3、沈む

 結露して天井に点々と付いた滴の数滴が、浴槽に溜まった血液の中へぴちょんと落ちる。一人目の女の子の血液を浴槽に入れてから3週間。既に浴槽の中は腰まで浸かれるほどの血液が溜まっていた。


 私は使い終えたペットボトルの中に水を入れる。ゴミの再利用だ。空っぽになったペットボトルでも、用途を変えれば使いようになる。それに比べて殺害してきた女の子の身体は、空っぽになってからの使い道は全くと言っていいほどなく、庭に埋めるのは大変な作業だった。浴槽の端の方に一本一本水の入ったペットボトルを沈めていく。赤黒い血液は、徐々に深度を増していく。だが想像より血液の量は少なかった。場合によってはあと一人か二人分追加しなければならない。だからと言って、今日この浴槽に浸かる予定に変更はないのだが。


 脱衣所で衣服を脱ぎ、シャワーで身体を清めた。頭の先から足の先まで、丁寧に汚れを落としていく。


 シャワーのお湯を止め、私は血液風呂の前に立つ。足の指先からゆっくりと、血液の中に体を沈める。思いのほか冷たくない。むしろ少し暖かいくらいだった。まるで私のために死んでいった彼女たちのぬくもりがまだ、この浴槽の中に残っているかのようだ。


 体中をぬるりとした感覚が這う。私の皮膚を通して、血液が体内へと侵入し、中から私を若返らせてくれている。そんな気がした。

 

 若返った私を見てミノルはどんな反応をしてくれるのだろうか。あの時のようにまた、私に告白をしてくれるだろうか。


 ずぬり


 ずぬり


 私は考える。私のために犠牲となった女の子たちのことを。


 ずぬり


 彼女らにも彼女らの人生があって、親がいて、友達がいて、恋人がいて。


 ずぬり


 でももうそんなことを気にしてはいられない。既に彼女らは……この中に……。


 ずぬり


 唐突にあまり深くないはずの浴槽が、底なし沼のように思えた。私の身体は徐々に血液の中へと吸い込まれていく。浴槽に溜まった血液が私を沈めようとしているようだ。


 ずぬり


 肩が沈み、首が沈み、顎が沈み、そして鼻も。頭頂まで完全に沈み込んだが、もがくことも許されなかった。私は身動き一つとれない状態で、血液の中へ。息が出来ない。気を失いそうだ。


 完全に沈んでからはぐいぐいと何かに引っ張られる感覚がした。無数の手が体中に絡みついて、私を道連れにしているようだった。浴槽からあがれない。もう水面が遠い。彼女らの怨念なのだろうか。私はまだ死ぬわけにはいかないのに。君らと違って私はまだ死んではならないのだ。若いうちに死ねた君らとは、私は違うのだ。

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