第5話「森の守護者」
銀の森の守護者。それが銀狼に対する人々の認識だ。
森の加護を受けた勇猛な獣。無益な殺生はせず迷い人を導くことすらある知恵ある存在。
こちらから何かしない限り危険の少ない相手だが、銀の森に仇なすと判断された瞬間、恐るべき死に神となる。
今回俺が受けた依頼は銀の森西端で目撃された銀狼の調査、できれば討伐だ。
依頼票の日付は二日前だった。俺に回ってくる依頼の大半は他の冒険者が諦めたものなので、日付が一月前なんてのがざらだ。それを考えると、いかに慌てて出された仕事なのかがよくわかる。
そもそも銀狼が住んでいるのは銀の森の中心付近でこの辺りにいるはずがないのだ。序盤のフィールドでラストダンジョンの敵が現れるくらいの違和感だ。
なんでこんなところに?
できたてのステーキを銀狼に差し出しながら、そんな素朴な疑問が脳裏をよぎる。
一応、少しは推察できる材料があった。
目の前の銀狼は傷ついていた。暗い森の中ですら輝く銀毛は陰り、足や背中の一部は肉が剥き出しになって、そこに痛々しい傷痕がある。
一番目を引くのは左目を巻き込んで顔を切断せんばかりに残る切り傷だ。
銀狼の体毛は並大抵の剣と魔法は通さない。その傷だけで彼がただならない存在と戦ったことを物語っていた。
広大な銀の森で最上位に近い存在の銀狼は個体数も少なく、縄張りが重なることはない。
強大な竜やそれに近い存在と遭遇しなければ、説明できない怪我だ。
<<貴き力を感じる。貴き者の使いの人間か>>
ステーキ片手に対峙すること数分、いきなり脳内に声が響いた。
低いが聞き取りやすい、良く通る渋い声音だ。
「いや、俺はそんな大層なものじゃないんですよ。ただ、一度神界に行った時に色んな神様の加護を受けたから、貴方の声が聞こえるんです」
ステーキをテーブルに置きつつ、そう答える。どうも、食べる気はなさそうだ。霜降りの方は冷めると油が固まりそうなんで、早く頂きたいんだがそうもいかない。
かつて神界に赴いた時、俺は沢山の神々から力を授かった。おかげで、銀狼のように言葉は使えなくても高い知能を有している獣となら、こうして脳内で会話をすることができる。
たしか、自然神の一柱が授けてくれた能力だ。
<<貴き力を持つ者は、意味なく我らの前に現れない>>
真っ直ぐに俺を見据えて意志を語る銀狼。俺の主観だと現れたのは銀狼なのだが指摘しなくていいだろう。彼らの気配を感じた場所でキャンプを決行したのは事実なのだから。
「俺は冒険者として、この地域に現れた銀狼の調査に来ました」
森の守護者たる銀狼は敬意を払うべき存在だ。それに体格的に目の前の個体は群れのリーダー。こういう時、俺はできるだけ敬語を使うようにしている。
<<この土地にとって我らの存在は脅威であろう>>
発言の意を汲んで納得した気配が返ってきた。自分達がこの場に不釣り合いな存在だとわかっているようだ。
「それです。銀の森で何が起きているか教えて欲しい。俺の受けた依頼は銀狼の討伐じゃなくて調査が主なんです。可能なら、その傷の原因を取り除きたいと思っています」
<<……我にもわからぬ。森の中に黒く巨大な魔の者が現れた。銀の森で生まれて二百年、初めて見る存在だ>>
「魔物。それはどのようなものです?」
銀狼が事情を話してくれそうなのに安心しつつ問いかける。
群れで戦えば強めの竜すら狩ることができる銀狼。それに痛手を与え、森の端まで追い払う力を持った魔物なんて聞いたことない。
<<大きさは熊、しかし爪と頭は竜。体に宿る力は得たいの知れぬ混沌>>
「……魔王の作ったキメラか」
情報は少ないが、可能性の一つに思い至る。『魔王戦役』で討伐された魔王は魔物を統率し、改造を加えて自らの軍としていた。
その中でも特に脅威だったのが魔王自らの魔力を込められたキメラだ。
見た目も大きさも混ざっている魔物も全てが違う一品ものの魔王の作品。それならば、銀の森の守護者の脅威になっても不思議じゃない。
<<貴き力の人間よ。汝ならば、混沌の魔物を打倒せしめるか? 奴は我らを追い、近くに居る。将来、森の外に出るであろう>>
俺が魔物の正体に見当をつけたことを察した銀狼が問いかけてくる。そうか、近くにいるのか。
銀狼と違って、魔王のキメラは破壊衝動の塊。話し合いの通じない存在だ。
しかも戦力としてはとんでもない化け物。放置して森の外に出たら、この辺り一帯が壊滅しかねない。
「多分、なんとかなります。このまま退治しちゃいましょう」
ここで起きているのは『魔王戦役』の続きだ。あの戦いの中心にいたものとして、何もしないわけにはいかない。
なにより、魔物一匹のせいで、俺の満ち足りた生活を破壊されては溜まらない。
椅子から立ち上がり、テントなどを収納魔法でどんどん片づけていく。ロケットストーブは水の魔法で消火。収納空間内は状態保存されるが、手入れはされない。本格的な片付けは帰ってからだ。
一通り片づけると、皿の上に乗ったステーキが残った。
「ところで肉、食べませんか? せっかくだし」
<<我は火の通った肉は好まぬ>>
悲しい返事が返ってきたので、銀狼にステーキを食べるのを見守られてから、俺達は森の更に奥へと出発した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます