第5話


最後の魔導列車が到着して、新入生たちは先に到着していた新入生や先輩たちが初めて学園に到着したときと同じ反応を見せる。

ぽかーんと口を開けてを見上げているのだ。

エントランスホールは優に30メートルはあるであろう高さにある天井から吊り下がったシャンデリア。

その隙間から見える天井に広がる星空は、事前に配られた学園案内では実際の夜空を映し出しているという。

シャンデリアが星の輝きのようにきらめき、遠くからでは星かシャンデリアか判断がつかない。


パンパーンッ


手を叩いた音がこの広いエントランスホールに高らかに響き渡った。

天井に圧倒されていた新入生たちは先に到着していた新入生から視線を向けられていたことに気付き、顔を赤らめて同級生となる人たちの後ろについた。


「これで新入生全員揃いましたね」


3段の階段上に立つ女性は周囲を見回すとよく通る声で話し始めた。

銀色の生地の裾には、縁取りに黄緑の糸で唐草模様の刺繍が入ったマントを纏っている。


「皆さん入学おめでとう。私はヴェロニカ、このアナキントス学園の副学長です。これよりあなたたちは男女分かれてテーブルについてもらいます」

「えー? 男女混合ではないのですかー?」


最後尾から巫山戯ふざけた声があがる。

一斉に目が向けられて、声の主の両隣に立つ少年少女が慌て出す。


「あなたはバグマン、でよかったかしら?」

「よかったですよー」


副校長と名乗ったヴェロニカに対し嘲りを含んだ返事をする少年バグマン。

その名前を聞いた新入生たちにどよめきが起きる。

彼の名を知らぬ者はいない。

いまはが居座る暗黒の時代。

これまでも800年から1,000年の周期で一度現れる魔王、それが今回500年で現れた。

【災厄の一年】は、周期から外れて現れた魔王に果敢にも立ち向かっていった魔術師たちとの攻防戦と、現れた勇者によって魔王を封じるまでの1年を指す。

その1年の間にたくさんの魔術師たちが亡くなり、アリシアの両親のように生死不明になっている。

新入生の中にも両親や祖父母、親族で戦いに赴いて戻っていないという子は多い。


その中でもバグマンという少年は有名で、彼の両親が戦争を止めた勇者なのだ。

孤児となったバグマンは叔父家族に引き取られた。

ただ単に「【勇者の子】を孤児院に入れることはできない」との理由で押し付けられたともいう。

叔父には2年前に第一子となる息子が生まれていた。

これから明るい未来がもたらされるという幸福の中、国から使者が現れて押しつけられたのだ。

ただ叔父という理由で。

ただ勇者の両親にあたる祖父母が断ったという理由で。

ただ姉や妹が未婚のため子供を預けるのは忍びないとの理由で。


「ちょうど子供もいることだし、兄がいると思えばいい」


そう言って【勇者の子】を押し付けて帰った使者は王妃のいかりを買い、いまも八つ裂きにされては回復するという地獄を味わっているという。

国は叔父一家の代わりに世話をさせるためメイドたちを送り、叔父の家の物置き小屋で腫れ物のように育てられてきた。

別に閉じ込められてはおらず、裏口から出かけるのも自由。

国から生活費は与えられているため、その一部を小遣いとして使うのも自由。

ただし、庭や叔父の家、もちろん叔父一家との接触は一切禁じられているが、それはバグマン自身に理由がある。


「誰もが知っているとおり、俺の両親は災厄を止めた勇者だ」


そう、この性格が問題なのだ。

いままでならそれで誰もがバグマンに従いはしないが注意もしてこなかった。

現にいまも新入生たちは不快な表情を見せるものの反論しようとはせず、視線をそらしていた。


「だから、何だというの? あの災厄で親や家族を亡くした人は多いわ。それとも両親が犠牲になったら周りから大切にされて当然? だったら私も大切にしなさい。私だって両親が帰ってきていないわ。それに何を勘違いしているの? 勇者はあなたではなくてご両親よ。あなた自身は勇者でもなんでもないわ」


そう声をあげたのは、扉の前に立つ少女……アリシア・ブランシュだった。

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