#02

 そして、それからまた何年かして……。


 ちょんまげは明治期に発布された廃刀令と共に廃れていった。現代でも趣味で結う人間はいるにはいる。が、基本的には、どうやって結うのかすら分からない者が大半である。ちなみに明治36年頃まで結っていた人間はいたのだが、それが……。


 今、現在、絶滅に瀕している最後のちょんまげニストである。


 民米書房、知らされざるちょんまげの奇跡なる軌跡より抜粋。


 ふあぁ。


 どうやら件の運転手は本を読んでいるらしい。怪しい本だが。


 ともかく自動運転の監視と管理を担う彼が本を読んでいてはと思われよう。しかしながら裏を返せば本を読んでいても問題がないほどに自動運転システムは完璧ものだったのだ。むしろ眠気を誘う見張りという任務に対して本は特効薬ともなる。


 退屈な時間を活字で埋め尽くすという行為で、だ。


 無論、本を読めば逆に眠くなるという人間もいる。その場合は携帯ゲーム機を持ち込んだり、スマホでSNSを愉しむものもいた。言うまでもないが、これらは全て眠気対策である。もちろん会社には隠しているが暗黙の了解となっている。


 それだけ自動運転は完璧で、不測の事態など起こりえないという良い証拠だった。


 無論、今となってはJRを始め、私鉄全線に自動運転システムは導入されていた。


 つまり、


 人間が運転する電車は、もはや、この世にはない。


 そうなってから、とても長い時間すら経っていた。


 そして、


 走り出した新技術は、いつしかスタンダードとなり、当たり前になった。結果、電車の運転手という仕事は退屈と戦うものになったのだ。それこそ皆が夢見た明るい未来の正体だったわけだ。いや、正体だったわけだとは、いくらかの語弊があるか。


 スタートラインだったといった方が正確であろう。


 その正体はゆっくりと走り出して加速していった。


 それからまた幾年か経つ。


 件の運転手も定年が近づき、運転席で本を読み続ける生活から解放されるわけだ。


 今、タイタニック号の悲劇という題名の本を彼は読んでいる。


 船が沈没するなんて、想像もつかない。


 現代の造船技術は、その程度のものではないのだ。


 と言い放ったのは、かの有名なタイタニック号の船長である。


 実は、この言葉、言えて妙なんだよな。


 なんとなくだが、そう思ってしまう彼。


 つまり、


 自動運転システムは、技術的には完璧で、ここまで間違いも起こさず運行し続けてきたわけであるが、低確率ながらも確実に不測の事態が起こり得るのだ。ゆえに人間が監視と管理を行ってきたわけだ。しかし、今、その安全弁が緩んでいる。


 ふあぁ。


 と本から目を離して前方に視線を移す。


 まあ、難しい事は、この際、いいかな。

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