第4話
「アリス。私もこれからはアリシアと呼ぶ。……拗ねるんじゃないぞ」
「おじいちゃんが『入学式が始まって終業式が終わるまではパパやママを先生って呼ばなきゃダメ』って」
「そうだ」
「おじいちゃんのことも?」
「そうだ」
「……ダメ?」
声に湿り気が混ざっている。
泣きそうなのか、もう泣いているのか。
「アリス、いつの終業式だと思っている?」
「ヒック……1年後」
やはり、もう泣いていたようだ。
「アリス、前期の終業式だ」
「前期?」
「そう、半年もない。それからふた月の休暇後に後期の授業が始まる。後期は終業式ではなく修了式だ」
「休暇の間は、パパやママって呼んでもいいの?」
「もちろんだとも」
〈ほら、早く泣き止まないと。可愛いお目々がこぼれてしまうわ〉
しかし、ここはシルキーと付き合いの長い2人には「可愛いお目々が溶けてなくなってしまう」と正しく変換されている。
「シルキー、この薬を」
リーヴァスが懐から白磁の陶器を取り出し、杖で渦の前まで寄せる。
そこから先ほどのように真っ白な腕が手のひらを上にして出されたためその上に陶器を乗せる。
〈リーヴァス、ありがとうございます。さ、アリシア。目を閉じて〉
「リーヴァスパパ、これは?」
「アリス。これは授業で作るから。残り20分、準備はできたか?」
「きゃああっ、まだあ!」
〈アリシア、先にお薬を塗りますよ。髪はすぐにできます〉
杖を振って銀色の渦を消したリーヴァスは小さく笑う。
両親が行方不明になって、幼いアリシアをみんなで守ってきた。
学園長の孫娘というだけではない。
いまこの学園にいる教師陣はアリシアの両親と学友だったり恩師だったりと何かしらの関係がある。
リーヴァスはアリシアの父フレデリック・ハリソンと母フレデリカ・セシーリアとは幼馴染みだ。
そう、この島にあるル・パート村が3人の生まれ故郷である。
そして2人が行方不明になったときから、学園の教師たちが後見人としてアリシアを保護……いや、庇護……違うな。
猫っ可愛がりで過保護に甘やかして壊れ物を扱うように大切に育ててきた。
ただし、両親の意向にあわせて魔法を教えることはしなかった。
「リーヴァス、結界はどうですか?」
ここ
薄い緑色のマントを身につけたエヴェリ。
リーヴァスと同じくアリシアの後見人のひとりだ。
「いくつか補強が必要だ」
「今年の新入生に……いますからねえ、特待生が」
「ああ……アリスに悪影響が及ばなければいいが」
「クラスは別になりましたが、共同授業や選択授業で一緒になります」
今年の新入生には大きな話題になっている生徒が2人いる。
ひとりは学園長の孫娘アリシア・ブランシュ。
ル・パート村の住人であり、2店舗を構える店主でもある。
そのため入学前から関わりのある生徒や卒業生は多い。
しかし、学園の生徒である期間中は休業中だ。
「大丈夫! お薬の作り置きはあるから、呼び鈴を鳴らしてくれたらシルキーが対応してくれるよ。デヴァンさんの腰の塗り薬やホーレットさんの不眠の薬は寮で作るから。ちゃんとリーヴァスパパやエヴェリママの教室を貸してもらえるように申請もしたの」
リーヴァスは魔法薬学、エヴェリは薬草学の担当でアリシアの師でもある。
リーヴァスの教える魔法薬学とは魔法を混入して調合する高等な学術だが、アリシアには魔導具や坑道の魔素だまりで魔素が硬化した
同じくエヴェリも
アリシアが望んだからだ。
「シアもするー! パパとママと一緒につくってたんだもん。シアひとりでも出来るもん! シルキーも一緒だもん!」
両親の思い出が残る家から離れたくない。
それはわかる。
しかし、アリシアを学園で預かることを提案した魔法省の職員が余計なことを言った。
「あの店はこの村唯一の薬屋です。作れる人がいないなら魔法省から新しい魔術師を連れてきて店を出させます」
そんな言葉を聞いた5歳児が「家を乗っ取られる」と勘違いしてもおかしくはない。
魔王討伐軍に加わった両親が戻らず、その両親との思い出が残る家まで奪われる。
それを阻止しようと、泣き虫なアリシアが涙を堪えて訴えたのだ。
「では私たちが師となり導きましょう。ね、リーヴァス」
「ええ。私たちは彼女の両親と同じ師を仰いだ者であり、このアナキントス学園の教師でもある。両親が教えたこと、教えるであろうことを代わりに教えよう」
最高位の学園で現役の教師をしている2人にそう言われて誰も反対などできない。
2人の後ろには笑顔の学園長……目は笑っておらず、これ以上職員が下手なことを口にしたら魔力を視線に乗せて心臓を止めてしまえるだろう。
この職員は言葉が足りなかった。
魔法省の職員は、アリシアの家を休業させて新しい魔術師に新店舗をもたせようとしたのだ。
世界の王であれ、魔王を倒す者であれ、勇者であれ。
ル・パート村やそこに住む人たちに手を出すことなど許されない。
『世界を救った勇者をだした伝説の村』という理由だけではない。
この村には……さらなる秘密が隠されている。
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