第35話「爆発」

 雷の魔法剣が放った閃光のあと、そこにあったのは綺麗な通路だった。

 あの薄透明な桜色のスライムは、綺麗さっぱり消えている。


「消し飛んだ……ってことはないよな」


 俺の言葉に反応して、即座にファルカインの映像が現れる。


『朗報だよ。君の一撃がスライムにかなりのダメージを与えたようだ。規模が縮小している。その周辺が一気にクリーンになった』


 どうやら上手くいったみたいだ。一安心と思ったら、両手の剣が崩れ落ちた。魔法に耐えきれなかったようだ。


『本当に、強力だがコストパフォーマンスの悪い技だねぇ。ミスリル製の武器を壊しながら戦うなんて、ドワーフ達が知ったら失神するか激怒するか……』


「昔の仲間は失神した後に激怒したよ」


 あの時は怒りを治めるのに苦労した。その後、戦う上でどうしても必要と判断して、必死になってミスリル製の武器を集めたりもして、今に至るわけだが。まあ、役に立ってはいる。作った人には申し訳ない。


『さて、朗報の続きだ。スライムは少し方針を転換したらしい。中心核方面に体を収縮している。防御姿勢だね。今なら施設内を一気に進めるよ。……ただ、問題が一つ』


「どんな問題だ? 分裂でもしたか?」


『いや、木の根みたいにそこら中に体を伸ばして潜ませている。おそらく、何らかの攻撃をしてくるだろうね』


「このスライム、本当に知性がないのか?」


 どんどん疑念が膨らんでいく。凄く良い判断をしてるように思うのだが。


『受けた攻撃に応じて設定された反応を返しているだけのはずなんだけどね』


 気楽に言い返すファルカイン。肩をすくめておどけるあたり、少し余裕ができたらしい。なによりだ。


 なんにせよ、進むしかない。収納魔法から新しいミスリルの長剣を出す。今度の魔法剣は火属性だ。


『おい、火気はちょっと……』


「ふりかかって来た攻撃を火の粉で払うだけだよ」


『火の粉なんて可愛いもんじゃないよ!』


 俺は抗議の声を無視して無視して走り出した。


 ファルカインのナビゲートによる、施設見学が始まった。

 道程は順調だ順調。そして、罠の発動も順調である。


『あ、そこの足下、いるよ』


「うおおお!」


 足下から生えてきたスライムの槍を切り払う。火の魔法剣の力で、槍ごと一気に燃やし尽くす。


『天井から反応!』


「なんとおおお!」


 天井から降り注いだスライムの塊を、なんとか回避して、その後撃破。


『正面から、無数のスライム弾が飛来!』


「スライム弾ってなんだ! ハイ・プロテクション!」


 防御魔法を展開して無理矢理前進だ。その後、射出源を消し飛ばすのに長剣が一本犠牲になった。


 そんな感じで、施設の動力部への進軍は、みるみる進んでいった。見た目上は。


「はぁ……はぁ……。さすがに疲れた」


 魔力的には余裕があるが、戦いながら神経を配れば疲労もする。複数の加護で強化されているからとはいえ、俺も基本は人間のままだ。


『さすがだイスト君。これだけの攻撃を無傷。ミスリルの剣二本の犠牲で済ませるとは』


「本当にこのスライムは知性が無いのか? いきなり壁の左右からサンドされた時とか完璧なタイミングだったんだが」


 あれは危なかった。潰されるかと思ったが、瞬間的に剣を犠牲に魔法を発動して何とか抜け出した。


『ぼくも自信なくなってきたよ。攻撃者に対して返す反応をよほど細かく設定したらしいね。断言しよう。作った奴は性格が悪いっ!』


「見つけ出してぶん殴ってやりたい……」


 まごうことなき本音だ。黒幕め、必ず見つけ出して殴ってやる。

 

 ともあれ、面倒な道中も終わりが近い。

 今いるのはちょっと広めの部屋の前。扉が開き、内部にはスライムがみっちり詰まっているのが見える。半透明の体の向こう、部屋の奥には扉が見える。


 あれこそが、動力部に向かう扉だ。つまり、スライムはここから動力の魔力を吸収していることになる。


 そして、俺の目にははっきりとスライムの中心核が見えた。

 間違いない、ここが終点だ。


「ここまで来れば後は終わらせるだけだ。すぐに片づけて、製作者の情報を得てやるぜ」


『この世界の裏で暗躍する陰謀を解き明かすという目的を忘れない方がいいと思うんだが』


「ほとんど手を貸してくれないハイエルフに言われると腹が立つな……」


『ぼくらにはぼくらの事情があるんだ。すまないね』


 そう言うファルカインは本当に申し訳なさそうな様子だった。こいつを責めても仕方ないんだよな。しがらみの多い種族は大変だ。


 気を取り直して、俺はスライムに向き直る。


「さて、とどめはどの武器でいくかな」


『背後に反応!』


「!?」

 

 いきなり叫んだファルカイン。緊張感をはらんだ一言に反応して振り向くと、背後の通路が一瞬でスライムで満ちあふれた。

 退路も塞がれた形だ。


「ここで終わりにしようとしたのはこいつも一緒か……」


『イスト君、徐々に迫ってるよ。かっこつけてる場合じゃない』


 その通り、前後から俺を飲み込むべく、スライムの塊が打ち寄せている。


「別にそういうのはしてないよ!」


 収納魔法でミスリルナイフを取り出し、魔法を込めて周囲に投げる。一瞬で前後のスライムが凍結し、氷の壁になる。その影響で、少し動きが止まった。

 だが、スライムは諦めない。中心核付近がなにやら光ったり蠢いたりしている。放っておけば何かしてくる。絶対に。


「ファルカイン、頼む!」


『頼まれた! ほい!』


 返事と同時、いきなり、スライムの動きが鈍った。


『うん。上手くいったようだね』


「助かったよ……」


 なんのことはない、中枢の出力をギリギリまで落として貰っただけだ。

 これでスライムは魔力補給ができなくなって、今までみたいに好き放題できない。回復も遅くなるだろう。

 同時にこれは施設の維持にも影響が出るわけで、長時間使える技でもない。


 中心核が目の前にある今だからこそできる作戦だ。

 

 収納魔法から、ミスリルの槍を出す。俺の身長よりも大きい、本来は馬上で使うものだ。そこに雷の魔法を込める。それも全力だ。


『手短に頼むよ! 点検なしでこんなことをやるのは恐いんでね! あ、それと、どうせなら今から遣る技に名前をつけてやった方が素敵だと思うな!』


「技の名前なんてない! いけぇ!」

 

『サンダークラッシュ!!』


 俺が槍を投げたのと、ファルカインが謎の必殺技名を叫んだのは同時だった。


 雷の魔法をふんだんに盛り込んだミスリルの槍は、まっすぐに目の前の部屋のスライム中心核に進んでいく。透明なボディでは莫大な魔法を受け止めきれない。

 槍は宿った魔法と同じく、雷そのものになったかのような輝きと共に、突き進んだ。 


 目の前の部屋が吹き飛んだかと思うくらいの閃光が生まれたのは、投げた数秒後のことだ。 視界を閉ざして目を保護しつつ、俺は確かな手応えを感じた。


『うむ。やったようだね』


 ファルカインの言葉に、目を開く。

 見れば、スライムは更に小さくなっていた。バレーボールくらいの中心核とその周辺のボディだけ。当初を考えれば寂しい形だ。


「これ、ヤバくないか?」


 だが、様子がおかしかった。自分を守るために圧縮したのか体色が濃くなったのはわかる。だが、中心核が明滅しているのはやばい感じがする。これは……。


『いかん! 形成不利とみて、自爆する気だ! まだ内部にかなりの魔力を蓄えてるぞ!』


 俺の想像を補完するように、ファルカインが叫んで教えてくれた。


「行動が的確すぎる! 結界とかで、閉じ込めてどうにか……。いや、無理か!」


 防御魔法で爆発を抑えるのは難しい。本来の用途じゃないからだ。神の加護でもあれば話は別だが、それは望めない。

 ならば、あとは一つ。


『あと一分もすれば爆発だ! 逃げたまえ、イスト君!』


 焦りを帯びたファルカインの声が響く。その前に、自分が逃げろと言いたい。


「だったらこうだ! その大きさなら収納できるだろ!」


 俺はスライム目掛けて全力ダッシュ。距離はすぐに縮まり、本来に接触。

 手を触れた瞬間、収納魔法を発動。


 神様に貰ったチートな魔法はしっかり発動し、剣呑だった空間に静寂が訪れる。


「…………」


『…………最初からそれはできなかったのかい?』


 あっさりした幕切れに、ファルカインが疑問を呈してきた。


「危ないものは極力収納したくないんだ。魔物は誤動作の原因になるって、これをくれた神様に言われてるし」


『じゃあ、仕方ないな』


 そう、仕方ない。できれば使いたくなかった手だ。

 こうして、収納魔法の中に爆発寸前のスライムを納めることで、俺は事態の収拾に成功した。


 さて、このスライム、どうしよう?

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