2、準備

 七年前までは私とて女子大生だった。同じサークルに所属していた私とミノルは一年生の時には既に付き合い始めていて、その関係は大学卒業後も続いていた。


「か……っは……、ぎぃ……が」


 もちろん当時は私の片思いなんかではなく相思相愛だった。ミノルから私に告白をし、私はそれを快く承諾したのだ。つまりミノルは若いころの私が好きだったのだ。


「ぎい、ぎ……ぐ……、が……」


 たった今、私は私の家の前を通った女子高生を家へと誘拐し、ドライヤーのコードで首を締め上げている。流血はまだ避けたい。私に必要なのは彼女の死体でも、彼女の命でもなく……


 ……彼女の血液なのだから。


「暴れないで……っ」


 そう言っても女子高生は私のいうことを聞いてくれない。若いというのは良いことだが、年上の人の言うことくらいはきちんと聞くべきだ。私は君よりも十歳以上も年上なのだ。


「……か……っ、かか……」


「そう、その調子よ。落ち着いて……ほら、足動かさない」


「……く………」


 女子高生の動きが止まった。暴れまわる女子高生の肘や膝の攻撃からやっと解放され、両手に握りしめていたドライヤーのコードを緩める。その瞬間だった。スカートから伸びる女子高生のすらっとした若々しい足がビクリと動いた。それに気づいて再びコードを握った時にはもう遅かった。


「かはっ、はぁはぁ」


 女子高生は死んでいなかった。死んだふりをしていたようだ。私の腹を蹴り上げて女子高生は部屋の出口へと走り出す。私は腹の痛みを我慢しながら、女子高生の背中を突き飛ばす。


「ケホッ……はぁ……たすけ……っみ」


 女子高生はか細い声で助けを呼ぼうとするが、ついさっきまで喉が締め付けられていたせいでうまく声が出せないようだった。


「……ごめんなさいね」


 私は床に倒れた彼女の上に乗り、持っていたドライヤーで彼女の後頭部を思い切り殴った。ドライヤーが破損し、部品の数々が宙を舞う。絞殺は諦めて私は彼女のことを何度も殴りつける。何度も。何度も。破損したドライヤーの欠けて尖った部分が彼女の後頭部にザクザクと突き刺さる。


 彼女が動かなくなったところで、私は彼女を引きずって風呂場まで運んだ。頭部からは止めどなく血液が流れている。私は彼女を浴槽の中へと投げ込み、栓を閉じ、頭部から流れる血液を浴槽の中へと溜めた。足を持って、頭部を下にして、左右に振って、搾り取るように。浴槽は真っ赤に染まっていく。


 まだだ。まだ足りない。彼女一人分の血液では、この浴槽をいっぱいにすることはできない。


 私の目的は、この浴槽を若い女の子の血液で満たすことだった。


「エリゼベート・バートリって知ってる?」


 私は女子高生の死体に声をかける。当たり前だが返事はない。浴槽に溜まった僅かな血液を人差し指でなぞる。指先に付着した血液を自分の腕に塗ると、塗った部分の皮膚が綺麗になっていた。若々しい。これはまさに女子高生の肌だった。


「……すごい」


 思わず声に出る。どんな化粧水を持ってしても時間の流れには逆らえない。でもこれだけは別なのだ。若い女の子の血液は、私を若返らせてくれる。だから私はこの浴槽を若い女の子の血液で満たして、身体全身を浸からせたいのだ。そうすれば私は全身をくまなく若返らせることができる。ミノルも若返った私を見れば、きっとあの時のように私を好きになってくれるにちがいない。


 女子高生の身体から血液が流れなくなった。空っぽになった女子高生の身体にはもう用はない。ゴミは捨てられる運命、それに従って私は彼女の空っぽの身体を捨てる。青いビニールシートに包んで、あらかじめ掘っておいた庭先の穴に彼女を投げ捨てる。本来ならゴミは燃えるゴミか燃えないゴミかに分別し、地域で定められた曜日の指定された場所に出しに行かなければならない。ただ女子高生は燃えるゴミなのか燃えないゴミなのか、私には判断することが出来なかった。だから私は彼女を自分の庭に埋めることにしたのだ。


 少なくともあと九人。九人分の血液が欲しい。今の量では足湯にすらならない。水を入れたペットボトルを浴槽の中に入れ、少しかさを増す予定ではいるが、それでもあと九人は必要だ。私はもう既にその九人を誰にするか決めている。ただ若い女の子の血液よりも、綺麗でかわいい女の子の血液の方が効果があるのではないかと私は考え、自分が今まで歩んできた人生でそれらに当てはまる女の子を選定した。さっきの女子高生は、学生時代にミノルがよく通っていた喫茶店で、最近よく見かける女の子だった。喫茶店に向かう際、その女の子は毎日私の家の前を通って行く。とても可愛らしく、それでいて人間関係も良好らしい。だからまず最初は彼女の血液を採取することにしたのだ。


 あと九人。だが勘違いしてはいけない。九人の血液を採取し、浴槽に溜めることがゴールではない。十人の女の子を殺害することは、単なるプロセスでしかない。その血液に浸かり、若返り、ミノルとよりを戻す。これでゴールなのだ。


 浴槽の中の血液が凝固しないよう、抗凝固剤なるものをいくらか浴槽に混ぜ、私は次の女の子を誘拐する準備を始めた。


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