第43話「危険だが安全」
出発から二日後、道中最後の村で俺達は荷物を降ろした。
元々村への補給物資も積んでいたのでここから一気に荷が軽くなる。必要分の食糧と資材を取り出し、冒険者と傭兵だけになった一行は徒歩で荒野を進む。
周辺の光景は辺境大陸にありがちな荒野だ。草が少なく、剥き出しの荒れ地は凹凸が激しく視界を遮る。たまに、昔はここにも人が住んでいたのかなと思わせる村落の跡が見え隠れする。
大地が力を取り戻しさえすれば、俺が生まれた頃のように人が住みやすい環境になるだろう。
俺達の道行きは危険だが安全だった。
変な言い方だが、現実に即すとそんな感じになる。
一日目から魔物による奇襲があったのだが、傭兵隊長ボルグの手腕で見事に回避できていたからだ。
冒険者が陣地の中で荷物を守り、傭兵団がそれを囲うように戦う。彼の率いる傭兵達はどれも手練れで、魔物の奇襲くらいではびくともしない。
環境は危険だが、味方のおかげで安全。RPGなんかにある守られる立場のキャラクターになった気分だった。
このまま順調に魔物を掃討して終わるかなと思っていたのだが、そうはいかない。
変化が起きたのは二日目の朝のことだ。
「店長、周囲の様子が変です」
荷物を守るため、毛布にくるまって眠っていると、横にいたユニアが声をかけてきた。
言われたように周囲を見る、たしかに様子がおかしい。
「霧か……普通じゃないな。いつからだ?」
いつの間にか辺りは視界を覆うほどの霧に包まれていた。一メートル先も見通せないくらい濃い。この辺りはそんな気候じゃないはずなのに。
それだけでなく、霧自体にも異常がある。霧から微量な魔力を感じるのだ。
間違いなく何らかの罠である。
仮眠中とはいえ気づかなかったのは失態だ。俺とユニアの不意をうつとは、相手のやり方が上手い。
「たった今のです。突然、周囲が閉ざされました。奇襲だと判断します」
これはまずいな。気配すら感じさせない罠を設置となると、相手は周到な準備をしている。
武器を抜いた俺達は警戒しつつ周囲を軽く見回った。なお、今回の仕事は装備のランクを落としている。俺とユニアは剣と弓を持った器用貧乏タイプの熟練冒険者といった風に見えるはずだ。
「人がいなくなってないか?」
「そのようですね。もっと情報が秘密です」
すぐ側で寝ていたはずの冒険者仲間もいないし、傭兵団の面々にクリスも見当たらない。
この場には俺達二人だけだ。
「ここに木なんて生えてなかったよな?」
確認する間に、状況が少し見えてきた。
いつの間にか、辺りに木がひしめいていた。葉の一枚もつけていない、枯れ木のようなどす黒い樹木だ。それらがいつの間にか生え並び、霧を発生させている。
「妖樹ってやつか……。初めて見た」
「この霧が結界となり、迷いの森を形成しています。どさくさで地形まで変えていますね」
厄介だと判断します、とユニアは付け加えた。妖樹はこうして突然森を形成する木の魔物だ。迷いの森を形作り、取り込んだ獲物をじっくりと食らう。過去の大量に燃やされた経緯があり、とてもレア魔物でもある。実際俺も話には聞いたことがあるが、目にする機会はなかった。
「範囲はわかるか?」
「そう広くはないかと。わたし達を獲物として出現したなら、それほど広大な領域は必要ありません」
「このまま中で弱っていくのは待つだけか……」
すでに俺達は捕らわれた獲物というわけだ。魔物の巣を討伐するために集められたのは全部で四十名程度。一団となって移動していたから、それほど広い範囲が必要ないのはわかるが、厄介だ。
俺達はともかく、他の皆がどうしているか……心配ではある。
「ユニア、手っ取り早くこの状況を打破する魔法や能力は?」
「ありません。陣を敷いた魔法でもなく、生物由来の能力ですから。店長はどうなのです?」
「まるごと焼き払っていいならできるんだけどな……」
相手が魔法ならどうとでもできるんだが、こういう自然現象に近い能力は対処が難しい。
また、他の人間が沢山いるのも問題だ。俺とユニアだけなら、力技で焼き払って解決である。
「せっかく神格を持っているのですから、都合の良い加護を呼び出せないのですか?」
若干がっかりといった様子でユニアを言う。
なんだかムカついたので俺も負けじと言い返す。
「ワルキューレなんだから、凄い道具とか神由来の魔法でどうにかできることを期待したんだがな……」
「言ってくれますね…………」
「お前もな…………」
言いながら俺達は互いに剣を構える。
「…………」
しばらくしてから、双方自然と剣を降ろした。
「やめよう。不毛だ。できないものは仕方ない」
「同意します。ここは地道に一本ずつ刈り取っていくしかなさそうですね」
俺達が言い合っても仕方ない。そんなことをしている内に刻一刻と状況は悪くなっていくのだ。
「まず仲間を探す。それから一度脱出だな。木を切るのは後だ」
「承知しました。方向はどちらに…………」
「どうかしたか?」
いきなり別方向へユニアが視線を向けた。その瞳には軽い驚きが浮かんでいる。そちらを見つつ、俺も気づいた。近くで強い魔力を感じる。
「これは……クリスだな」
直後、強烈な光が視線の先で起こった。
輝かしいのに不思議と眩しくないそれは、その一画だけを切り取ったかのように、妖樹の霧を吹き飛ばした。
俺達から離れて十メートルくらいの位置。
くっきりとした空間にいたのは六名ほどの集団だ。その中心には、両手を祈りの形に組み合わせたクリスが立っていた。
「思ったよりも近くにいたな」
「ええ、助かりました」
合流すべく、剣を構えたまま俺達は足早にそちらに向かう。
クリスも気づいて、笑みを浮かべて迎えてくれた。
「見事な神聖魔法です。わたし達では、こうはいきません」
神聖魔法は神々の権能の一部を再現する特殊な魔法だ。神に選ばれた神官にしか使えず、能力が高くなれば、一時的に神そのものを権限させることができるともいう。
俺が貰っている加護も相当強いけれど、高位の神官が起こす神聖魔法ともなると、より強力だ。
特にクリスはこの世界最高峰の実力を持つので、汎用性も含めて俺の持つ不安定な神由来の力よりもよっぽど頼りになる。
「これは相談なんだが、クリスを頼りつつ、ここを切り抜けよう」
「できればどさくさに紛れて、これを引き起こした首魁を討伐したいですね」
よくわかっている。さすが、うちのワルキューレは高性能だ。
味方の撤退を援護しつつ、どさくさで黒幕を倒す。
ここにいない傭兵隊長ボルグが容疑者筆頭だが、真相はそのうち手出ししてきて判明するだろう。
これだけのことをして、最後の詰めをしてこないわけがないのだから、
方針も確認しつつ、俺達はクリスの一団と合流した。
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