半分錆びた昼間

春嵐

半分錆びた昼間

 生きてきたことに、あまり感慨が湧かなかった。錆びついてしまったような。そういう生き方。そういう記憶。


 昼間。


 公園のベンチ。


 自分ひとり。


 他に、誰かもうひとり、いたような気がする。でも、いない。


 太陽の光。まだ食べてないお昼ごはんのおにぎり。ぼうっとしている、自分。


 昨日の記憶が、ない。


 たぶん、今日のこの記憶も、なくなる。明日の記憶も。そうやって生きていく。どこにも知られず、誰にも分からずに。


「ここにいたの?」


 彼女。

 名前は、覚えていない。


「隣座るね」


 お昼ごはんのおにぎりを、どかす。


「ハンバーグ弁当」


 彼女が、わたしの膝にハンバーグ弁当を乗せる。まだ、温かい。たぶん手作り。


「おにぎりと交換ね」


 市販のおにぎりと、手作りのハンバーグ弁当。釣り合わないと思ったけど、反駁はんばくするだけの言葉を持ち合わせていないので、あきらめて、食べる。


 おいしい。


 記憶がなくても。

 何も分からなくても。

 ごはんは美味しい。

 それが、どうしようもなく、切なくなった。


「おお、よしよしよし」


 泣きはじめたのに気付いたのか、彼女がわたしをあやしはじめる。


「よしよしよしよし」


 犬とか猫にやるやつ。喉の下とか。


 わたしは。


 誰なんだろう。


 分からなかった。たぶん、これからも、ずっと、分からないまま。彼女にされるがまま。撫でられてる。


「錆びてる」


「ん?」


「錆びてるみたい。記憶が。錆びついて、がれなくなってる」


 無いなら無いで、最初から何もかも無ければよかったのに。記憶を失っているという自覚が、消えない。


「錆びてる」


 錆びついて、消えない。記憶が。


「どんまい」


 どんまい。その一言で片付けられた。


「さ。行こっか」


 どこへ。

 分からない。


 記憶がない。でも。

 どんまいで片付けられる。

 半分ぐらい、錆びついた昼間。


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半分錆びた昼間 春嵐 @aiot3110

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