第41話「想定外の事態」
想定外の事態になった。
冒険者協会に行った俺達は、傭兵団が定期的に行っている魔物討伐の協力依頼への参加を受諾。上手いこと狙いの場所に潜り込むことが出来た。
とりあえずは一歩前進。ユニアと喜び合いつつ、辺境大陸の名物を食べたり、情報収集をした翌日。
どういうわけか、クリスも今回の魔物討伐に参加することが決まっていた。
あり得ないことだ。
彼女はかつて辺境大陸にあった各地の町を復興させることに心血を注いでいる。
そのため主な仕事は周囲の探索、及び魔物の討伐だ。実際、港町フルムにいることは殆どない。
それがたまたま今回、タイミング良く帰ってきていたので仕事の一環として魔物討伐に参加することにしたらしい。恐らく、辺境大陸の政治バランスの変化を考慮しての決断だろう。
そんなわけで、依頼の説明をするための会場に、かつての仲間がいるのである。
傭兵団の魔物討伐は辺境大陸にとっては大事な治安維持でもある。そのため、事前に参加者には目的地や敵の規模を含めた説明を行ってくれる。俺にとっては困った話だ。
前の方には傭兵団と町の役人が並び。その横に、神官衣を身に纏った金髪の女性が座っている。
背中まで伸びた癖のない金髪。すらりとした容姿。優しげな目元と柔和な笑み。白い衣と合わせて、優しい女性神官を体現したかのような女性。
それがかつての仲間、クリスである。強力な神聖魔法の使い手であり、神殿で教える戦闘術もかなりの水準でこなす。性格は基本見た目通りで、怒ると滅茶苦茶恐い。
「やっぱりあの仮面を被ってくれば良かったかな」
「逆に悪目立ちするのでは? デザインのせいではなく、日常的に仮面をしている者はとても印象に残ります」
「過去の戦いで顔を怪我してつけてるとか言えば何とかなると思うんだが」
「それを聞いたクリスさんが治療を申し出たらどうするのですか。噂によると、そのくらいしそうな方のようですが。なにより、店長の顔は知らないのでしょう?」
「そうなんだけれど。ばれそうで恐いんだよ」
クリスは俺をビフロ王国に逃がしてくれた一人だ。本音では、一緒に辺境大陸に来て欲しそうだったけれど、自分を殺して納得してくれた。
その上で、嘘や演技が苦手だからと、見た目と名前を変えた俺のことをあえて知らないようにしている。
彼女が辺境大陸に行って二年。色々と苦労があったはずだ。
そこで俺の今の生活を知られたら、説教だか愚痴だかわからない話を延々とされる予感がする。
そのどこかで地雷を踏んで更に怒られる可能性は非常に高い。
俺達は用意された部屋の隅の方で、大人しく説明を聞くことにした。
役人の説明のよると、今回の目的地は少し北にいった荒野。
そこで発見された魔物達の巣を討伐するという。
主戦力は傭兵団。冒険者達は輸送品の護衛や、戦闘時の援護に徹するようにとのことだ。
「完全に傭兵団の人気取りのためのものですね」
横で聞いていたユニアが、俺と同じ感想を口にした。前の方で座っているクリスは特に表情の変化はなく、内心まではわからない。
「今回は、フルムに帰還していたクリス様もご一緒してくれます。クリス様、一言お願いします」
極めて事務的な口調で役人が言うと、クリスは全員の前に歩み出た。
「はじめまして皆さん。クリス・リンケージと申します。皆さんと共に戦えることを誇りに思います。この地に安寧と安定をもたらせるよう、一緒に力を合わせましょう」
言葉の後、柔らかな笑みを浮かべると、クリスは元の席に戻った。説明を聞く面々からは「辺境の聖女クリスだ」「英雄クリスが来てくれるのか」「いい土産話ができるな」といった声が聞こえる。
さすが英雄。人気者だ。
「非常に真面目な方という印象を受けました。新聞などから得られる情報とも合致します」
「ユニアの見立ては正しいよ。真面目で優しい人だ」
聖女クリスは元々地方の小さな神殿出身だ。神殿内の出世競争で負けた上司と共に、穏やかな日々を過ごしていた。
何事も無ければ、そこで優秀な神官として穏やかな一生を終えただろう。
しかし、『魔王戦役』という時代の波は彼女を容赦なく襲った。
上司にして師を失い、日々を暮らす神殿を失った彼女は戦いに身を投じ、現在の地位に収まった。
そのために、本人にとって無縁だった政治や権力と無関係ではいられなくなってしまった。
「本当は、こういう仕事は向いてないんだ。クリスは」
真面目な顔をして前の方で椅子に座る「辺境の聖女」を見ながら、俺はユニアにだけ聞こえる声でそう呟いた。
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