第6話


彼女も魔術師たちの中では有名人だ。

帰らぬ両親を思い、それでも人前では泣かず。

学園の教師2人を師と仰ぎ、今では父親の店で仮店主としてトップクラスの薬を販売している。

【災厄の一年】の後、あまりにも両極端なこの2人の生き様。

生徒たちがどちらを支持するか、火を見るよりも明らかだった。

バグマンの周りから生徒は離れ、アリシアの周りに生徒たちが集まる。

そして生徒たちの目はバグマンに対して明らかな拒否反応を見せている。


その目にバグマンの全身が震える。

バグマンの叔父一家が、数回遠目から見ただけの祖父母や伯母や叔母たちが自分に浴びせる冷たい目。

自分を育てたメイドたちの、自分に向ける冷たい態度。

外を出歩いたときには人々に露骨に避けられ、店に入ると店主が突き刺さるような視線を送る。

バグマンが店に入ると、それまで楽しそうに買い物をしていた客がカゴをその場に置いて慌てて店内から逃げ出すからだ。


「俺は【勇者の子】だ! 偉そうに俺に指図するなああああ!!! 這いつくばって俺様に許しをええええええ!!!」

「キャアアアアアアアア!!!」

「うわああああああああ!!!」


バグマンが感情と共に魔法を放とうとする。

標的とされたアリシアの周りに集まった生徒たちは悲鳴をあげてしゃがみ込む。

しかし、魔法それが放たれることはなかった。

アリシアの契約獣となった黒豹が生徒たちの前に現れると、咆哮だけでバグマンの魔法を霧散させた。

生徒たちと黒豹の前には透明な膜が現れて生徒たちを守っている。

こちらはヴェロニカが伸ばした杖から現れた防御魔法だ。


「アリシア、黒豹。ありがとうございます」


ヴェロニカの言葉に、隣に戻って擦り寄る黒豹の頭を撫でているアリシアが「みんなを助けてくれてありがとう、お疲れ様」と声をかけて笑顔で首に抱きつく。

黒豹はアリシアにスリスリと甘えた後、青白い粒子を少し残して姿を隠す。

バグマンは自身の魔力を一気に使ったことで魔力酔いを引き起こしたのか、目を回して泡を吹いて倒れている。


「そのまま動かさないで、近付かないでください。彼は魔力酔いを起こしています。あとはヴェラドに任せます」


ヴェロニカの言葉にざわりとする。

それはバグマンのことではない。

ある有名な一族の名が出たからだ。


「ヴェラドって有名な吸血鬼一族のことだろ?」

「ああ、血液や魔力に関する知識が高くて各国の王城で働いているって聞いたけど。すっげーな、アナキントス学園って王城と同じ待遇なんだぜ」


ヴェラドと呼ばれる一族は確かに吸血鬼ではある。

しかしそれは種族であって忌避されることはない。

なにより血液や魔力に関する知識がどの種族よりも高く、魔力酔いの治療では第一人者でもある。


「さあ、皆さん入場です。男女1列に並んで」


さささっと男女が分かれて1列に並んでいく。

パアンッパンッパアンッと観音開きの扉が開くと同時に鳴り響くクラッカー。

天井近くでは様々な花火が花開き、新入生の入学を歓迎している。

中央に開かれた通路を、ヴェロニカを先頭に歩いていく新入生に生徒たちが拍手で祝う。


「アリシア!」

「アリシア、入学おめでとう!」


先輩たちがアリシアの姿に気付いて祝福の言葉を贈る。

【くすりやさん】で見知っている彼ら彼女らは、特に傷薬のお得意さんだ。

アリシアが入学すると知って慌てて傷薬を求め、アリシアが前日に大慌てする理由になった。


「レイオン、こっちだ!」

「メイリン、あなたはここよ」


兄弟姉妹、たとえ顔を知らなくても席に置かれた名入りのプレートを掲げて新入生の名を呼ぶ。

片側3列に並んだ祝宴の席は、呼ばれた新入生が近寄ると長卓が浮かび上がって通れるようになっている。

10人で1卓の長卓に、新入生は向かい合って1人から2人。

8学年制の生徒が1学年に1人ないし2人が席についているのだ。


席に着いた新入生たちから、扉の前で起きた騒動を聞いた生徒たちが其処此処そこここざわつく。

新入生が全員席に着いたのか、最後まで浮かんでいた長卓が定位置に降りた。

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