第32話 あえて突き放す

 とりあえず出店で唐揚げを買ってみた。

 俺が唐揚げを買わないと穂花ほのかはむしろいぶかしがるだろう。余計なところでは穂花に心配をかけたくない。だから前と同じ時間を繰り返す。


「やっぱりたかくんは唐揚げなんだね」

「まぁ唐揚げ好きだからな」


 唐揚げは好きだ。三食全部唐揚げでもいいくらい唐揚げが好きだ。

 二人で校舎の前に適当に座って、今は唐揚げをほおばっている。

 だけど今は唐揚げの味なんてわからなかった。これからの自分の行動によって穂花が救われるかどうか決まるのだと思うと、味わう余裕なんてなかった。


 ただひりひりと絡みつくような喉を癒やそうと、一緒に買ったスポーツドリンクを口を運ぶ。

 穂花はそんな俺を隣で見ながらも、楽しそうな笑顔を向けていて、一緒に回る文化祭を楽しんでいてくれるようだった。


 だけど俺はこれから穂花に思ってもいない事をわざと告げなければならない。そうしなければ穂花はオーディションを受けてしまう。

 それを止めるために相談にのって、わざと答えを変えなければならない。


 この時点で穂花がどのくらいオーディションに出ようと考えていたのかはわからない。だけどたぶん穂花はもうほとんど今回は参加しようと思っていたはずだ。俺が押したのは最後の一押しにすぎないと思う。


 そこから穂花に翻意させるためには、俺はあえて穂花を傷つけたりする必要があるのかもしれない。どう言えば穂花が思い直すのかもわからない。


 穂花の悩みをきくべきなのか、きかざるべきなのかとも思ったけれど、たぶん穂花は俺に悩みをきいてもらおうと思って、文化祭を一緒に回る約束をしたんだと思う。最後の後押しをしてもらおうと無意識にでも考えていたはずだ。

 だけどたぶん最後の後押しでしかないから、俺が何もしない場合にはオーディションに出てしまうかもしれない。

 それを思えば悩みをきいて、そしてその上で壊さなければならないんだろう。


 二人が近づいた瞬間をなかったことにして、そして穂花の想いをどこかに置き去りにしなければならないんだろう。

 それを思うと胸の奥が痛んだ。


「なぁ、穂花。何か悩んでいる事があるのか」


 俺の急な言葉に驚いたのか、穂花は大きく目を開いていた。

 ぱちぱちとまばたきをして、それから少し深めに息を吐き出す。


「たかくんはいつもよく気がつくね」


 そんな言葉を漏らす。ずっとみているからな、とあの時と同じ事を思う。

 だけどあの時とは少し意味が異なっていた。


「うん、まぁ、ちょっとね」


 少しためらいがちにいう穂花だったが、少しだけこちらへと視線を向けてくる。


「俺でいいなら聴くぞ」

「ありがとう、たかくん。じゃあきいてもらおうかな」


 穂花はどこか照れた様子で俺の顔を上目使いで見つめていた。

 それから大きく息を吸い込んで、何か気持ちを落ち着かせようとしているみたいだった。


「私ね。ずっと内緒にしていたけど、どうしても叶えたい夢があるんだ」


 穂花は静かな声で話し始める。

 穂花が話す内容はもうわかっている。

 本当はそれを応援してあげたかった。だけどそうしたら穂花は事故にあってしまう。そんな運命を避けるためには、穂花を傷つけてでも止めなければならない。


「笑わないで聴いてね。私ね。役者になりたいの」


 笑わない。笑えなかった。

 その夢を壊さなければならないから。少なくとも穂花を遠回りさせなればいけなかった。


「あ、すぐ緊張してかちこちになるくせして、何を言ってるんだとか思ったでしょ」

「まぁ、穂花は緊張する癖はあるよな」


 あの時とは少し違う答えを返す。だけどそれは想定のうちだったのか、穂花は俺に向けて軽やかな笑みを浮かべていた。


「そうだね。私も何言ってるんだろうなぁって思うもん。でもね。昔ね。両親に連れられてお芝居をみたことがあって、その時すっごく感動して。私もあんな風になりたいなぁなんて思って。でも、たかくんも知っての通り、私ああいうときすごく緊張するでしょ。だからさ、役者になるのは無理かなぁなんて思ってて。でもせめて学校の演劇部に入って少しでもそういうのできたらなぁなんて思っていたんだけど。この学校には演劇部はないって知って本当に落ち込んだよ」


 穂花は一人話し続ける。俺はそれを大人しくただ聴いていた。

 このあとに何といえばいいかを考えながら。


「でも文化祭で劇する事になって、それで憧れていた舞台に立つ事もできて。それがすごく楽しかった。やっぱり本番前にすごく緊張しちゃって……どうしたらいいんだろうって、すごく怖くなって。でもたかくんが、あの時後押ししてくれたでしょ。そしたら何だかすーっと楽になって。なんとか乗り越えられちゃった。たかくんのおかげだよ」

「ま、何もしてないけどな」

「人類滅亡ボタン押す訳じゃないもんね」


 あの時の冗談を穂花が繰り返す。俺が少し答えを変えたから、穂花の台詞も変わったのだろう。


「でもそんな風に軽く話してくれるから、いつもより緊張が少なくて、なんとか演技も出来たの。だからたかくんに私はいつも助けてもらっていたかなぁ」


 いったあと立ち上がり、それから大きく背を伸ばす。

 俺に背を向けたまま、穂花は静かな声でまた話を続けていた。

 校舎の向こう側からもう暮れようとしている夕焼けの光が差し込んでくる。どこか遠い場所にいるかのように、穂花の姿が影のように映る。


「こんどね、舞台のオーディションがあるの。応募だけはしていたんだけど、でも怖くて。私なんかが受けにいっていいのかなって。まともに演劇なんてしたこともなくて、特に取り柄がある訳でもない私がおこがましいんじゃないかなって」


 顔を少しだけうつむかせながら告げる。

 ここだ。ここで突き放すんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る