第12話「師匠からの依頼」
独立都市ウジャス。
三つの街道が交わる平地にある、大きな城塞都市だ。
交通の要衝であり、古くから一大交易地として繁栄している場所である。
地図上で見ると四つの国に囲まれており、過去何度も戦火にさらされている物騒な都市だ。
あまりにも戦火が激しいため、ここ二百年は緩衝地帯として自治権を持った町になった。そんな、この世界では珍しい経歴を持つのがウジャスという町だった。
「それで、具体的になにが起きてるんですか?」
「きっかけは都市の有力者の魔法使いじゃ。優秀なんじゃが面倒くさい奴で敵が多かったらしくてのう。んで、そいつが死んだ」
「権力者の死が引き金ですか」
強すぎる者が消えたことで、生まれた空白を巡っての権力争いだろうか。
「それが始まりじゃった。そやつには優秀な息子がおって、後を継いだんじゃがな。まあ、若いから隙があったんじゃよ。父親に似なくて性格も良かったようでのう」
「いきなり権力争いに巻き込まれたのはわかりますが、それで戦争一歩手前まで行くんですか?」
それだけだと都市内だけで結着がつきそうなものだ。戦争なんていう物騒な話に発展するように思えない。
「運が悪いんじゃよ。都市の権力者の入れ替えがあって、新入りが軽挙妄動。適当な罪をでっち上げて財産狙ったんじゃよ。そいつは成り上がりの商人でな。ま、甘く見てたんじゃろうな。魔法使いというものを」
「性格の良い息子も反撃したんですね。魔法使いらしく」
「うむ。私兵に入り込まれた時に、親父から受け継いだ屋敷と地下に広がった工房の防衛魔法を発動したのじゃ。それはもう見事なものでのう。……都市の兵士や冒険者くらいじゃ歯が立たん」
「そんなに酷いんですか? ウジャスって結構強い冒険者がいるって聞きますけど」
魔法使いの研究施設を工房と呼ぶ。中でも歴史を重ねた強い魔法使いの工房は、ちょっとしたダンジョンになっていて、強力な魔物や罠が待ち受けることが多い。
とはいえ、ウジャスの町はいざという時に傭兵とするため、強い冒険者が沢山いたはずだ
「政治も魔法も一流の恐い魔法使いの施設じゃ。ちょっとお目にかかれん規模じゃぞ。下手にいじると都市区画ごと爆発する結界とか」
「…………」
なるほど。それは下手に手を出せない。
「事態は長期化。町を人質に立てこもって一週間。周辺国家が密かに軍隊を集め始めておる。ウジャスの町に自治能力無しと宣言して占領する腹づもりじゃろう」
交通の要衝にある商業都市の生み出す利益は莫大だ。それを狙ってここぞとばかりに国家が動いたということだろう。理屈はわかるが……。
「過去に何度も血みどろの戦いがあったから緩衝地帯になったのに、何でこんなことに?」
そう、理屈はわかるが何で今そんなことにと思わずにいられない。最近まで魔王と戦っていたのに、まだ戦い足りないのか。
「あの辺りの国は『魔王戦役』の影響が小さかったからのう。その時に集めた戦力を使いたいのと、戦争で弱った大国に口出しされないタイミングを選んだというところじゃな」
そういうことか。
そもそも、ハスティさんが宮廷魔法使いをしている理由も、戦争で傾いた大国、アウスト王国を立て直すためだしな。
『魔王戦役』によって影響を受けた国は少なくない。逆に余力のある国家にとってはチャンスというわけか。
「あの、素人質問で恐縮なんですが。このままいくと、ウジャスの町は大変なことになるのでは?」
「うむ。四カ国の軍隊と自治都市の兵士が入り乱れての乱戦じゃ。酷いことになるじゃろう」
具体的に言わないがハスティさんの表情がその推測の重さを語っていた。
最悪の事態になれば、生まれるのはこの世の地獄みたいな光景だ。
「今なら止められるんですね」
「問題の魔法使いを捕縛または殺害すればの。屋敷の魔法が問題じゃ。確実にその仕事が出来る者のところに来たというわけなんじゃが」
「あの、俺に仕事を振らずに帰ったら、どうするつもりだったんですか……」
「一か八か、付き合いのある冒険者パーティー複数に仕事を振る。無理をすればできんことはないと思う。まあ、儂が宮廷から追い出されるかもしれんがのう」
そっぽを向いてそんな回答するハスティさん。
多分、自分から手出しするつもりだったんだ。それをすると内政干渉とか言われて攻撃の口実になる。ハスティさんが魔法使いとして戦うと派手で目立つ。隠しきれないだろう。
正直、現段階でも国家の重鎮としてギリギリの手出しだ。せっかく手に入れた平和をどうにか維持しようと、この人はこんな綱渡りを繰り返しているに違いない。
「ハスティさんはまだアウスト王国に必要です。遠慮しないで俺に振ってください」
「む……。お前さん、悪い癖じゃぞ。穏やかに暮らすためにここに来たのに、自分からそれを壊そうとしておる」
説教めいた口調で言われるが、それはそれだ。
「これも自分のためですよ。ウジャスの町で戦争になったら輸送が滞って、俺の生活に影響が出る。俺はここでの暮らしを守るために戦うんですよ」
「売れない雑貨屋で実質冒険者の生活がそんなに影響受けるんかのう」
「そのうち売れる雑貨屋になるんで、大問題です。それで、すぐに出ますか?」
軽口を流しつつ、俺は問いかける。
キャンプ用品の手入れは中止だな。
そんなことを考えながら席を立とうとしたら、ハスティさんが手で制した。
「そうやって急くのは悪い癖じゃぞ。仕事帰りなんじゃから少し休むのじゃ。それに、状況についてワシが詳しく説明する。……直接行けぬが、可能な限りの支援はさせてもらうのじゃ」
「ありがとうございます。ハスティさん」
「礼を言うのはこちらじゃよ。本当はこういう事情に関わらせたくないのじゃが。名前も姿も捨てた後も頼りにしてしまっておる」
申し訳なさそうな顔でそう言いつつ、師匠にして仲間のハーフ・ハイエルフは依頼の説明を始めた。
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