第2話 彼女が言うには魔王が現れるそうだ
「魔王が降臨するんです。多分、今年中に」
「ほう、魔王か」
俺と、この娘エクセレンは近くにあった国の酒場にいた。
ミルクの入った陶製ジョッキを握りしめて、エクセレンは深刻な表情をしている。
俺はというと、エールの入った陶製ジョッキをつまんで、彼女の語りに耳を傾けているのだ。
魔王と言えば。
御伽話である。
何百年か、何千年か前にこの世界に現れて、勇者なるものが現れ、これを退治したとか。
あらゆる魔法を使いこなし、人心をたぶらかし、天地に異変を起こし、世界は闇に包まれるところだったという。
今ある冒険者システムなんてのは、この魔王が現れたことへの教訓から整えられた……なんて話があるらしい。
何しろ当時の人間なんざ、一人も生き残っちゃいない。
だから、御伽話になる。
「ボク、実は神様から言われたんです。魔王に備えろって。仲間を集めろって。だけど、誰もボクの話をまともに聞いてくれなくって。ううう……それで一人で鍛えようと思って外に出たら」
「ははあ、角うさぎにやられそうになったか」
事情は察した。
「剣は振ってたんですけど自己流で」
「なるほどなあ」
「魔法も自己流で覚えたんですけど」
「なるほどなあ……ってそりゃ凄いな。魔法なんか才能がないと使えないだろ」
「神様が一通り力を与えてくれたんです。今は小さな灯火だけど、これから大きく育っていけば、やがて魔王をも焼き尽くす業火になるだろうって」
「ほうほう。俺は神様の言葉なんざ聞いたことがないが、それが本当ならすげえ話だな。よし。では俺はお前さんの最初の仲間になろう」
「は、はい!?」
エクセレンがきょとんとした。
「もしかして、いやか?」
俺はしょぼんとした。
俺はタンクである。
タンクであるからには守る対象がいなければならない。
エクセレンは未熟で、まだまだ我が身を守れるほどの力を身に着けていない。
タンクが必要だと思ったんだけどなあ。
「い、いえっ!! お願いします! でもいいんですか、こんな、魔王なんてとんでもない話を信じちゃって。ボクが言うのもなんですけど」
「別に信じてはいないけどな。だけど、現実的にお前さんにはタンクが必要だ。俺とお前さんの二人組でコツコツやっていけば、お前さんは安心して勇者としての技量を高められるだろう。俺もタンクができてウィンウィンだ。素晴らしい関係だと思わんか」
「言われてみれば……。マイティさんも得をするならいいですよね!」
「おう! あと、さん付けはやめろエクセレン。仲間だろ」
「あ、は、はい! マイティ!」
「よし!」
こうして、俺とエクセレンはパーティになった。
彼女はとても物分りがいい。
助かる。
俺もタンクという自己アイデンティティを確立できてご機嫌だった。
早速、酒場に出張してきている冒険者ギルドのカウンターで登録する。
『パーティ名を登録して下さい』
出張コーナーの光る文字盤が告げた。
俺は少し考える。
「ええと……エクセレンスマイティで」
『登録しました』
「ボ、ボクの名前が前に出るんですか!?」
「だってお前さん勇者だろ。それにタンクは戦場で前に出るもんで、こう言うときは後ろに控えてるもんだ」
「マイティさんの方がベテランじゃないですか」
「そうだけどよ」
「じゃあその、マイティ、ちょっとだけわがまま言っていいですか」
「なんだ?」
「悪いやつを退治する依頼を受けたいんですけど……!」
おっ、エクセレンがうずうずしている。
「いいぞ!! ちょっと背伸びした依頼もいいぞ!」
俺はサムズアップして応えた。
冒険者ギルドのシステムは、冒険者たちの強さをよく分からない方法で算出する。
個人なら個人の強さ、パーティなら平均的な強さで算出され、それに見合った依頼が受けられるわけだ。
「ええと、ボクたちの強さは……えっ!? Dランク!? つよい……。ボクだけだとGランクなのに」
「俺はタンク専門なのであまり強さ評価が高くないんだ。済まんな……」
どうやら国宝級の、能力鑑定ボードとやらを使えば、その冒険者の強さも判定できるらしいのだが。
「いいんですよ! やった! これで薬草採取とか猫探し以外が受けられる……」
そうかあ。
薬草採取と猫探しじゃ、自分を鍛えられないもんな。
冒険者ギルドのシステム、冒険者を生き残りやすくするためにできているのはいいが、弱いやつはいつまでも強くなれないような、安全な依頼しか受けられないという致命的欠陥があるのだ。
その弱いやつが凄い才能を秘めてたらどうするんだ。
「それはあ、この依頼を受けたいんですけど……。これ」
「ほう、ゴブリン退治か。いいんじゃないか。だが、ゴブリン退治は普通はEとかFランクのはずだ。なんでDランクなんだ……?」
「ゴブリンシャーマンが出るそうです! 楽しみですね!」
「なるほどな! そりゃあどんな攻撃をしてくるのか楽しみだな!」
こうして俺たち、エクセレンスマイティは新しい仕事を受けることにしたのだった。
まだまだ二人だから、受けられる仕事の種類には限りがある。
だが、俺は守るべき対象を見つけ、エクセレンは俺というタンクを得た。
既に怖いものはあるまい。
英気を養うべく、俺とエクセレンはエールとミルクのジョッキで乾杯するのだった。
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