第42話「クリス・リンケージ」
俺達は北にある魔物の巣に向かう。
実はこの依頼、仕事としては冒険者側は楽な部類である。戦闘時は基本傭兵団が対応、しかも今回はクリスまでいるのだ。基本は荷物の護衛で、たまに警戒や偵察。
もちろん、絶対安全というわけじゃないが、頼もしい味方がいるので安心感はある。周囲の冒険者仲間は大体そんな雰囲気だった。
俺個人の問題は期間が長いことだ。途中までは馬車と一緒で、最後の補給地点の村で荷物を降ろし、そこから徒歩となる。全行程が往復十日ほどの仕事だ。
それだけの期間、クリスと一緒に居るということであり、接触は避けられない。というか実際接触した。
三日目の野営のことだ。
俺とユニアが夜の番として焚き火を囲んでいると、クリスがやって来て話しかけてきた。俺達が特別扱いされたとかではなく、彼女の性分だ。クリスは参加する全員に顔を通すべく、毎日誰かしらと会話していた。
「はじめまして。クリス・リンケージと申します」
「は、はじめまして。イストです」
「ユニアです」
気さくな雰囲気で挨拶をされたが、俺としては気が気では無い。少し受け答えが怪しくなった。そんな俺の挙動を見て、クリスが軽く笑みを浮かべた。英雄相手に緊張する冒険者と思ってくれたのかもしれない。
「遅くなって申し訳ありません。最近辺境大陸に来た冒険者の方々がいると聞いて、気になっていたのですが」
「いえ、クリス様は忙しいでしょうから」
「ふふ、そう言って頂けると有り難いです。この地はいかがですか? 辺境、などとは呼ばれていますが、これでも頑張っているのですよ」
「……まだ豊かではないですが、大陸よりも活気があると思います」
俺の代わりに答えてくれたユニアの発言に、クリスの顔が明るくなる。
「まあ、嬉しい言葉です。まだ、というのはこれからがあると言うことですね。ええ、そのようになるよう、共に頑張りましょう」
自分から手を出してユニアと握手をするクリス。とても嬉しそうだ。自分のことより、自分の周りが褒められるのが嬉しいタイプだからな。
しかし、この喜びよう、この件が終わり次第帰るとはとても言えない。言うつもりもないが。
「英雄クリス様と握手できて光栄です」
ユニアが淡々と言う。対してクリスは照れた様子を浮かべつつ、小さな枝を焚き火に放り込んだ。
「英雄などと大げさです。元々は小さな神殿の出ですから。たまたまなのですよ。あの日、フィル・グランデの手を取った時は、こうなることは想像もしていませんでした」
やばいな。俺の話題になった。俺は視線でユニアに伝える。「どうにか話題を変えて退散してもらえ」と。
「英雄フィルですね。どのような方だったのですか?」
なんで話を膨らませるんだ。俺の事情を知ってるはずだろお前。
「とても強く、優しい方でした。私が会ったときはまだ十四歳だったので、年齢相応に落ち着きのないところもありましたが」
「ほう。落ち着きのないところですか」
ユニアの目が一瞬光った。まずいな、なにか良くない状況が進行している気がする。
「意外と女性に弱いところがありましたよ。好色、と言ってもいいかもしれませんね。何故か次々と美女と出会うんですよね、あの野郎……」
「ほう。あの野郎ですか」
「失言でした。忘れてください。好ましい人物ですが、年相応の欲望も持っていたと、今ではわかります。えっと、ユニアさんとお呼びしても?」
「お好きなようにお呼びください」
横で見ている俺は精神的にとても不安定になっていた。目の前で過去の性格が暴かれているのは非常に良くない。いや、前世で老人だったとはいえ、肉体が若いと相応の欲があったんだ。当時は。
なんとういうか、早く自分の持ち場に帰ってくれないかな、クリス。
「ユニアさんなど、フィルが出会っていたら放っておかなかったかもしれないですね。師匠が小柄なハイエルフだったためか、好みがそちらのようで……」
一瞬、本当に一瞬だが、ユニアが凄く冷たい目でこちらを見てきた。もう帰りたい。あの懐かしい雑貨屋へ。キャンプもしたい。一人で。
「とはいえ、全ては昔話です。神界から帰ってきてからは、そういう面が全くなくなっていました」
「神界で相当な体験をしたということでしょうか?」
ユニアの問いかけにクリスは頷いた。
「そう聞いています。ふふ、久しぶりに懐かしい話をしてしまいました。ユニアさん、なんだか貴方のことは好きになれそうです。機会があれば、お話しましょう」
「是非」
物凄く力強く、ユニアは頷いた。嫌な予感がする。しかし、俺にはそれを止める手立てがない……。
「そちらのイストさんも、ユニアさんのことは大切にしてくださいね。こうして、仲間を残していなくなるようなことにないように」
立ち上がって衣服の誇りを払った後、ずっと静かにしていた俺に対して、クリスはそう言った。その瞳は、少し寂しそうに輝いているように見える。クリス自身は、もう俺と会えないつもりでいるのだろう。目の前にいるが。
「……はい」
そう、短く答えるのが精一杯だった。
「このままだと長話でお仕事の邪魔になってしまいますね。失礼致します。ご無理のないように。なにかあれば、知らせてください」
そう言い残して、クリスはちょっと名残惜しそうに、俺達の持ち場を去って行った。
後に残ったのは俺とユニアの二人。
「…………」
ユニアがちょっと火の小さくなった焚き火に薪をくべた。
炎が大きく揺らめいてから、燃え上がる。
「…………」
「とても面白い話が聞けたと判断します」
焚き火を見ながら、ワルキューレはとても楽しそうにそう呟いた。
これまで見たこともない、満面の笑みで。
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