第38話「とりあえず決着の地へ」

 カンガルースタイルというキャンプ用語がある。四方を覆うことができる大型のスクリーンタープなどの中に小さなテントを配置するというやり方だ。見た目としては二重のテントの中で過ごすようになる。

 テントの中にテント。言葉にすると奇妙に聞こえるが、実際に見てみるとなかなか好奇心をくすぐるやり方だ。


 閉じることができる巨大な前室と、その奥にある休息用の部屋。なんというか、ちょっとした秘密基地のような形になるのが個人的にとても好ましい。

 タープの中に薪ストーブでも置けば、自分だけの空間がキャンプ場に出現だ。四方を閉じれば外からの視線を完全に閉じることができるし、内部のテントの汚れも減るのが良い。


 前世でちょっと憧れだったこの形式に、俺はついに辿り着いた。

 さる筋に依頼していた、大きめのスクリーンタープ……のようなものがついに届いたのである。これといつも使っているテントを組み合わせれば、カンガルースタイルの完成だ。

 残念なのは今の季節が初夏であることで、せっかくつけてもらった小型薪ストーブの煙突用の穴は活用できない。


 ともあれ、準備は出来た。俺は新しいキャンプギアが入荷したその日の夜に、しかるべき場所でカンガルースタイルの実践を行った。


「思った通り、いいもんだな」


 ランタンの明かりに照らされたタープの中、小型のテーブルと椅子に座ってお茶を楽しみながら、俺は一人そうこぼした。

 軽く振り返ればそこには小型テントがある。周囲の視界は閉ざされていて、なんだか落ち着く。ここは俺が作った、自分のための即席プライベートスペース。何とも言えない満足感が、湧き上がってくる。

 この静かな時間を大切に使いたい。そう思った時だった。


「お、いたいた。お前さん、なんで自分ちの庭で野営しとるんじゃ。……って、二重テントとか意味わからんな」


 俺の静かな時間は、ハーフ・ハイエルフのぶしつけな言葉で崩壊した。


「ハ、ハスティさん。近くに来たなら声かけてくださいよ! 気配感じなかったし!」


「うむ。新しい隠行の魔法は優秀なようじゃな。いや、店の方にいったらユニアからここにいると聞いてのう。それで、テントが二重になっている意味はなんかあるんじゃろう?」


「こうすることで、落ち着いた空間を作れるんですよ。空間が二重になるんで暖かいですし」


「冷暖房なら魔法でどうにかできるじゃろうに……」


「魔法が一般的じゃない世界もあるんですよ……」


 言いながら折りたたみの小型椅子を用意する。ファンタジー世界の住人にアウトドア趣味の概念を理解して貰う難しさが身に染みるな。


「この前の話からまだ三日なんですけど、早いですね」


 ハスティさんの分のカップを用意して、お茶をいれつつ聞く。ついでに光の魔法を天井付近に飛ばして光源も増やす。キャンプの雰囲気を味わうためにランタンだけにしていたので、中は薄暗かったのだ。


「うむ。ウジャスの町で優秀な職員が加入したのが大きかったのう。おかげで情報の精査が早かった」


 例の魔法使いの気の毒な息子か。元気にやっているようで何よりだ。

 ハスティさんは俺の淹れたお茶を一口飲んで、満足気に頷いてから話を続ける。


「お前さんとユニアに、辺境大陸でやってもらいたいことがある。クリスの周りがちょっと一触即発の状況になっておっての」


「……それは、ちょっとという状況に聞こえないんですが」


 クリスというのは『魔王戦役』時の俺の仲間のことだ。太陽神の神官で、魔王討伐後は辺境大陸の復興を担うリーダーとして活動している。元々は地方神殿で下働きをしていたところ、俺達に会って旅をする内にメキメキと力を付けた叩き上げ。実力も人望も、見た目も優れた女性の聖職者だ。


 そんな彼女の周囲が一色触発とは、どういうことだ?


「辺境大陸では、魔王軍に壊された町の復興を続けておる。同時に、土地の調査や開拓もしておるのは知っておるな?」


「ええ、新聞で読む限りは順調みたいですけれど」


「うむ。順調じゃ。ただ、力関係が最近おかしい。食料輸入のため、このビフロ王国から出向しておる人間の周辺がおかしいのじゃよ」


「人材選定は相当慎重にやったはずですよ」


 魔王によってボロボロになった辺境大陸の復興は重要だ。未開の陸地は全体が資源なのだから。ビフロ王国からは食糧支援を円滑に行うため、信頼できる人材が派遣されている。


「うむ。慎重にやっておった。おかしいのはここ数ヶ月の話じゃ。クリス達が大規模な調査に出ておる間、ビフロ王国出身の官僚が雇った傭兵と組んで、権力の拡大を画策しておる」


「クリスの立場が悪くなるくらいですか? 下手すれば前の俺より人気があるのに?」


「そこが怪しいんじゃ。雇った傭兵がとんでもなく強力での。クリスを刺しおいて、侵入した魔物達相手に連戦連勝。後ろ盾からの食糧供給も潤沢で急成長なのじゃ」


 辺境大陸はまだ土地が貧しい。ビフロ王国からの輸入は命綱だ。話だけ聞くと、上手く状況を利用しているようだが。


「一触即発っていいましたけど、権力争いでそこまでいくんですか?」


「辺境大陸の開拓民は寄せ集めじゃ。できるだけ一枚岩に近い方が良い。派閥が出来て、片方が野心を隠しもしなければ、火が点くのは思ったよりも早いものじゃよ」


「今はまだ目に見えないだけか……」


 恐らくクリスは状況をどうにかしようと奔走しているだろう。だが、ずっと戦ってたタイプの聖職者なので政治の方は上手くない。しかも相手がやる気となれば、乗せられてしまう可能性が高い。


「儂はこの件、例の魔物達が絡んでいると思っておる。ビフロ王国からの人材が、野心を急に抱いた理由があるはずじゃ」


「それを、俺達に確かめてこいと? なにもなかったらどうするんです?」


 内偵に向かうのは異論はない。仲間のピンチだし。でも、空振りという可能性だってある


「その時はその時で別の手を打つのじゃ。現在進行形で、一番怪しいのはこの件なのでな」


「……わかりました。転送はお願いしても?」


「まかせるのじゃ。ユニアが戻ってきたら再度打ち合わせして、魔法で送るのじゃよ」


「戻ってきたら?」


 時刻は夜、ユニアは店を閉めて家に居るはずなんだが。


「お前さん、キャンプをする時に使う高級食材をユニアに分ける約束しとるじゃろ。今日の分をもらったら、例のフレナという娘と食べると言って、料理しにでかけたぞい」


「……彼女が帰り次第打ち合わせをしましょう」


 俺が自由に過ごしているなら、ワルキューレも自由に過ごしていたのだった。

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