第64話 まだカノンナックルは唸りをあげない
「ということで、パワーアップしちゃいました!」
「エクセレンはいつもパワーアップしとるのう」
全く動じた風もないディアボラである。
こいつは何気に大物なのではあるまいか。
「パワーアップって、その地面に転がしてある石の手袋なのか? 見せてもらってもいい?」
ウインドが興味を示したぞ。
エクセレンはもちろん許可を出す。
「どれどれ……。手を差し込むところは封がされているな。エクセレン以外は受け入れないわけか。石造りだが重さは思ったほどではない……。魔力が掛かっているのだろうか? 関節が動く。凄く精巧な作りだ……」
ぶつぶつ呟いている。
ポケットから何か粉を取り出して、カノンナックルにパラパラふりかけた。
『アチチ』
カノンナックルが熱がってジタバタしているじゃないか。
「ミスリルの粉末に反応した。間違いなく魔力を纏った手袋だな。それも凄まじい力を秘めている」
粉が掛かったところがキラキラ輝いている。
「ほえー、そんなのが分かるんですねえ! カノンナックルはこれからお世話になりそうです!」
「うむ、エクセレンの攻撃手段が増えたのはいいことだな。拙者らはな、代筆の仕事をしてきた」
「ほう、代筆の」
意外。
知的な仕事である。
ウインドはアルケミストだし、それができても不思議はないか。
橋の王国は文字が読めない者が多い。この気候に憧れて、後先考えずに移住してきてしまう、勢い任せの人間が多いためらしい。
そして、この橋を通ってサウザームとノウザームを行き交う荷馬車は多い。
商品を記録したり、帳簿をつけたり、文字を使った仕事は幾らでもあるのだ。
「それなりに稼げたぞ。二人がかりで取りかかれば作業も進むからな」
「ウインドが存外に筆達者でな」
「外の世界の文字は独学だが身に付けていたからな」
知的な二人らしい金稼ぎというわけだ。
そしてディアボラ。
「わしか? わしはな、近所の子どもと仲良くなって来たのじゃー。色々情報を集めて来たのじゃ」
「そうか。ディアボラは見た目だけなら子どもだからなあ」
「はっはっは!」
ディアボラが集めてきた情報というのは、こうだ。
最近、橋の外から仕入れられる食材の質が落ちている。
量も少なくなって、値段も上がっている。
「魔王絡みですかね」
「魔王絡みだろうなあ」
「魔王絡みであろうな」
「魔王絡みでそんなにみんな困ってるのか……」
ウインドは外の世界に出て初めて知っただろうな。
森の中は自給自足だもんな。
「一刻も早く、魔王をなんとかしないとですねー!」
使命感に燃えるエクセレンなのだった。
こうして橋の王国での初日を終えた俺たち。
飯を食い、酒を飲み、大いにくつろいだのである。
夜は、男三人で海を眺めながら一杯やる。
隣からは、ディアボラのいびきが聞こえてきた。
エクセレンは基本的にいびきをかかないからな。
「ふふふ」
「むっ!!」
「むおっ!」
ジュウザが驚き、ウインドが含んでいた茶を吹き出した。
「やっぱりな」
俺は笑いながら、エールのジョッキを傾ける。
女子部屋からベランダの敷居を乗り越えて、エクセレンがこっちにやって来たのだ。
「ディアボラがすぐ寝ちゃったけど、ボクまだまだ眠くないので遊びに来ちゃいました」
「全く気配を感じなかった」
ジュウザがショックを受けているな。
気を抜いてリラックスしてたんだから仕方ない。
それに、エクセレンも徐々に腕を上げている。ジュウザに勘付かれないようになってきたというのなら、それは大した成長じゃないか。
お嬢さん一人を交えて、海を眺めながらだらだら喋るのだ。
まあ、エクセレンがいないと俺たち三人はそこまで喋らない。
無言でも退屈しない性質の男三名だからな。
喋り疲れたエクセレンが大あくびをして、俺のベッドに飛び込んで寝始めた。
俺たちもそろそろ寝るかという話になり……。
「俺はどこで寝ればいいんだ?」
「エクセレンと一緒に寝ればよかろう」
「ああ。お前たちは一番最初から組んでいた仲間だろう。彼女もお前を信頼している。ともにベッドで寝るがいい」
「そうかあー……」
俺とエクセレンを、親子だとでも思ってるんじゃないだろうな?
ということで、彼女をちょっと脇に寄せて、俺も窮屈な中で寝ることにしたのであった。
翌朝、エクセレンがいないぞと部屋に飛び込んできたディアボラが、俺のベッドを見て「ははーん!」と訳知り顔になった。
「そういうことか! わしは完全に理解したのじゃ!!」
「待て。何を理解したんだ」
「皆まで言わぬで良いのじゃー! はっはっは、めでたいのじゃー」
「あれは何も理解してない顔であるな」
「千年生きてても洞察力は特に関係がないんだな」
「お前らなあ! わしが聞こえてないと思って好き勝手言ってるのじゃー!?」
賑やかな目覚めを向かえた後、朝食を終えて本日の仕事を探しに外へ繰り出したのだが……。
「どうも! ブリッジスタン王国の騎士、チャリンカスと言います」
作業着の男が俺たちを呼び止めたのである。
「……騎士?」
「はい、騎士です! この国、働かざるものは食えない国ですからね。騎士と言えど副業を持っていて、職業斡旋所に通っているんですよ」
「世知辛いなあ」
俺は彼の苦労を想像した。
「そんな世知辛い騎士がどうしたんだ」
「我が国の漁業を妨害するモンスターを手懐けたと聞きまして、国王陛下がお会いになりたいと」
どうやら王国が、向こうから接触してきたようなのだった。
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