そう言って、彼女は血で作った大剣を振るう。ただ、傀儡回くぐつまわしのほうも負けていない。

 ユーディートの目にも止まらぬ連撃に、傀儡回くぐつまわしのほうも対応していた。


「一筋縄ではいきませんか」


 そう言って、彼女は千切った左腕を真上へ投げた。

 次の瞬間――。


 その左腕が爆発した。


浅紅暴雨せんくぼうう


 爆発と同時に、血でできたトゲが降り注いだ。それらは、俺の体に無数の風穴を開ける。


「その技を使うと、左腕がしばらく使えなくなってしまうので嫌だったのですが、仕方がありませんわね」


 彼女がそう言葉を紡いだ次の瞬間には、俺の命は尽きていた。


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