第44話「森からの脱出行」

「良かった。お二人共ご無事なようで」


 俺達を見るなり、クリスが安心した様子で話しかけてきた。

 彼女の周りにいるのは装備がバラバラな五人の男女。冒険者であり、『魔王戦役』後にずっとクリスと共にいる精鋭だ。今も油断なく周囲を警戒している。


 クリスの使った神聖魔法は安全地帯の結界を張る物で、非常に強力だ。ただ、あの発光で魔物が寄ってくるかもしれない。味方を集める合図を兼ねてやったんだろうが、なかなか思い切った決断である。


「どうしようかと困っていたので助かりました。これ、妖樹ってやつですよね?」


 俺がそう言うとクリスは黙って頷いた。


「そのようです。私も初めて見ます。当然現れた周囲の木々が出す霧で結界のようなものを作り、入り込んだものを迷わせ、そのまま死に至らせると聞きます」


「罠だったということでしょうか? 傭兵団は見当たらないようですが」


 ユニアの発言に、これは傭兵団長の陰謀なのでは? という意味が言外に込められていた。それを察したクリスは、困ったような顔で首を横に振る。


「妖樹が罠であることは間違いありません。ただ、傭兵団については行方がわからないので、何とも」


「どうします?」


 この場でのリーダーはクリスだ。既に仲間達と方針を確認しているはず。


「お二人のように、私が結界を張ったのが見えた方が合流するのを待って、この領域を脱出したいのですが……」


 クリスの反応には迷いが見えた。本音では、傭兵団を含めて全員を救助して脱出したいんだろう。そういう奴だ。


「妖樹の力で離ればなれになりましたが、地形が大きく動いたわけではないようです。全員近くにいる可能性は高いと判断します。少し待っていれば、人が集まってくるのでは?」


 ユニアの発言に俺も頷いて同意だと伝える。

 クリスの放った光はかなりのものだった、あれを手がかりに、人が来る可能性は高い。

 実際、俺達が話している短い時間でも、新たな合流者があった。


「クリス様、他の冒険者が」


 横から遠慮がちにクリスの仲間が伝えた通り、この結界内に三人が新たにやってきていた。見知った顔、冒険者だ。


「無事なようで何よりです。しばらく、この結界を維持していましょう。それから脱出ですが、方向が問題ですね」


 クリスが周囲を見回す。結界内は綺麗なものだが、その外は視界が埋まるほどの霧だ。方角も何もない。


 俺は服のポケットに手を入れて、こっそり収納魔法から方位磁石を取り出す。

 この世界には既に羅針盤があったので、フィル時代に改良して地球で良く見る外見にしたものだ。評判が良く、今では一般化している。


 磁石の針は、しっかりと方位を示していた。


「結界内なら、ちゃんと使えるみたいですね。あの、結界を張りながら移動ってできるものですか?」


「私を中心に狭い範囲なら何とか。イストさん、結界内なら磁石が使えると、よくご存じでしたね?」


「ここなら霧の影響がないからもしかしたらって思いまして。とりあえず、試してみたんです」


 感心する様子のクリスに、軽く笑いながらそう返す。


「とりあえず試す、ですか。フィルがそうでしたね」


 しまった。うっかり、いつものように動いてしまった。

 正体、気づかれてないよな……。


「フィル・グランデとはそういう方だったのですね?」


「はい。発想力もありますが、それ以上によく試していました。世間では知られていないんですが、失敗も多かったんですよ」


 ユニアの助け船のおかげで、クリスの語り口が昔を懐かしむものに変わった。よし、大丈夫そうだ。危ないな、今後は喋り方にも気を付けておこう。


「……方針が決まりました。ここにしばらく留まって、人が集まるのを待ちます。定期的に魔法などで合図をしましょう。それから後、一度脱出します。脱出する方向はやって来た方向です。結界は維持しますのでご安心を」


 クリスのその宣言の後、俺達はたまに光の魔法なんかを使って合図を送った。

 たまに魔物がやってきたが、それも問題なし。クリスの仲間は頼もしい。


 運が良いのか、ユニアの予想通り妖樹の森の範囲が狭かったからか、徐々に人がやってきた。

 ただ、やってきたのは全員が冒険者だ。


 二時間ほどすると、依頼に参加していた冒険者全員が集合していた。その数、十五名。なかなかの大所帯だ。


「傭兵団の皆さんが見当たらないのが気になりますが、脱出しましょう」


 彼らも自力で脱出しているのかもしれない、そう付け加えた後、クリスを中心とした脱出口が始まった。


 辺境大陸の冒険者は強い。ビフロ王国にいる駆け出しなんかとは比較にならない歴戦揃いだ。


 その中でも、クリスと共にいる者達は精鋭中の精鋭。

 脱出行は驚くほど順調だった。


 いやもう強い強い。俺とユニアが何かする必要も無い。

 時折襲いかかってくる魔物も結構強いはずなんだが、それ以上にクリスと仲間達が強いのである。


「楽でいいな」


「まったくです」


 俺の呟きに、ユニアが静かに同意しつつ、弓から矢を放つ。装備品のランクを落としたのがちょっと心配だったが、問題なくて何よりである。


 そんな感じで、主にクリス達の活躍のおかげで、周囲の妖樹がまばらになるところに到着した。

 位置的には魔物の巣の入り口近く。昨日、襲いかかってくる魔物が増えだしたところだ。

 そこに到着した俺達を出迎えるものがあった。


「これは……」


 最前列にいた剣士が言葉を失う。クリスは強い眼差しでそれを見つめていた。

 俺とユニアも見た瞬間、一瞬だけ眉をひそめる。


 黒ずみ、折れ曲がった木の枝に、大きなものが引っかかっていた。

 大きなものの数は十以上で、統一された鎧や剣を身につけている。


「傭兵団……だよなこれ」


 妖樹の森の出口付近。

 そこで、傭兵団は全滅していた。

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