第6話「とりあえず相手は厄介」

 銀狼に案内は短かった。歩いて十分くらいで、薄暗い森の広場に到着した。

 

「……酷いな。全員やられたのか」


 そこにいたのは傷ついた銀狼達だ。

 数は六頭。中には子供の狼も二匹いて、そのどれもが怪我を負っている。俺を案内したリーダーと同じく体のどこかに痛ましい傷痕があり、美しい毛並みの間に傷口を晒していた。


<<我が群れも半分になってしまった。幼子を連れてここまで来たが、傷を癒す時間もない>>


 横に佇むリーダーが伝えてくる。銀狼の群れはじっと俺に視線を向けてくる。恐怖と敵意は感じず、好奇心や興味といった気配が伝わってきた。


<<おお、貴き気配を感じる>>


<<森の果てでこのような出会いがあるとは>>


<<ねぇねぇ、これって人間? 匂いが不思議だねぇ>>


 最後の幼い声は子供のものだ。銀狼は子供でも中型犬くらいのサイズがあるが、精神は相応らしい。


 その子供の銀狼もまた、体に傷を負っていた。足を怪我しており、少し動かしにくそうにしている。群れの大人の力を借りて、ここまで逃げてきたのだろう。


「魔王は退治されたが、その影響は世界に残っています。魔王が能力を使って世界規模で魔物の配置換えをしたり、自作の魔物を送り込んだせいで地域の生態系が乱れているんですよ」


 そのおかげで、平和になった後も冒険者には結構仕事がある。世の中が落ち着くまで、十年以上かかるだろうとも言われている。


<<貴き人の子よ。我は懸念する。件の混沌は、我らを追ってここまで来てしまった。このまま森の外に出るのは望まない>>


 群れの先頭に位置を変えたリーダーの意志が伝わってくる。

 彼らは自分達の命よりも、この地域を強大な魔物が蹂躙することを心配している。


「それは俺も望ましくないですね。だから、どうにかしましょう」


 魔王特製キメラなんてものがこの地域に放たれたら、最悪国が滅ぶ。そうでなくても沢山人が死ぬ。こうして現場に居合わせた以上、何もしないわけにはいかない。


<<感謝する。貴き人の子よ>>


 リーダーが感謝の意と共に頭を下げた。彼自身は俺に対して直接助力を頼んでこなかった。敵の強さを知っているが故だろう。


「大丈夫。こう見えて腕はそれなりに立つんです。それと、俺の名前はイストです。貴き人の子なんて偉そうな呼び方はやめてください」


 今の俺は本業雑貨屋副業冒険者の人間だ。地位も名誉もそんなにない。見た目も黒髪黒目の地味なもの。フィル時代の整った顔立ちですらない。


<<承知した。イストよ。して、汝の力でどのように混沌に対処する?>>


「まずは皆さんを治療して力を十分に発揮できるようになってもらいます。それで、俺が魔法の罠を設置した場所にキメラを誘導。設置した魔法の罠と俺の武器でトドメを刺します」


<<可能なのか?>>


 話を聞いてからずっと考えていた作戦を伝えたら疑問が返ってきた。

 それもそうだ、話だけなら簡単に聞こえるが、相手は銀狼の群れが壊滅しかける魔物。普通の魔法では倒しきれない。それを身をもって知るが故の質問といえる。


「可能です。一応、神界まで至った人間ですし。魔王のキメラを何体か倒したこともあります」


 これはもう信じてくれとしか言えない。魔王のキメラは個体によって強さがまちまちなのがちょっと心配だが、最悪収納魔法で閉じ込めてしまえば何とかなるはずだ。……ホント便利だな、収納魔法。


<<承知した。我らにとってはこの地で汝に会ったことが僥倖。この出会いを信じよう>>


「ありがとうございます。では、まずは治療ですね」


 リーダーが納得してくれたのを確認したので、俺は呪文を脳内で詠唱する。

 俺の特技は魔法と剣。ゲーム的にいうと魔法剣士みたいなものだが、どちらかというと魔法の方が得意なタイプだ。

 しかも、神々の加護のおかげでデフォルトでかなり強化されている。生きるために強くなったらチート味溢れる感じになってしまった。


「癒やしの光を、リフレッシュ!」


 脳内詠唱を終えて発動のキーワードとなっている魔法名を唱えると、銀狼達が淡い光に包まれた。優しい光に包まれた銀狼達の見た目がどんどん変化していく。

 

 醜く抉れていた傷口は見る間に小さくなり、塞がり、その上に新たな銀の体毛が生えていく。

 リーダーの顔半分についた大きな傷も癒され、潰れた左目が開かれる。リーダーの瞳はオッドアイで左右が金銀の色をしていた。まるで宝石のような美しさだ。


 時間にして一分もかからずに、傷ついた銀狼の群れは美しい毛並みを揃えた森の守護者本来の姿へ戻った。


<<やはり汝は貴き人だ。ハイエルフの癒し手でもこうはいかない>>


「知り合いのハイエルフに凄い魔法使いがいましてね。その人から教わりました」


 俺の魔法の師匠はとあるハイエルフの女性だ。色んな神の加護がなきゃ、その人には遠く及ばない。


<<我らが恩人イストよ。指示を請う>>


 そんな意志と共にリーダーは体を伏せて俺を見上げてきた。群れの銀狼達もそれに続く。今の回復魔法でかなり信頼してくれたらしい。

 

「恩人と呼ばれるのはまだ早いですよ。例のキメラを倒さないと」


 信頼は嬉しい。だが、喜ぶのは無事に事件が終わった後だ。

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