第34話「閃光」

 施設の内部は思った以上に綺麗だった。外と同じように謎の素材で出来た広くて白い廊下。壁や床に時々光が走るところにSFっぽさを感じさせる、通路が俺を出迎えた。


 見た感じ、スライムはいない。


「思ったより静かなんだが……」


『スライムは地下にある動力炉付近にいるよ。そこお扉ごしに魔力を吸って増大中。放っておくと将来的には施設から飛び出すだろうね』


「わかった。案内してくれ。他に敵は?」


『いないよ。事前の説明通り』


 今更だけど、スライム一匹でハイエルフの施設を嬰圧とか、コストパフォーマンスがいいな。送り込んだ奴は成功しても失敗してもどちらに転んでも美味しい実験感覚だったのかもしれない。そんな気がする。


 そんなことを考えつつ、俺は新しく取り出したミスリルの長剣を手に廊下を駆ける。

 顔の横ではぼんやり光る映像で、ファルカインが道案内だ。


『では、道案内をするよ』


 そういうなり、ファルカインの顔が消えて矢印になった。なかなか面白い機能を持ったコミュニケーションツールである。


『この矢印が指示するとおりの道順に進んでくれたまえ。最短ルートだ』


 そんな音声に従って走ること十分くらい。下への階段を二つ降りたところで、スライムに遭遇した。


 地下の動力炉付近で魔力を吸って肥大化しているスライムの末端は、通路のとびらからはみ出ていた。色は赤っぽい半透明。こちらに気づいたのか、うねうねと脈動している。


「予定通り焼いてみるか」


『で、できれば火気は控えてくれると嬉しいかなぁ。対策してあるとはいえ、繊細な施設なんだよ!』


 注文の多いハイエルフだ。とはいえ、本気で嫌がってるみたいなので、ここは別の手でいくことにしよう。


「わかった。やってみる」


 言うなり魔法剣を発動。試しに氷結魔法を剣に通してみた。青白い魔力が刀身を包み込む。 その瞬間だった。魔法に反応したのか、スライムの末端が変化した。

 一瞬うねったかと思うと、半透明の部分がねじれて槍のようになり、こちらに伸びてきた。

「くっ」


 思ったよりも速い動きに驚いたが、どうにか回避。正直、油断していた。動かないのは様子見だったか。


『設定された通りに反応するだけなんだが、意外と早いぞ!』


「今身をもって知ったよ!」


 躱したスライムの槍を、魔法の宿る剣で切り裂く。手応えは十分。剣が接触した所から凍結し、そのまま断ち切れた。


 外でやったような大魔法じゃないので今回はかなり持つだ。このままやってしまおう。


 俺は通路にはみ出てきているスライムに接近。こちらに目掛けて巨大な触手のように伸びてきたスライムの一部へ斬撃を入れる。


「おおおっ!」 


 身を捻って触手を躱し、冗談から一撃。一メートルはある、スライムの塊が切断された。勿論、切断面は凍結している。俺はすかさず切れ端に剣を突き立てる。


「砕けろ!」


 剣に宿った魔法を発動。切れ端が一瞬で凍結した上で砕け散った。周囲の気温が一気に下がり、地面に薄い雪のような氷の欠片が降り積もる。スライムの体液のせいで、氷がうっすら赤い色だったおかげか、一瞬だけ桜の花を思い出した。


「放って置くと再生しそうだから片づけたけど。案外いけるな」

 

 今の攻撃で怯んだのか、スライムはこれ以上通路が出てこない。設定通りに動くスライムなら、想定以上のダメージを負ったので様子見に移行したということだろうか。


『氷でこれなら火ならもっといけるんじゃ、とか思っている顔だね。そうはさせないよ。今の戦闘で少し解析できた。雷だ。それなら熱より広い範囲に攻撃できる。上手くすれば、中心核にダメージがいくかもしれない』


「よく俺の考えてることがわかったな。とはいえ了解だ……」


 色んな魔法を試そうと思ったのをしっかり防がれてしまった。深い付き合いがあるわけじゃないのに、こいつは俺の思考を読むのが上手い。

 ともあれ、雷か。液体っぽいから電気が通るイメージなんだろうか。そんな単純なものじゃないんだろうが、わかりやすいのは助かる。


「なあ、解析が早くないか?」


『外の魔物がいなくなってリソースに余裕ができたのも大きいのさ。施設を燃やされないよう、全力で支援するとも!』


 そういうところは有能なんだよな、と思いつつ俺は収納魔法からミスリルの長剣を一本追加で取り出す。二刀流にして、電撃系の魔法剣を準備。今度は一発で剣が砕けるくらいの魔力を込める。


『今思ったんだが、火と水の魔法剣を同時に使ったら面白いことになったりしないかね?』


「お前、凄い発想するな……」


 刀身が薄い黄色に輝きだした辺りで聞いてきたファルカインに本気で感心する。

 特定の日本人なら即座に思いつきそうなアイデアだが、それを自力でひねり出すとは。大したもんだ。


 そして、俺はファルカインの問いへの回答を持っている。

 なぜなら、魔法剣を思いついた、かなり初期の頃に実験したことがあるからだ。


「それをやるとな。水蒸気爆発が起きて死にかけるんだ」


『……世の中上手くいかないものだね』


 わざわざ映像を矢印から自分のものに変えて、気の毒そうな顔で俺を見るファルカイン。

 火と水の魔法剣で起きた水蒸気爆発は、俺がこの世界で本気で死を意識した三つの出来事のうちの一つになる。ほぼ無詠唱で回復魔法を使えなければ死んでいた。


 まったく、変なところで律儀な結果が出てがっかりだ。ファンタジー世界なら、驚きの科学反応を見せて欲しかった、科学じゃないけど。


「雑談はここまで、準備できたぞ」


『こちらも解析の準備はできている。君のタイミングでやってくれ』


「了解」


 剣を握る手に力を込める。スライムは知性はないが、本能と反応は優秀だ。

 この一撃で、できるだけ強力な一撃を入れる必要がある。長引くと、対応のパターンが多様化して面倒なことになるだろう。

 だから剣を二本にした。二刀流ができるわけじゃない。ほとんど動かない敵に剣を叩き込むくらいならできると踏んだからだ。


 俺が一歩踏み出すと、スライムは新たな反応を見せた。

 射撃だ。体内から矢のような形状にした自分の体を射出して、攻撃してきた。それも複数。

 一度に十本以上のスライムの矢が、俺を襲う。


『む、数が多いぞ!』


「大丈夫! うおっ」


 剣で弾きつつ、前へ進もうとした瞬間、足を引っ張られた。

 いつの間にか伸びていた、スライムの触手が、がっちり俺の足に絡まっている。

 矢は囮で、こちらが本命か。このまま俺を取り込むつもりだな。


 だが、それこそが俺の狙いだ。


「エアフラップ!」


 鋭い叫びと共に、即座に魔法が発動。一瞬だけ、背後に魔法の風が生まれて姿勢が制御された。

 右手の剣で足に絡まった触手を切り裂き、風の魔法を受けたまま、相手に向かった姿勢でスライムに向かう。矢の方の攻撃は最初だけで、もう追加はない。

 目の前には通路一杯に詰まった、薄赤いスライムのみ。

 

「いけぇ!」


 速度に乗ったまま、俺は雷魔法がたっぷり入った長剣二つを叩き付けた。


 瞬間、薄明るい廊下が、目映い閃光に包まれる。

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