第17話 何でも協力するから

「お兄ちゃん、何にやけてるの。気持ちわるいよ」


 部屋に入ってくるなり結依ゆいは辛辣な言葉を投げかけてきていた。

 いや兄に対して容赦ない言葉だな。いや兄に対してだから容赦ないのか。心の中で自問するものの、特に答えは出ない。まぁ出すつもりもあまりない。


「まぁ、その様子ならほのねえと仲良く過ごせたみたいだね。ボクが後押しする必要もなかったか」


 結依は言いながらベッドの上に勝手に腰掛けている。


「いちおう勉強しているんだがな、これでも」


 机の前に座っていた俺は、倚子を回して結依の方へと向き直る。

 どうしてこいつはこう可愛げが無いのか。穂花を少し見習った方がいいんじゃないか。

 いや、まぁそうはいっても実際のところは可愛いと思うんだけどな。うん、まぁ結依も可愛い。穂花とは違う感じだけど、結依は結依で大切な妹ではある。


「エンピツはずっと止まっていたようでしたけどー」


 どうやら部屋に入る前はしばらく俺の事を観察していたらしい。実際勉強なんてしていなかったから、ばればれだったのだろう。


「で、どうだったの。告白した? ほの姉からオッケーもらった?」


 結依は興味津々といった感じで俺の方へと詰め寄ってくる。

 穂花ほのかとの事はやはり気になるのだろう。どんだけ穂花が好きなんだ、こいつは。まぁ憧れの先輩という事なんだろうけれど、それにしても度が過ぎている。


 とはいえ俺も穂花にべた惚れしているわけだから、この兄にしてこの妹ありという事なのかもしれないが、俺と結依では好きの方向性が違うだろう。


「いやしてないぞ」


 そもそも告白するという考えすら正直なかった。途中思わず口にしてしまいそうになったが、文化祭で告白しようと考えていた訳でもなかった。雰囲気に流されそうになっただけだ。


 正直いまは穂花と一緒にいられた事に浮かれていただけだった。二人で後夜祭まで一緒にいる関係はやっぱりかなり近しい関係である事がほとんどだ。つまりそれだけ距離が縮まっていたということになる。


 そして告白といえば、後夜祭の場で穂花が告げようとした台詞。あれは本当に穂花から告白しようとしていたのだろうか。まぁ振り返って思えば、勝手に雰囲気でそういう風に感じていただけで、実際はたいした話ではなかったような気もする。穂花の態度をみている限りは、も少なからず好意は持ってくれているはずだけど、恋愛感情にまでは至っていないと思う。


「へたれ。お兄ちゃんのへたれ」


 しかし結依は辛辣になじってくる。


「文化祭で一緒にみてまわって、しかも後夜祭まで一緒にいておいて、告白の一つも出来ないとか。我が兄ながら、へたれすぎでしょ。あーもー、ボクがもっとサポートするべきだったのかなぁ」


 深々と息を吐き出していた。そのあと「あきれて物も言えない」と続けていたが、すでに十分物言っていると思うんだが。

 そもそも結依の頭の中には穂花の方から俺に告白するという考えはないらしい。

 いちおうそれっぽいのはあったんだけどな。まぁ勘違いだったら嫌だから言わないでおく。というかたぶん勘違いなんだろうけど。でももしも穂花がそう思っていてくれたなら、俺にとっては何よりも嬉しい事だ。自然とまた笑みがこぼれてくる。


「へたれってなじられたのに喜んでる」


 結依がジト目でにらみつけてきていた。どうやらあんまり話を聴いていないと思われたらしい。

 それでも口元がゆがむのはとめられない。とうとう我が春が近づいてきたのだ。今の季節は秋だけどさ。


「お兄ちゃん、なんか気持ち悪い。さてはほの姉と何かあったな?」


 するどい。相変わらず結依はするどい。いやもしかしたら俺が態度に出すぎなのかもしれないけれど、穂花との事はすぐに見破られていた。


「い、いや。一緒に過ごせた事が嬉しかっただけだぞ」


 互いの告白未遂の事は言わずにおこう。変な勘違いをされて、穂花にライムとかいれられても困るしな。


「ま、いいか。それでもお兄ちゃんにしてみたら、進んだ方か。もう。ちゃんとほのねえと関係進めて、将来結婚してくれなきゃ、家族になれないんだからね。あー、もうボクが男だったら直接何とかするのに」


 ぶつぶつと文句を告げていた。それにしても結依は穂花を好きすぎだと思う。実は結依はあれか。百合か、百合なのか。


 うん。これはなかなか良い組み合わせだ。穂花はもちろん綺麗だけど、結依も見るだけならかなり可愛い。二人の組み合わせはけっこう似合う。いい感じだ。理想のカップルかもしれない。見ている分にはかなりいける。


 ただまぁその場合俺の入る隙間が無いからダメだな。


 内心でろくでもない事を考えていたが、その事は結依にはばれていなかったようだ。まぁ実際結依の好きは恋愛感情の好きのようには見えないし、とにかく穂花と話すのが楽しくてしょうがないという感じだ。そういう関係になりたいという気持ちはないのだろう。


 結依は立ち上がり背を向ける。


「何かあったらボクにも教えてね。ボク、何でも協力するから」


 結依は俺の内心になど気がつかずにひらひらと手を振りながら部屋を後にしていた。

 とりあえず穂花との関係がどこまで進んだかを探りに来たのだろう。大きな進展はないと知って、残念がっているようだ。


『ゆいはたかしとほのかの関係が気になるのね。まぁ私も気になるから同じようなものかな』


 どこからか再び姿を現していたフェルが、机の上の電動えんぴつけずりの上に腰掛けていた。


 フェルは姿が見えない時でもだいたい俺のそばにいるようだが、俺が見られたくない時には姿を消していてくれるようだった。さすがにトイレや風呂は一人で入りたいし、一人の時間が欲しいと思った時には察して姿を消してくれる。その辺はさすがに長年の相棒といった感じで、あうんの呼吸が通じていた。本当に助かる。


 ときどき余計な事を言うこともあったが、フェルの話はだいたい的を射ている。さすが時間を操れる妖精というだけはある。


『でも今日は穂花といい感じだったじゃない。このままいけば二人は本当に付き合いだしたりするんじゃない』


 フェルはエンピツけずりの上でぱたぱたと足を振るいながら、なにやら楽しんでいるようだった。

 俺が穂花の事を好きなのは当然フェルは知っている。そしてフェルが陰ながら応援してくれているのも知っている。

 面白がっているところがあるのも知っているが、まぁそれはそれだ。味方は一人でも多いに越した事はない。


「そうなればいいけど油断はならないな」


 おそらくはライバルは多い。ましてや舞台デビューなんてしようものなら、穂花が一気に知れ渡ってしまう。そうしたら穂花の周りには今までの学校の人間だけでなくて、余計に人がよってきてしまうだろう。


 もしかしたら本当に穂花は遠い場所にいってしまうかもしれない。だからその前に少しでも近づいておきたい。穂花が華やかな場所に行ってしまったとしても、忘れずにいてくれるように。


 ゆっくりではあるけれど今日の事で一歩進んだとは思う。穂花との関係が近づいている。

 正しい道を進んでいる。そう思えた。

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