第7話「戦いの準備」
前世と今世の世界に違いは多いけれど、一番ともいえるのが魔法の存在だろう。
この世界の万物は魔力によって編まれている。大地に海に空に生き物、例外はない。そういう考え方が一般的で、実際にそうなっているらしいのがこの世界だ。
神々は魔力を自在に操り世界と生命を創造し、その様子を見守っている。世界の形は一応球形で星空もあるが、前世のように宇宙が広がっている保証はない。
二十二年間ここで生きて、色々と見てきた上で、俺はそう理解している。
この世界の人間にしても、見た目がホモ・サピエンスなだけで多分別物だ。鍛えると大剣一本で十メートル以上あるドラゴンを両断したり、崖から当たり前のように飛び降りたりするしな。
話を魔法に戻す。
魔法というのは要するに魔力を操る手法だ。もっというと神々からもたらされた知識だったり物まねしたものを発展させた学問である。
詠唱だったり身振りだったり絵や文字を使って色んな現象を起こせる。しかも色んな手法で自前の魔力を増やしたりもできる。まるで見えない筋肉だ。
それを俺はそれなりに上手く扱える。多分、世界で十指に入れるくらいまできてるはずだ。師匠が長生きしてるハイエルフなおかげで魔法の種類は多いし、神界に行ったおかげで魔力やら何やらが強化されているのである。
そんなわけで、俺はせっせとキメラを拘束するための魔法を準備していた。
追い込む場所は先ほど銀狼達がいた広場。聞いたところ、辺りで一番広いらしいのでここに決めた。
<<いくつの魔法を設置するのだ。イストよ>>
「設置用のマジックアイテムが十ほどありますんで、とりあえず全部ですね」
収納魔法からマジックアイテムを取り出しながら銀狼のリーダーに答える。
俺の前には簡素な台座の上に拳大の水晶が乗った、置物みたいなシンプルなマジックアイテムが十個ほど並んでいる。
これは好きな魔法を込めて、任意に起動できるマジックアイテムだ。今回のようにトラップに使うのに打って付けである。
「マジックチェーン、ライトニングチェーン、ブレードチェーン……」
水晶に指を向けて無詠唱で魔法を込める。水晶はぼんやり光り、無事に稼働していることを示した。込めているのは拘束系の魔法が殆どだ。縛ることとイメージが繋がりやすいからか、鎖の形をしたものが多い。
<<これで混沌の魔物を御せるのか>>
「マジックアイテムが耐えられる限界の魔力まで威力を高めています。全部かかれば大きめのドラゴンを拘束して、命まで奪えるくらいですよ。効果はあるはずです」
大丈夫と断言はできなかった。魔王のキメラは能力に幅がある。ただ、手持ちのマジックアイテムで罠を張るならこれが一番なのも事実だ。以前はもっと強力なマジックアイテムどころか、神具の類まで持ってたんだが、『魔王戦役』で全て使ってしまった。
「少なくとも、動きは止められます。その間にどうにかトドメを刺してみせますよ」
足下の大地から拘束する腕を作る魔法を込めつつ、俺は言う。
頑張れば銀の森を利用した魔法陣で大魔法を組めるんだが、時間が足りない。そういうのは土地の特性に会わせて陣を組まなきゃいけないので数ヶ月かかってしまうのだ。
<<本当に我らは囮になるだけで良いのか?>>
心配げな様子でリーダーが聞いてきた。キメラと戦い、その実力が身に染みた彼ならではの気遣いだ。実際に交戦してない俺が甘く見ていると思われても仕方ない。
「囮だけでも十分危険ですよ。補助魔法で強化しますので、助けて貰う場面があるかもしれません」
銀狼達の戦闘方法は接近戦だ。魔法で拘束して、魔法で攻撃する巻き込む恐れの方が強い。言葉にしたとおり、囮の誘導の段階で危険な役目なのもまた事実。
「魔法で倒しきれないと判断したら、この剣を使います。その時、また囮を頼むかも知れません」
マジックアイテムの準備が出来たので立ち上がり、収納魔法から一本の剣を取り出す。
飾り気のない無骨な柄、そこから伸びる白銀の刃。
見た目に面白みはないが、その刀身は僅かな陽光を浴びて鋭く光る。
<<ミスリルか>>
「ええ、とっておきです」
ミスリル。竜の鱗よりも堅く羽根のように軽い金属。この世界では神々がもたらした希少な資源であり、魔法との親和性が非常に高い。
俺の切り札はミスリルの剣に魔法を乗せて扱う魔法剣。幼少期、前世で読んだ漫画の真似をしたら偶然出来た上にやたら強かったので、技術として研鑽を重ねたものだ。
このミスリルの剣はドワーフの親友が伝手を使って用意してくれた品である。ちなみに三本ある。
「さて、罠を設置して装備を調えれば準備完了です。補助魔法をかけるんで誘導をお願いできますか?」
<<承知。奴は存外、近い。半日かからず連れてこよう>>
俺の頼みに、銀狼のリーダーは堂々と答えた。多分、人間だったらニヤリと笑っていたことだろう。
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