第13話「侵入は地下から」
この世界では、ある程度大きな町になると、地下に大きな空間があることが多い。
大抵の場合、それは地下水路で都市の上下水が流れている。町の出口付近で水を魔法で浄化して川に流すとか、場所によってやり方は様々だが、地下に何らかの設備があるのは共通だ。
また、地下水路に付随して様々な地下施設も多く存在する。良くない連中の秘密基地、金持ちが趣味で作った自然豊かな地下空間、魔法使いの実験場などが代表的だ。
歴史上、何度も戦火にさらされているウジャスの町の地下は複雑だった。
水路だけでなく避難路や避難所、居住区やら何やらで混沌としている。
そんな場所の一画を俺は歩いていた。
足下を照らすのは空中に浮かべた魔法の明かりだ。横に水路が走っているが、幸い上水らしく臭いは殆ど無い。周囲は天井まで石造り、空気が少し淀んでいてカビくさいのは仕方ないだろう。
「あっさりここまで来れたのはいいけど。平気なんですか?」
『無論じゃ。現在、ウジャスの兵士達が地上で屋敷を包囲しておる。ワシの部下達は周辺国家への働きかけ。一時的な膠着状態じゃよ』
「この時間が最後のチャンスってことですね……」
『うむ。だからこうして、ワシも秘密裏に協力しておる。戦乱は好きじゃないのでのう』
通路を歩く俺は一人だが、その耳にはハスティさんの声が届いていた。
理由は頭につけた黒い仮面だ。ウジャスの町に旅立つ直前に渡されたマジックアイテムである。顔の上半分を覆うシンプルな形状のこの仮面は、認識阻害と通信の魔法が付与されている。
認識阻害というのは見た人に曖昧な印象を残すおまじないだ。ハスティさんがかけた魔法なので、それなりの相手でも通用するとのこと。
通信の方はたった今やっていたように、リアルタイムに会話を行うことができるというものだ。馬や鳩を使った速度が当たり前のこの世界において破格の性能を持つ魔法である。
「ここまでするなら、いっそついてきて助けてくれればいいのに……」
ウジャスの町まではハスティさんの転移魔法で飛んだ。これも世界に数名しか使い手がいない超魔法なのだが、この師匠は日々の買い物に使うことすらある。便利なのは認めるけど、もっともったいぶっても良いと思う。
『無茶をいうでない。ワシが目撃されたら国際問題じゃ。お前さんを送り込んで通信が限界じゃよ。頑張って働くんじゃぞ、弟子ぃ』
「昨日、俺に依頼をしたときの神妙さはどこへ……」
『あの時は一緒に食事をして昔を思い出してしんみりしてのう。……冷静になったら、ワシが朝から晩まで働いてるのに、売れない雑貨屋でのんびりしてるお前さんになんか腹が立ってきた』
「理不尽だ。それに、依頼続きでこれじゃあ冒険者ですよ……」
『緊急事態じゃ。心苦しいのは本心じゃよ。あ、そこ右じゃ』
「はい……」
俺の苦情はあっさり流された。実際、収入の大半は冒険者なので文句は言えないのだけど。
T字に別れた通路を右に曲がる。それからしばらく歩くと、小さなドアの前に到着した。
金属製のドアは年代物で、窓はなくて中の様子はわからない。
「物凄く普通にドアがありますね。罠はなし。鍵はかかってる」
罠の有無は判別しつつ、俺は言った。本職じゃないので確実とは言えないが、それなりに自信はある。それに、鍵の方に魔法がかかっているので、そちらに仕掛けがあるんだろう。相手は魔法使いなんだから。
『うむ。一応、以前に冒険者が突入したのとは別の入り口じゃ。こちらから何かしない限り、安全じゃよ』
「それだけ自信があるってことですね」
すでに事態は動いている。普通ならドアの向こうを埋めるとか、この辺を崩落させておくとかやるものだ。これは来るなら来いということだろう。
『中に入る前に確認じゃ。ワシらの目的は跡継ぎの息子とやらの確保じゃぞ』
「わかってますよ」
アウスト王国やウジャスの町は跡継ぎの命に頓着していないが、ハスティさんは違った。
狙いは人材の確保。殺すには惜しいほど優秀なのだそうだ。そもそも、暴れ始めた原因も彼にない。
そんなわけで、ハスティさんは彼を捕まえた上で、名前と見た目を変えて部下にしたいらしい。部下に知り合いがいて懇願されたのも大きいそうだ。
「さて……」
精神を集中し、ドアに手の平をつける。向こうの空間にある魔法の全容を把握する必要がある。開けた瞬間に次々と魔法の罠が起動してもおかしくないのだから。
俺は頭の中で魔法を感知するための術式を起動。視界にこれまでは見えなかった魔力の流れが映り込んでくる。何らかの魔法陣が設置されている場所は篝火のような点、それらを維持する魔力の流れは線、という具合の見え方だ。
「これは、凄いですね……。ちょっとした国の王宮並の防衛魔法が敷かれてますよ」
ドアの向こう側は、全体がメロンの網の目みたいに魔法で覆われていた。魔法陣が何重にも連結され、それが一つの生命のように稼働している。
ある種の芸術としての完成度すら感じる魔法に、ちょっと感動してしまった。
「しかしこれ、どうしましょうか。二人がかりでも解除に相当くらいかかりますよ……」
『代々魔法使いの家系らしいからのう。先祖代々増築した結界のようじゃな』
これは大物だ。慎重に調査を重ねて解除するなら、年単位の時間がかかってしまう。
とはいえ、このまま突撃して次々に発動する魔法の罠の餌食になるわけにもいかない。
対処法として、防御をガチガチに固めて突き進む手もあるが、物凄く目立つし騒ぎになる。その上、魔法の影響で町の一部が崩壊するだろう。
「結界解除の裏技はいくつか知ってますが……」
『どっちも使えないんじゃよ』
ハスティさんの残念極まりない声が聞こえてきた。
俺はこの手の防衛用の魔法をどうにかする技を二つほど教わっている。
一つは結界に流れる魔力を相殺して無効化すること。
もう一つは特大の魔力を流し込んで魔法そのものを台無しにすることだ。
困ったことに、これらもしっかり対策されていて、実行した瞬間に町の区画ごと大爆発しそうに見える。
ウジャスの町の冒険者が太刀打ちできないわけだ。話によると生存していたそうだが、命があっただけ優秀だと思う。
仕事にかかろうと思った矢先、ドアの前で立ち往生してしまった。
だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。
「これはズルをするしかありませんね」
『それをあてにしておいて何じゃが。良いのかの?』
「まあ、これに関しては大丈夫です。相手が気に入るかなので。それも、この出来ならいけるでしょう」
ここまで来て気遣いは無用だ。それに、上手くいくかは賭けになる。
俺はドアに手を触れて静かに祈る。
「魔法神ドリュアスよ……。ここに至高の魔法有り。貴き目に叶うならば、奉じることを願う」
魔法神ドリュアスは神界で研究ばかりしている神だ。与える加護は気まぐれだが、珍しい魔法を捧げると喜ぶことが特徴である。
この奉じるというのが非常に強力で、気に入った魔法は情け容赦なく回収してしまう。
手間のかかる解除もなく、問答無用で魔法が神界に消えてしまうのだ。魔法使いとしてはたまったもんじゃない。
とはいえ、それほど万能な手段ではない。ドリュアスが気に入るのは世界でも数例の珍しい魔法のみ。
多分、今回はいけるはずだ。
『どうじゃ?』
「……いけました」
少し時間はかかったが、ドア全体が淡い輝きに包まれたのを視て、俺は確信した。
どうやら、上手くいったようだ。屋敷全体にかけられた魔法全てが、たった今、神界に奉じられた。
「何代もかけて作り上げた魔法が台無しですね」
だいたいの場合、神というのは理不尽なものだ。自分でお願いしといて、ちょっと酷いと思う。
『神というのは容赦がないのう。じゃが、今のうちじゃ。外は魔法が無効化したことに気づいておらん』
「中で主が慌てている今がチャンスですね」
なにはともあれ、機会は得た。神界でご満悦だろう魔法神に感謝しつつ、俺はドアを開いて中に飛び込んだ。
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